魔王がクラスメイトにウンタラカンタラ(リメイク版)10話目
僕は九条を逃してしまった苛立ちを隠せないまま、相川診療所の重い空気から逃れるように外へ出た。
すると、待ち構えていたかのように魁がドスドスと土煙を上げて駆け寄ってくる。
「おい! どこ行ったんか思たら、こぉんなおっかねぇとこ入ってたんか! それに、さっき変な奴らが出てきたんだが、なんかあったんか? 腹でも壊したか、カイ!」
「落ち着け、肩から手を離せ。脱臼する」
外に出るなり、僕の肩を万力のような力でグワングワンと揺らしながら質問攻めにしてくる魁。
そのあまりのパワーに、九条への苛立ちが少しだけ呆れに上書きされる。
「う〜ん……まぁ、そうか。話したくないのならええ。けどさっきの連中、何者だったんだ?」
「さぁな。僕の知ったことじゃない」
「知らん奴と話しとったんか? 危ねぇから止めとけ」
「ああ、けどアイツら…転生者だった」
その単語を口にした瞬間、魁は彫刻のように硬直した。
「て…てん……」と、聞き慣れない呪文でも聞いたかのように言葉を漏らす。
「て…転生者って……何だ? どっかの新しい宗教か?」
「………………いや、やっぱりいい。忘れてくれ」
「なんだよぉ! 気になるじゃねぇか、言えよぉ!」
「いいから! それと、さっきから握力が強すぎるんだよ!」
「おっと、すまんすまん。つい力が入っちまった」
まったく……こいつの料理の腕だけは一流だが、それ以外は知性の宿ったゴリラか何かだな。
僕は溜息をつき、魁と共に家までの山道を歩き始めた。
歩きながら、僕は先ほど起きた出来事を頭の中で整理する。
(アイツらは僕のことを調べ上げた上で勧誘に来た。だが、組織の具体的な活動内容については一切触れなかった……。それはつまり、話せば僕が拒絶するような『ろくでもないこと』を企んでいる証拠だ)
明らかに非政府組織、それも転生者の能力を背景にした武装集団に近い。
犯罪行為か、あるいは国家転覆レベルの騒乱か。
どちらにせよ、まともな枠組みに収まる連中ではない。
「ハッ…そりゃあ、僕の気に食わないはずだ」
「ん? 何がだ?」
「独り言だ。それより、晩飯の獲物は何だったんだ?」
「おう! 見て驚け、猪とイワナじゃ! 鍋にしても良いが、最近は暑くなってきたからのぉ。今日は豪快に焼いて塩で食おう! イワナも塩焼きが一番うめぇぞ!」
猪……ジビエか。
何気に、初めて食べるかもしれない。
「この辺りって、まだ猪なんて出るんだな」
「そうじゃのぉ。昔よりは減ったが、まだまだわんさか居るぞ。命に感謝して、内臓も残さず食うのがこの山の流儀じゃ! もちろん毛皮もなめして、冬用の敷物にするぞ」
「内臓まで?」
「当たり前よ。モツにしたら最高なんじゃ。脂の乗りが凄くて、コクが口いっぱいに広がるんだぞ!」
魁の説明を聞いているだけで、僕の腹の虫が再び抗議の声を上げ始めた。
僕はゴクリと唾を飲み込み、話題を変えることにした。
「あ、そういえばさ。お前の『テテ』……その傍白だけど。そいつ、何か変な能力っていうか、特異な力を持ってたりするのか?」
「変な力? 神様の神通力みたいなもんか? う〜ん、儂はカイほど頭が良くねぇからなぁ……あんま意識したことはねぇが、言われてみればそれっぽいのはあったのぉ……」
「それっぽいもの?」
僕が聞き返すと、魁は腕を組み、遠い目をして話し始めた。
「十数年前、真夏のお天道様がカンカンの日じゃった。初めて爺ちゃんに町へ連れてってもらった時に、駄菓子屋でラムネを買ってもらったんじゃ」
魁は要領を得ない様子で、長々と昔話を続ける。
僕はそれを適当に聞き流しながら、脳内で要点だけ伝えてくれないかな……と呟く。
「んで、儂ぁラムネの開け方が分からんくて困っとったんじゃ。そこでテテを出して開けてもらおうとしたんだが……テテの奴、蓋に触れてもねぇのに、ボンッ!って、いきなりビー玉を押し込みやがったんじゃ!」
(内部圧力の調整みたいなもんか……?いやそれとも超能力者とかのサイコキネシスみたいな……?いや、あれは全部ヤラセだから無いか)
「結局、ラムネは全部吹き出しちまったんだがよ、それを見てた爺ちゃんが『お前のは変わったモンを持ってんな』って珍しそうに笑ってたんだ。もしかしたら、お前の言う神通力ってのは、あの時のことかもしれん」
魁の祖父は、おそらく転生者の中でも相当な手練れだったはずだ。
その玄人が反応したってことは、こりゃ何かあるな。
「内部圧力の調整、あるいは物質への非接触干渉……。データが少ないから断定はできないが、面白いな……」
「ところで、なんでそんなこと聞いたんだ?」
「……実は、僕もこの『ヒトガタ』を出せるようになってから、いくつか妙なことができるようになってね」
僕はズズッとヒトガタを出現させ、すぐに霧のように消してみせた。
「変なこと? なんだソレ」
「少し疲れるけど……見てろ」
僕は右手に全神経を集中させる。
手のひらから白い光の粒子が滲み出し、ヒトガタを形作る時と同じ要領で、今度はそれを一点に収束させる。
数秒後、僕の手のひらの上には、混じりけのない真っ白な「ビー玉」が鎮座していた。
「おおっ! すげぇな、どうやったんだ!?」
魁は目を丸くして、その白い玉を手に取った。
覗き込んだり、指で弾いたりして、まるで未知の生物でも見るかのように観察している。
「僕自身も詳しい理屈は分からない。ただ、ヒトガタを出す時の感覚を応用して、『何かを出したい』と強く念じると、その形になるんだ」
「はぇ〜……便利じゃのぉ。それにしてもカイはすげぇな。さっきみたいに白いのをパッと出して、すぐしまえるし。爺ちゃんより手際が良いぞ」
「……? すぐに出し入れすることの、どこが珍しいんだ?」
「そうじゃのぉ。儂が下手なだけかもしれんが、爺ちゃんですらカイみたいにすぐに出したり戻したりは出来てなかったの。やっぱりお前、ただもんじゃねぇよ」
魁の言葉を聞いて、僕は改めて自分の「異常性」を自覚した。
(そんなに難しいことなのか……? 魁は『痛み』や『出血』というトリガーが必要だと言っていたが、僕は思考一つで発動できる。それどころか、時折僕の意志に関係なく溢れ出すことすらある。やはり、僕とほかの転生者じゃあ、根源的な何かが決定的に違っているのか……?)
夕闇が迫る山道で、僕は自分の手のひらを見つめた。




