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使う道具、使わない道具

冒険者詰所の受付で、ハクトは地図を持ったまま少しだけ背筋を伸ばした。


「南門方面の古い橋周辺の確認で、護衛をお願いしたいです。できれば、ガルドさんに。」


受付の人はうなずき、帳面を開いた。


「ガルド指名ですね。目的は、古い橋周辺の確認で間違いないですか?」

「はい。橋の状態と、橋の先の入口を確認したいです。深く進む予定はありません。」

「同行者は?」

「俺と、リクです。」


リクが横で軽く手を上げる。


「わかりました。」


受付の人は帳面に書き込み、奥の方へ視線を向けた。


「ガルドからは、あなたたちが来たら声をかけるように言われています。」

「ガルドさんが?」

「ええ。南門方面へ行くなら、そろそろ依頼に来るだろうと。」


ハクトは少し驚いた。

ガルドは、ハクトたちがまた古い橋へ向かうことを予想していたらしい。


「護衛費は50リルです。明日の朝から半日。南門詰所前集合。これで申請しますか?」


リクは小さく息を吐いた。


「やっぱり50リルか。」

「前と同じくらいですね。」

「うん。場所を考えたら、それくらいだと思ってた。」


共同資金は50リル。

ハクトとリクが25リルずつ出して作った分だ。

護衛費に使えば、ちょうど0になる。

予想はしていた。

それでも、実際に払うとなると、小袋の重さが急に変わったように感じた。


「申請します。」


ハクトが言うと、リクもうなずいた。

受付の人は共同資金の50リルを受け取り、帳面に印をつけた。


『護衛依頼を申請しました』

『護衛担当:ガルド』

『集合場所:南門詰所前』

『護衛費:50リル』

『共同資金:50リル → 0リル』


表示が消える。

小袋は、ほとんど空になった。

けれど、ただなくなったわけではない。

明日の護衛を確保した。

そう思うと、その軽さにも意味がある気がした。

受付の人は、最後に短く付け足した。


「ガルドから伝言です。道具を買っただけで準備した気になるな、とのことです。」

「道具を買っただけで……。」

「明日使うものと、使わないものを決めておけ。そう言っていました。」


ハクトはうなずいた。

道具はある。

でも、それをいつ使うのか。

使わない方がいい時はあるのか。

そこまで考えていなければ、たぶん準備とは言えない。

リクは帳面を閉じた。


「まず、持っているものを見よう。」

「はい。」


2人は詰所の端の席に移動した。

人の多い場所で荷物を広げすぎるわけにはいかない。

ハクトは必要なものだけを机に出した。


地図。

道標札。

滑り止め爪。

匂い玉。

傷物の初級回復薬。

リクはそれを見ながら、帳面に短く書いていく。


「道標札は3枚だよね。」

「はい。最初は5枚でした。南門の外側と、古い石標のそばに1枚ずつ置きました。」

「じゃあ、残り3枚。」


ハクトは道標札を見下ろした。

前に置いた2枚は、今もあの場所にあるはずだ。

少なくとも、回収するような表示は出なかった。

だから、置いたらそのまま残るものだと思っていた。

けれど、本当にそれでいいのかはわからない。


「道標札の使い方も、聞いておいた方がいいかもしれません。」

「前に置いた分のこと?」

「はい。置いたままでいいのか、回収できるのか、ちゃんと聞いていなかったので。」

「うん、セイルさんに確認しよう!」


リクは次に、滑り止め爪を指さした。


「これはまだ未使用だよね?」

「はい。」

「匂い玉は、買い直したものが1個。」

「傷物の初級回復薬も1本あります。」


ハクトは小瓶を手に取った。

瓶には細い傷がある。

セイルから、瓶に傷があるから安いと聞いていた。

中身は初級回復薬。

ただ、鞄の中で揺らして大丈夫なのかは気になった。

リクは小瓶を見てから言った。


「薬師さんで見てもらおうか。」

「はい。でも先に、セイルさんですね。」


2人は荷物をしまい、冒険者詰所を出た。

市場通りは朝から人が多かった。

荷車が通る、店先で品物が並べられる、布を抱えた職人が角を曲がる。

ハクトは自然と道の端を見た。

どこが広いか、どこで人が詰まりやすいか。

荷物を持っている時に歩きにくい場所はどこか。

同じ通りなのに、見る場所が少し変わっていた。


セイルの店に入ると、木と革の匂いがした。

棚には、細縄、目印布、短杭、探り棒、携帯食が並んでいる。

セイルは奥から顔を出した。


「来たか。」

「はい。前に買った道具の使い方を確認したくて来ました。」


ハクトが道具を出すと、セイルは滑り止め爪を手に取った。


「これは、見たらわかると思うが、ぬかるみや崩れた土で踏ん張るためのものだ。」

「橋でも使えますか?」

「場所による。使える所もある。だが、つけっぱなしにするな。石畳では歩きにくい。」

「必要な場所だけですね。」

「そうだ。」


セイルは滑り止め爪を机に戻し、匂い玉を見た。


「これは、進むために使うな。」

「……戻るためですか?」

「囲まれそうな時、追われたくない時だ。これがあるから進める、とは考えるな。」


ハクトは匂い玉を見た。

小さい。

けれど、使い方を間違えれば、危ない場所へ進む理由にもなってしまう。

セイルは次に、傷物の初級回復薬の瓶を軽く持ち上げた。


「瓶の傷は覚えているな。」

「はい。中身は問題ないんですよね?」

「中身は同じだ。だが、瓶に傷がある。明日の保険ならいいが、長く持ち歩くなら薬師に見せておけ。」

「はい。」


説明は短かった。

けれど、十分だった。

最後に、ハクトは道標札を見せた。


「道標札についても聞きたいです。前に2枚置いたんですが、置いたままでいいのか、回収できるのかがわからなくて。」

「場所による。」

「場所によるんですか?」

「門の外や古い石標のそばなら、残して意味がある。基準になるからな。だが、奥へ進むほど、置きっぱなしは考えろ。」

「戻る時に回収した方がいい場所もあるんですね。」

「そうだ。残す札と、回収する札を分けろ。」


ハクトは少し黙った。

道標札は、置けば安心できるものだと思っていた。

でも確かに、札が増えれば、どれが今の道か迷うこともある。

誰かが見て、進んでいい道だと勘違いすることもあるかもしれない。


「目印なのに、迷わせることもあるんですね。」

「そうだ。」


セイルは棚から携帯食を2つ取り出した。


「半日でも、食料は持っていけ。1つ3リル。」

「買います。」


ハクトとリクは、それぞれ3リルを出した。

携帯食は小さく、硬そうだった。

おいしそうではない。

けれど、外に出るなら必要なものだ。

リクは細縄をちらりと見たが、手には取らなかった。


「細縄や目印布、探り棒は、今回は見送りでいいですか?」

「橋を本格的に渡るなら考えろ。明日は確認だろう?」

「はい。」

「持てる量と、動ける量は同じじゃない。」


リクは少しだけ苦笑した。


「気をつけます……!」

「商人なら、余計にな。」


店を出る前に、セイルは短く言った。


「無理に進むな。」

「はい。」


ハクトはうなずき、道具をしまった。

次は薬師の店だ。

市場の裏道を抜ければ、少し早そうだった。

リクがそちらを見る。


「こっちの方が早そうだね。」

「はい。」


ハクトもそう思った。

けれど、奥に曲がり角がある。

木箱も積まれていて、荷物を持って戻るには少し通りにくそうだった。

《帰路確認》が、はっきり表示を出したわけではない。

ただ、胸の奥に小さな引っかかりがあった。

近い。

でも、戻りやすいとは限らない。


「今日は表通りから行きませんか?」

「近道じゃなくて?」

「はい。帰りに間違えない道を覚えたいです。」

「……うん、わかった。案内お願いします!」


2人は表通りを進んだ。

右手に赤屋根パン屋。

左手に布を干した店。

少し先に水飲み場。

その向こうに、薬草の絵が描かれた看板が見える。

薬師の店だ。


薬師の店に入ると、乾いた草の匂いがした。

棚には小瓶や布包みが並んでいる。

奥の机では、女の人が薬草を束ねていた。

落ち着いた雰囲気の人だった。

商人というより、職人に近い。


「いらっしゃい。回復薬かい?」


リクが一歩前に出た。


「少し相談してもいいですか?」

「どうぞ。」


女の人は、束ねていた薬草を横に置いた。


「明日、南門方面へ行く予定です。セイルさんの店で買った傷物の初級回復薬を持っているんですけど、瓶に傷があるので、見てもらえますか?」


薬師はハクトが差し出した小瓶を受け取った。

光に透かし、瓶の傷と口元を確かめる。


「セイルのところで買ったんだね。瓶の傷は聞いてる?」

「はい。」

「中身は問題ないよ。濁りもないし、漏れもない。明日持っていく分には大丈夫。」


ハクトは少しだけ肩の力を抜いた。


「ただ、何日も鞄で揺らすのはやめた方がいい。傷のある瓶は、そこから弱りやすいからね。」

「長く保管するものではないんですね。」

「そういうこと。明日の保険なら十分。でも、使わずに戻れるのが一番だよ。」


薬師は小瓶を返し、棚の下から薄く折られた布を取り出した。


「回復薬があるなら、手当て布も少し持っていきな。」

「手当て布ですか?」

「小さな傷や擦り傷に巻く布だよ。治すのは薬の仕事。これは、薬を使うか決めるまで傷を悪くしないためのものだね。」


リクが帳面を開いた。


「いくらですか?」

「2枚で5リル。」

「ハクト、どうする?」

「買いましょう。」


ハクトが3リル、リクが2リルを出した。

薬師は手当て布を2枚、小さく畳んで渡した。


「南門の方へ行くなら、泥や草で傷が汚れることもある。無理はしないことだね。」

「はい。」


薬師は机の端に置いてあった小さな紙包みを見る。


「南門詰所へ行くなら、この包みを届けてくれるかい?」

「届け物ですか?」

「衛兵用の薬草包みだよ。急ぎではないけど、今日中に届くと助かる。」

「報酬はありますか?」

「4リルでどうだい。」

「受けます。」


リクはすぐに答えた。

それから、ハクトを見る。


「南門詰所なら、明日の集合場所の確認にもなるよね。」

「はい。帰り道の確認にもなります。」


『小さな届け物』

『南門詰所へ薬草包みを届けましょう』

『報酬:4リル』


表示を見て、ハクトは紙包みを受け取った。


「ラナからだと言えば通るよ。」

「ラナさん、ですか?」

「私の名前。包みを渡せば、向こうもわかる。」


ハクトはうなずいた。


「届けてきます。」


薬師の店を出ると、リクは薬草包みを袋に入れた。

携帯食、手当て布、薬草包み。

それぞれが混ざらないように分かれている。


「南門詰所まで、近道はある?」

「あります。……ただ、今日は戻りやすい道で行きたいです。」

「了解!案内人に従うよっ!」


ハクトは表通りから南へ向かう道を選んだ。

途中までは人通りが多い。

南門へ近づくにつれて、店の数が少し減る。

かわりに、倉庫や荷車置き場が増えた。

道の途中で、細い路地が南へ抜けているのが見えた。

早そうな道だった。

日陰になっていて、人も少ない。

ハクトは足を止める。


「こっち、近そうだね。」

「はい。たぶん近いです。」


路地の奥には曲がり角が2つ。

その先は見えない。

足元には木箱が置かれていて、荷物を持っていると通りにくそうだった。

もし明日、疲れて戻る時にここを通ったら。

もし、慌てて戻ることになったら。

この道は、近いけれど迷いやすいかもしれない。


「今日は通りません。」

「理由は?」

「奥が見えません。荷物があると通りにくそうです。戻る道として覚えるなら、もう少し見通しのいい道の方がいいと思います。」

「近い道と、戻りやすい道は違うんだね!」

「はい。」


リクは路地をもう一度見てから、うなずいた。


「じゃあ、戻りやすい方で行こう!」


そのまま表通りを進むと、南門が見えてきた。

石造りの門、門の横にある詰所。

明日の朝、自分たちはここから外へ出る。

南門詰所の前には、衛兵のダレスがいた。

ハクトに気づくと、軽く眉を上げた。


「ハクトか。今日はどうした?」

「薬師のラナさんから届け物です。」


ハクトはリクから薬草包みを受け取り、ダレスに渡した。

ダレスは包みを確認し、受け取りの印を押した。


『届け物が完了しました』

『報酬:4リル』


リクが報酬を受け取り、帳面に記録する。


「これは共同資金に入れる?」

「明日の準備に関わる依頼なので、共同資金でいいと思います。」

「じゃあ、共同資金に4リル。」


ダレスは南門の外へ視線を向けた。


「……明日、古い橋の方へ行くのか?」

「はい。ガルドさんに護衛をお願いしています。」

「なら、帰る時刻を先に決めろ。」

「はい。」

「迷ってから決めるな。迷う前に戻れ。」

「わかりました。」


ダレスは短くうなずいた。


「ならいい。」


ハクトは地図の南側を開き、南門詰所の位置に印をつけた。

今日通った道も書き込む。

表通り、水飲み場、倉庫前、南門詰所。

そして、通らなかった細い路地に、小さく書いた。


『近いが戻りにくい』


その文字を書いた瞬間、頭の中の地図が少しだけ整った気がした。

《帰路確認》が反応したのかもしれない。

表示は出ない。

けれど、戻る道として記録する感覚が、前よりはっきりしている。

リクが横からのぞき込む。


「その道、行ってないのに書くんだ。」

「はい。通らない理由も、地図に残しておきたいので。」

「行った道だけじゃなくて、選ばなかった道も記録するんだね。」

「明日、慌てて近道を選ばないために。」

「うん。それ、大事!」


南門の外から、風が入ってきた。

草の匂いが少し混じっている。

街の中とは違う匂いだ。

昨日は、その匂いの向こうに出た。

明日は、さらに先を見ることになる。


「戻ろっか!」

「はい、帰り道も確認します。」

「さすが案内人っ!」


リクはそう言って笑った。

2人は南門詰所を離れ、来た道を戻り始めた。

行きと同じ道。

けれど、帰りに見る景色は少し違う。

水飲み場は、戻る時には左手に来る。

倉庫前の荷車は、夕方には増えるかもしれない。

赤屋根パン屋の匂いがする場所まで戻れば、市場通りは近い。

ハクトは歩きながら、地図にない情報を頭の中で重ねていく。

リクは隣で、袋の重さを確かめていた。


「荷物、大丈夫ですか?」

「大丈夫、今日は少ないから!」

「明日は増えますか?」

「増やしすぎない。持てる量と動ける量は別だからね!」

「はい。」


市場通りに戻るころ、リクは帳面を開いた。


「今の整理をしておくね。」

「お願いします。」

「共同資金は50リルを護衛費で預けたから0リル。届け物報酬で+4リル。」

「共同資金は4リルですね。」

「うん。個人資金は、ハクトが76リルから、携帯食3リル、手当て布分3リルで、残り70リル。」

「はい。」

「僕は84リルから、携帯食3リル、手当て布分2リルで、残り79リル。」

「リクの方が多いですね。」

「商人だからね。そこは少し守りたい。」


リクは軽く笑った。

ハクトも少し笑う。

数字が整理されると、少し安心する。

何を失ったのか、何を得たのか。

それが見えるからだ。


夕方に近づくころ、2人は初心者宿の前まで戻ってきた。

今日は橋へ向かったわけではない。

魔物とも戦っていない。

大きな依頼をこなしたわけでもない。

けれど、明日に必要なものを少しずつそろえた。

リクは袋の中から、小袋と木札を取り出した。


「今夜、自分たち用に分けておくよ!」

「お願いします。」

「依頼品用、自分用、不明品用。それと、薬と手当て布も別に分けておく。」

「混ざったら困りますからね。」

「うん、僕の仕事だからねっ!」


ハクトは地図を軽く叩いた。


「俺は、今日の道と明日の予定を整理します。」

「それがハクトの仕事だね!」


2人は顔を見合わせる。

ハクトは道を記録する。

リクは荷物とリルを整理する。

ガルドは外で守る。

それぞれができることを持ち寄って、明日の探索に向かう。


「明日ですね。」

「うん、古い橋。」

「……怖いです。」

「僕も少し怖いよ。」

「でも、準備はしました。」

「まだ全部じゃないけど、昨日よりはできてる!」


リクは小さく笑った。


「進む前に、戻る道を1つ増やしたしねっ!」

「……はい。」


ハクトは南門の方を振り返った。

街の建物に隠れて、門はここから見えない。

けれど、道は頭の中に残っている。

表通り、水飲み場、倉庫前、南門詰所。

そして、戻る時に選ぶ道。

明日、古い橋の先を見る。

ただし、戻るところまで。

ハクトはその言葉を胸の中で繰り返した。

怖さは消えない。

それでも、今日確かめた帰り道が、足元に細い線を引いてくれている気がした。

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