魔王がクラスメイトにウンタラカンタラ(リメイク版22話目
不可視の暴力から解放された僕は、あのボロ家の中へと戻った。
生成した清潔な服に着替え、血の匂いを消してから再び応接室のソファに腰を下ろす。
「本ッ当にすまなかった……!」
席に着くが早いか、轟が机に額をぶつけんばかりの勢いで頭を下げてきた。僕はそれを無言で見下ろす。
視線の先、部屋の隅では先程の女――桐谷慧が、水の入ったバケツを両手に持たされ、力なく突っ立っていた。
さっきまで僕の命を奪おうとしていた絶望の権化が、今は廊下に立たされた小学生のような有様だ。
「お前に危害を加えないと約束したのに、慧がそれを破ってしまった。……この通りだ、本当に申し訳ない!」
「……頭を下げれば済むと思ってるのか? 僕は腕を切り落としたし、死にかけた。口先だけの謝罪で済まされる一線を、あんたらのボスはとっくに越えてるんだよ」
「ッ……! 慧には厳しく言っておく。二度と、絶対にお前たちには手を出させないと誓う……!」
僕は呆れを通り越して、深い溜息をついた。
「そもそも、僕らが来ることを周知徹底できていなかったあんたらの管理責任だろ。最初の金髪野郎といい、この無愛想な女といい……正直、不信感しかないな」
「……一応、伝えてはいたんだがな」
轟が苦い顔で言い淀む。
だとしたら、この組織の連携は絶望的だ。
「なぁカイ、この服ええのぉ。えれぇ動きやすいわ!」
僕が生成した予備の服に着替えた魁が、能天気な声を上げながら部屋に入ってきた。
本人は汚れたままでいいと言い張っていたが、僕の神経がそれを許さなかった。
「ん? なんじゃカイ、まだ怒っとるんか? もうええじゃろ。確かに最初はおったまげたが、向こうも勘違いしとったんじゃから。な?」
魁は、隅っこでシュンとしている慧を見て、僕に言い放った。
「男は女の間違いを許してこそ、一人前じゃぞ!」
「……あのな、魁。性別を理由に甘やかすのは、相手を一人の人間として尊重してない証拠だ。僕が怒ってるのは、あの女が理性を欠いた行動で僕らを殺そうとした、その『事実』に対してなんだよ」
「んん……? よく分からんが、儂は馬鹿じゃからな。まぁ、とりあえず許してやろうや。な!」
(……ダメだこいつ。話が通じない)
魁の底なしの善性と、その裏側にある思考の放棄に、僕はがっくりと首を落とした。
だが、いつまでも怒り続けていても、僕が求めている真実には辿り着けない。
僕は一旦、処罰の話を棚上げすることにした。
「……えっとぉ、オホン! それでは、何からお話ししましょうか」
場の空気を察したのか、慧がバケツを持ったままキリッとした表情を作った。
一応、仕事モードには入れるらしい。
「まずは名乗れ」
僕はソファに行儀悪くふんぞり返り、彼女を射抜くような視線で睨む。
「これ! いかんぞカイ。行儀悪くしとると、お天道様に舌を引っこ抜かれんぞ!」
「舌を抜くのは閻魔だろ……」
隣に座った魁のツッコミを無視し、僕は慧の言葉を待つ。
「はい、名乗ります。ええっと…私は桐谷慧。ここ『拝み屋』の社長……というか、ボスの真似事をやってます」
僕の刺すような眼光に気圧されたのか、彼女は大人しく名乗った。
「こんなのが仕切り役か。笑えない冗談だな」
「これ! カイ!」
魁がたしなめてくるが、構わず話を先に進める。
「それで、今回は僕たちの『居場所』の件で呼んだんだろうが、勘違いするなよ。まだ決まったわけじゃない、あくまで視察だ。……それと、その前にいくつか聞きたいことがある」
「答えられる範囲なら、何なりと」
僕は態度を改め、真面目な顔で問いかけた。
「まずは、あんたがさっき使った見えない手についてだ。僕の物体生成と同じ原理なのか? 詳しく教えてくれ」
「分かりました。転生者に成りたてということですので、基本から説明しますね。まず、『転生者』とは――通常一つの肉体に一つしかない『魂』が、二つ存在する者を指します。このもう一つの魂が、私たちが使役する『傍白』と呼ばれる存在です」
慧は淡々と、だが重みのある言葉で続ける。
「そして、人間には『魔力』というエネルギーが宿っています。これはPCで言うならストレージ、車ならガソリンのようなものです。個人差はありますが、この量が多いほど傍白は強力になり、顕現させられる回数や時間も増えていきます」
魔力が多い者が強い。
理屈は単純だ。
「…さっきの能力と、なぜ別の魂ってのが入るだけで傍白みたいな常人離れした存在ができるのか、その理由については?」
「……別の魂と言っても、それは人間ではありません。まだ解明されていない部分も多いですが、人間とは異なる『何か』……それも上位の次元に属する魂だと思われます」
「『思われる』か。当事者のあんたたちですら、全容は掴めていないってことか」
「はい。主魂である私たちや、それに仕える傍白自身ですら、確立された知識を持っているわけではありません。だから『答えられる範囲』と言ったんです」
まあ、そうだろうな。
僕だって、初めて転生者というものを知った時は「非科学的で理屈の通らないバグ」だと思った。
憶測を重ねて解釈しなければ、やっていられない世界なのだろう。
「それで、能力の方は?」
「能力については、先程の『見えない手』は、元々は私の力ではありません。私の傍白『ルドウィーク』が所持している資質を、私が共有して使っているだけです。ただし、この共有能力は主魂と傍白で同時に使うことはできません。……人間は傍白に比べればあまりに非力ですから、主魂自身が使うケースが多いですね」
なるほど。
ということは、僕の「物体生成」も、本来はヒトガタの能力ということになる。
「じゃあ、傍白との意識の接続と、その能力を傍白に使わせる方法を教えてくれ」
僕がそう質問した瞬間、部屋の空気が凍りついた。
慧と轟が、まるで理解できない言語を聞かされたかのように首を傾げたのだ。
「……意識の接続? 傍白が能力を使うのは、私たちが指を動かすのと同じ、ただの意識的な行動であって、方法なんて特にないですが……」
「ああ。傍白を出している時は常に意識が薄く繋がっているから、感覚で分かるだろ? どちらかと言えば、主魂が能力を使う方がよっぽど難しい技術のはずだ」
轟の言葉が、僕の胸を刺す。
……どういうことだ。
僕は助けを求めるように魁へと目線を向けた。
だが、魁は会話のレベルが高すぎるのか、焦点の合わない目でボケーッとしている。
「おい、魁。起きろ」
「ハッ! 味噌田楽!? ……あ、ああ、なんじゃ?」
「…………お前、テテを使う時、意識が繋がってる感覚はあるか?」
「意識? まぁ、なんとなくテテの考えてることややりたいことが伝わってくる感じはあるな。それがどうしたんじゃ?」
愕然とした。
そんな感覚、僕には微塵もない。
僕にとって「ヒトガタ」は、意図しない時に勝手に現れ、勝手に暴れる、制御不能な異物でしかない。
僕が絶望的な「孤独」に頭を抱えようとした、その時。
応接室の重厚なドアが開き、一人の人物が滑り込んできた。
「のっほっほ、ここは儂の出番かいな?」




