準備地図を見せる
朝食を終えた後、リクは帳面をもう一度開いた。
昨日書いた簡易地図は、まだ線が少し曲がっている。
初心者宿、冒険者詰所、薬師の店、セイルの店、南門詰所。
危ない場所は書いていない。
橋の先も、古い石標も、入口らしき場所も書いていない。
外へ出る前に、街の中で準備するための地図だった。
「今日は、売りに行くんじゃなくて、見せに行く。」
リクが言った。
「詰所にですか?」
「うん、勝手に売っていいものじゃないと思うから。」
「はい。」
ハクトは自分の地図を鞄にしまった。
橋の先の記録は持っていく。
けれど、それは準備地図とは別のものだ。
見せる必要がある時だけ出す。
リクの準備地図は、危ない場所へ進むための地図ではない。
リクは帳面の写しを1枚、丁寧に折った。
写しには、仮題が書かれている。
『外へ出る前の準備地図(仮)』
その下に、短い確認項目が並んでいた。
『手当て:布は分けて持つ』
『荷物:動ける量にする』
『戻る時刻:出る前に決める』
『目印:帰る時に見える場所』
『帰ってから:使った道具を確認』
リクはそれを見て、小さく息を吐いた。
「……このままだと、直されそうだけど。」
「直してもらうために行くんですよね。」
「うん、そう思えば大丈夫。」
2人は初心者宿を出た。
朝のリーヴェルは、昨日の昼前よりも人が多い。
市場通りの方から、荷車の音が聞こえる。
冒険者詰所の前には、新入りらしいプレイヤーが何人か立っていた。
外へ出る前に、何を持てばいいか、どこへ行けばいいか。
それを迷っている人もいるのかもしれない。
南門詰所へ向かう途中、ハクトはリクの持つ写しを見た。
「危ない場所の地図ではありません。」
「うん、準備する場所の地図。」
「それなら、ちゃんと伝わると思います。」
「伝わるように直すのが、今日の目的かな!」
南門詰所の前には、ダレスがいた。
門の外へ出る者の木札を確認している。
ハクトたちに気づくと、手元の札を置いた。
「ハクトか。リクもいるな。今日は調査ではないだろう。」
「はい、今日は相談です!」
リクが一歩前に出た。
少し緊張しているように見える。
それでも、声ははっきりしていた。
「冒険者向けに、外へ出る前の準備地図を作れないかと思って、確認に来ました。」
「準備地図?」
「はい。外の危ない場所ではなくて、街の中で準備する場所をまとめたものです。」
リクは写しを差し出した。
ダレスはそれを受け取り、目を細めて読む。
しばらく何も言わなかった。
沈黙が少し長い。
リクの指が、帳面の端を軽く押さえた。
「外の地図は書いていないな?」
「はい、南門外縁や橋の先は書いていません。」
「南門詰所は書いてある。」
「許可確認と報告の場所として書くつもりです。誰でも外へ出られる、という意味ではありません。」
ダレスはその部分を指で叩いた。
「なら、はっきり書け。ただ『南門詰所』だけだと、門へ行けば出られるように見える。」
「はい!」
リクはすぐに帳面へ書き込んだ。
『南門詰所:許可確認・報告』
ダレスは次に、題名を見た。
「外へ出る前の準備地図、か。」
「変ですか?」
「悪くはない。だが、地図という言葉だと、外の地図だと思う者もいる。」
「では、どうすればいいですか?」
ダレスは少し考えた。
「外出前確認地図、くらいならまだわかるはずだ。」
「外出前確認地図……。」
リクは仮題の横に、別の題を書いた。
『外出前確認地図(仮)』
ハクトはその文字を見た。
外へ出る前、より少し硬い。
でも、その方が合う気がした。
ダレスは確認項目へ視線を移した。
「手当て、荷物、戻る時刻、目印、帰ってから確認。内容は悪くない。」
「このまま使えますか?」
「いや、直すところがある。」
ダレスは『目印』の行を指した。
「帰る時に見える場所、はいい。だが、物を置けと言っているように読まれると困る。」
「目印布を置くとは書いていません。」
「書いていなくても、そう読む者はいる。」
リクは少しだけ眉を寄せた。
困っているのではなく、言葉を探している顔だった。
「では、『帰りに見えるものを確認する』はどうでしょうか!」
「その方がいい。」
リクは項目を書き直した。
『目印:帰りに見えるものを確認する』
ハクトはうなずいた。
目印は、置くものだけではない。
木の形、建物の角、看板、石畳の曲がり。
帰る時に見えるものなら、それも目印になる。
ダレスは次に、地図に書かれた店名を見た。
「薬師の店、セイルの店。店名を使うなら、店にも聞け。」
「はい、詰所では決められないですもんね。」
「そうだ、詰所が勝手に店の名を使わせるわけにはいかない。」
「わかりました!」
リクはまた書き込む。
『店名使用:各店に確認』
ダレスは写しを返した。
「それと、詰所確認済みとは書くな。」
「はい!」
「詰所が売るものではない。そこは勘違いされないようにしろ。」
「はい、相談用として使う形にします!」
「直したら、もう一度見せろ。」
「わかりました!」
リクは写しを受け取り、両手で持った。
ダレスはハクトへ目を向けた。
「ハクト。」
「はい。」
「街中の地図を書くなら、外だけ見ていても足りない。」
「街中、ですか?」
「新入りが迷うのは外だけじゃない。薬師の店へ行く道、道具屋へ行く道、詰所へ戻る道。そういう道も見る必要がある。」
「はい。」
ハクトは少しだけ背筋を伸ばした。
街の中は安全地帯だ。
けれど、安全地帯だから迷わないわけではない。
知っていると思っていた道にも、まだ見ていないものがあるのかもしれない。
リクが帳面を閉じた。
「よし、お店の確認に行ってるくね!」
「1人で大丈夫ですか?」
「うん、商人の話だからっ!」
リクは少し笑った。
「ハクトは、街の道を見てきて!」
「街の道を。」
「うん。僕が店に聞いてくる間に、ハクトは案内人として、準備地図に使える道を見てきて。」
「わかりました。」
別々に動く。
そう決めると、少しだけ不安が出た。
これまで南門の外では、ほとんど一緒にいた。
でも、今日は街の中だ。
リクには商人として聞くことがある。
ハクトには案内人として見ることがある。
ダレスが短く言った。
「無理に外へ出るな。」
「はい。」
「報告が必要なことがあれば、戻ってこい。」
「わかりました。」
詰所を出ると、リクは市場通りの方へ目を向けた。
「僕は、まずラナさんのところに行くね。その後、セイルさん。それから小分けセットの方を確認する!」
「小分けセットは、マルタさんのとこですね。」
「うん、材料のことも聞いてくる!」
「わかりました。」
ハクトは冒険者詰所の方を見る。
それから、薬師の店へ向かう道を思い出した。
昨日までなら、目的地だけを考えていたかもしれない。
でも今日は、そこへ行く道そのものを見る必要がある。
「ハクト。」
「はい。」
「お金が入ったら、共同資金に入れるから!」
「僕も、もし案内で受け取ったら共同資金に入れます。」
「うん、次の調査の準備に使おう!」
2人はうなずき合った。
個人で稼ぐためではない。
次に進み、戻ってくるための資金にする。
そう決めると、別々に動くことも同じ目的につながっている気がした。
リクは市場通りへ向かった。
背中の布袋が小さく揺れる。
商人として、店に話を通しに行く背中だった。
ハクトは反対側へ歩き出した。
冒険者詰所へ向かう道、薬師の店へ向かう道、セイルの店へ向かう道、南門詰所へ戻る道。
どれも、もう知っている道のはずだった。
けれど、準備地図にするなら、ただ知っているだけでは足りない。
初心者が迷う角、荷物を持って通りにくい道、戻る時に見える目印、人が増える時間。
街の中にも、まだ白い場所はある。
ハクトは地図を取り出さなかった。
まずは、自分の目で見る。
書くのは、その後でいい。
南門詰所の鐘が、背中で小さく鳴った。
今日の探索は、門の外ではなく、街の中から始まった。




