魔王がクラスメイトにウンタラカンタラ(リメイク版)9話目
「転生者……!」
自らそう言い切った男、九条蓮は、不気味なほど静謐な佇まいで純白のスーツを纏った傍白の前へと歩み出た。
「ご安心を。私たちは貴方に危害を加える気はありません」
九条は慈愛に満ちた、しかしどこか作り物めいた笑みを浮かべ、ゆっくりと一歩、僕との距離を詰める。
「……後ろのそいつは、まだ消えてねぇみたいだけど?」
僕が顎で示した先には、床のコンクリートに異様な深さで沈み込んでいる、ドクロ面の怪人――獅堂刹那の傍白がいた。
その横では、本体である獅堂が顔を真っ赤にして傍白の体を引き抜こうと奮闘している。
「クッソ……どうなってんだこれ!」
「……まぁアレは少々、思慮が足りないものでして」
「……苦労してんだな」
あの埋まり方は尋常じゃない。
理屈は分からないが、まるで液状化した地面に無理矢理埋められたみたいな感じだ。
「で、テメェらは何なんだ? ここに何しに、僕をどうするつもりで来た」
僕は一切の隙を見せず、いつでも『白いヒトガタ』を叩き込めるようを意識を集中させる。
その様子を見た九条は、喉の奥で小さく笑った。
「そう構えずとも大丈夫ですよ。貴方が飯島優という本名を隠し、『徳得海』という偽名を名乗っていることも、他の転生者に襲われ、その濡れ衣を警察に着せられている事情も……私たちは全て承知の上です」
「我々から手は出さないってことは……僕がてめぇらの気に障ることでもしたら、容赦なく殺しに来るってことか?」
僕は一歩も引かず、高姿勢を崩さない。
(僕をどうこうする気がねぇなら、目的は『取引』だ。利用価値があるのは僕個人じゃなく、僕という『転生者』そのもの。ここで弱みを見せれば、一生足元を見られる……強気で行くしかない)
「殺しになんて。確かに、貴方が殺意を持って挑んでくるなら、相応の『自己防衛』はするでしょう。ですが、命を取るまではしません」
九条は事もなげに言い放った。
「命を取るまでもしない」――それは暗に、「お前を殺すなど造作もない」と宣告しているに等しい。
だが、僕の耳には別の響きがあった。
(……もし本当に容易く殺せるなら、出会い頭に首を飛ばされているはずだ。「殺さない」んじゃなくて、何らかの理由で「今は殺せない」……そう聞こえるな)
「で、何が目的だ」
「いやはや、私たちはただ、同胞として挨拶に伺っただけなのですが」
「分かりやすい嘘は止めろ。さっさと言え」
僕が突き放すと、九条は見えている方の瞳を鋭く細めた。
「……分かりました。単刀直入に言いましょう。飯島くん、我々の組織に来ませんか?」
「組織……?」
「ええ。我々は少数精鋭ながら、転生者のみで構成された組織です。警察の追跡から貴方を完全に匿い、相応の生活を保証する力があります。そこに、新たな同胞である貴方を迎え入れたいのです」
「組織、か……」
僕はその提案の天秤にかける。
(正直、ここに居続けても情報戦で詰む。相手は国家権力で、こっちは子供一人だ。僕の知略をもってしても、協力者なしで勝てるほど甘くはない。この提案は僕にとって『ご馳走』だ。だが――)
僕はしばらく沈黙した後、九条の目を射抜くように問いを投げかけた。
「二つ、聞かせろ。一つ、その集団に加わって『何をするのか』。あんたはその肝心な部分を説明していない。何事にもそこで何をして、どうなるのかっていうのが大事だ。なのにあんたはそれを説明しなかった。なぜだ?」
「………………」
九条の笑みが、わずかに硬直する。
「そしてもう一つ。なぜあんたは、警察すら把握していないはずの『僕と冷が転生者に襲われた事実』を知っている?」
これが一番の矛盾だ。
あの夜、僕たちを襲った「亀の男」は粒子となって消滅した。
証拠は何も残っていない。
襲撃を知るのは、僕と、意識不明の冷……そして、あの刺客を送り込んだ張本人だけだ。
「あの時の亀……お前らの差し金か?」
僕が激しい敵意を剥き出しにすると、ようやく地面から傍白を引き抜いた獅堂が、八重歯を剥き出しにして割り込んできた。
「なぁ九条、どうするコイツ? めんどくせぇし、今ここで『変えちまって』良いか?」
ドクロ面の傍白が、片手で首の骨をゴキリと鳴らす。
僕はそれを合図に全身から白い光の粒子を爆発させ、背後に『ヒトガタ』を具現化させた。
『敵…殺ス……?』
ヒトガタは僕の怒りと共鳴し、その鋭い爪を白銀の凶器へと変える。
「正直、もう少しテメェらを分析してからやりたかったが…致し方ねぇ」
「へぇ、ガキのくせにいい度胸だ。変えちまうのが勿体ねぇぜ!」
「少し乱暴になりますが、許してください」
狭い実験室に、三者の殺気が衝突する。
数は二対一。
相手は転生者の能力を熟知しており、経験も上だろう。圧倒的に不利だ。
(……どう切り抜ける。正面突破は無理だ。薬品を使って、その隙に――!)
僕が次の一手を決断しようとした、その時。
静寂を切り裂く、場違いなほど巨大な声が診療所の外から響き渡った。
「おおおおぉぉーい!!! カイぃぃ!!!! どこ行ったあああぁぁぁー!!!!」
魁だ。
野太い声が、建物の壁を震わせる。
「なんだァ? 誰だ今の馬鹿でかい声は」
一瞬、獅堂の集中が途切れる。
僕はその隙を見逃さない。
『余所見……ッ!』
ヒトガタが、扉を破壊した時以上の神速で、獅堂の首筋へ爪を振るった。
――だが。
その凶爪は、獅堂の肌を裂く寸前で、完璧に静止させられた。
『…………?』
ヒトガタの剛腕を、九条の白いスーツの傍白が軽々と、素手で受け止めていたのだ。
『逃げよう、蓮。あの声と気配……多分転生者。…それも、かなり「重い」』
九条の傍白が、初めて声を発した。
無機質で、警告に満ちた声。
「……そうだね。一旦引こうか」
九条が頷くと同時に、純白の傍白はヒトガタの腕を跳ね除け、軽々と獅堂の襟元を掴んで担ぎ上げた。
「お、おい! 何すんだよ九条! まだやれんだろ!」
『撤退だ。アレとまともにやり合うのは面倒だ……』
「じゃあそういう事だから、またね、飯島くん。次はもっと静かな場所で会いましょう」
九条が軽く手を振る。獅堂の傍白が霧のように消え、彼らもまた闇の中へ退こうとする。
「テメェ……! 逃がすかッ!」
『お腹…空いた……ッ!』
僕は逃がすまいとヒトガタを突撃させる。
『やめておけ。貴方ではまだ、死ぬだけだ』
九条の傍白が最後にそう言い残し、手に握っていた何かを床に叩きつけた。
瞬間、実験室に濃厚な白煙が立ち込める。
「煙幕……!? クソッ……!」
僕は反射的に袖口で口元を覆う。ヒトガタが即座に腕を振り回して風を起こし、煙を吹き飛ばすが――晴れた頃には、そこには冷えた空気だけが残されていた。
扉を破られた鋼鉄の破片と、薬品の匂いだけが残る静寂の中、僕は忌々しげに床を蹴った。
「クソッ……何なんだよ、あいつら……」




