エピローグ
――1週間前。
海都アルロートを始めとするトルクエニド王国沿岸部を襲った災害の折、守護者ギルド海都支部支部長であるカエラ・マインツによって速やかに敷かれた避難誘導と、災害時に間もなく貼られた結界によって、被害は最悪を免れていた。
だが、傷跡は決して小さくない。特に多大なダメージを受けたのは海運業で、大型魔動運搬船の大破はもちろんのこと、海都の港には瓦礫の山が積み上がり、破損を免れた運搬船の着港もままならない現状であった。
暗雲漂う中、真っ先に届いたのは新鮮な魚だった。イオタ村の漁師達が動かせる漁船をフル稼働させて、豊富な魚介類を持ち込んだのだった。
そんな底力を糧にして、今では港の再生を目指して熱心な作業が続いている。多少のトラブルはあっても、全員が前を向いて。
「おや、今回の立役者じゃないか! 一杯食ってくか?」
「いや、いい。ずっと作業に関われることもなし、こんな惨状に立役者も何もないだろ」
ライルが片付けの進む港を見つめていると、トラヴィスが声を掛けた。崩壊した海鮮レストランの前で、従業員が主導で作った炊き出しのブイヤベースを皿によそいながら。
ライルはその好意を断るが、トラヴィスはにんまり笑うと、皿とスプーンをライルに押し付ける。
「気にせず食えって! みんな分かってる。ギリギリでなんとかしてくれたのは守護者だって。その礼の1つなんだから、断られると俺がドヤされちまう」
「……分かった。有り難くいただく」
澄んだ色のスープだった。野菜は心許ないが、それだけに魚介の旨みが非常に引き立っている。
「美味い」
「当然! 新鮮な魚介をふんだんに使ったんだから! 他にもいくつか――」
トラヴィスが炊き出しを作った机を見やると、倒壊した建物の方からトラヴィスを呼ぶ声が聞こえた。口を半開きにしたトラヴィスは、ぎこちない動きでライルを見つめて手を合わせる。
「すまない! 片付けをしないとなんだ。それ、好きに食っていいから!」
ライルの返答も聞かずに、慌てて建物の片付けに向かっていった。足元は悪いが、2次被害の心配はなさそうだ。とはいえ、一食の恩を返さないのも気分が悪い。
手早くブイヤベースを食べ終えたライルは、手伝いに向かった。海鮮レストランの片付けの手伝いと、港の見回りを最低限終えた後、ライルは守護者ギルドの海都支部を見上げていた。
高台にある支部の建物は津波の被害を受けず、無傷で建っている。他の守護者や避難民も出払っているのか、静かな様相だ。
その中で一人。朱色の長髪を下ろしたミレイユが扉の前で立っていた。しきりに深呼吸をしていた彼女は、ライルの足音に気付いて振り返る。
「ラ、ライル先輩⁉︎ なんでここに……まだ安静にしてないと!」
「こんな状況でおちおち寝てられるか。1週間も休んだし、大丈夫だ」
「そ、そうは言っても……」
反論しかけたミレイユはぐっと口を結んだ。ライルを足先から頭まで見やって、唇を噛み締める。
「ライル先輩……本当に、申し訳ごさいませんでした!」
「いちいち謝るなよ。病院でなんべんも聞いてうんざりしてんだ」
「す、すみません……」
飽きることなく毎日のように謝罪を繰り返すミレイユは首を垂らした。だが、何が言いたげにちらちらと目線を寄せては逸らす姿に、ライルは焦ったく目を細める。
「――ストラス、親父はどうなった?」
「あ……王国軍の拘置所にいます。全部認めてるそうですが、現職の将軍がこんなことを起こすなんてって、対応に困ってると聞いています」
「そうか、当然だろうな」
国家を転覆し掛けた相手だ。事実確認や賛同者の有無の確認に追われているのだろう。
一方で下手に公表してしまえば、帝国との密約も明かされ、関係性にも亀裂が走る。王国政府としては内々に処理して自然災害として公表したいのは想像に容易い。
半ば辟易としながらため息を漏らしたライルは、曇った顔のミレイユを見つめる。おそらくミレイユの関与だけは、マルクスは明らかにしていないのだろう。だが――
「お前の方は、責任を取って守護者を辞める。そんなところか?」
「……だって。私は、お父さんと協力して、あんな被害を出した犯人です。本当なら、投獄されて然るべき……。辞表を出したら」
「阿保。お前が追加で捕まっても何も好転しないだろ」
「そういう問題じゃありません!」
地面を見つめていたミレイユは、ライルのぞんざいな言葉に異論を唱えた。
「責任を取りたいんです! 亡くなった方にも被害を受けた方にも! ……ライル先輩にも……」
涙混じりの訴えを前にライルは、はぁとため息をついた。目の前の新米は誤解をしているようだ。
「お前がいようがいまいが、マルクス・スエードは《ゴーリェ・グラード》に辿り着いていただろ。お前のやったことはせいぜい俺達を騙したことと、俺の腹を刺したことくらいだ」
「い、いや、そんなわけにはいきません!」
「あ? 人の腹を不意打ちで刺しといてよくそんな口が利けるな」
「そ……そういうつもりでは……。本当に、すみませんでした……」
易々と鼻先を折られたミレイユを見てもう一度ため息を吐く。責任感に陶酔して、楽な道を選ぼうとしているだけだ。
「ミレイユ・ストラス。お前が何を考えようがお前の勝手だ。だが、責任があるっていうなら、その責任の取り方は違うだろ」
「……それは、どうしろって言うんですか……」
「簡単な話だ。傷付けた数の十倍人を救え。それだけでいい」
ハッとした顔付きでライルの顔を見つめたミレイユに、さらに告げた。
「もう一度聞くぞ、ストラス。なんでお前は守護者になったんだ。守護者になって、お前は何がしたいんだ」
「それは……」
反射的に開いた口をミレイユは食いしばる。
「お前の前にあるのは二つの道だ。一つは全てを投げ出して、過去に浸る道。もう一つは、全てを背負って、前を向いて頑張る道だ。お前はどうしたいんだ」
そう突き付ければミレイユは見張った目を、思いっきり瞑った。両拳を強く握り締めて、絞り出すような声を放つ。
「そんなの、決まってるじゃないですか……。でも……でも、でも! 許されるわけが」
「守護者には罪や罰を与える仕事はない。助けること、守ること、止めること、それから許すことだ。だから後は、お前が腹を括れ」
あからさまな誘導を口にしながらライルは一歩進んだ。
「――いいんですか……? 本当に、こんな私が……」
「考え込んでやらかすような奴。かと思えば、あんな状況で自分の身を顧みずに戻って来るような奴。どこに行ったって同じだろ。だったら、年中人手不足な場所でコキ使ってやる」
ミレイユまでゆっくりと近付いて手を差し出す。
「けど、けど……!」
「ごちゃごちゃとうるさい。俺は守護者ギルド所属、ライル・シュナイザー。お前は、誰なんだ!」
ライルの手と顔を、ミレイユは見つめた。それから俯いたミレイユはおずおずと両手を出して、ライルの手を掴む。
「……守護者ギルド……トルクエニド王国本部、アルロート支部所属……ミレイユ・ストラス。よろしく……おねがいしますっ……!」
「……ああ、よろしく」
繋がれた手の上に涙が一つこぼれ落ちる。それより先は拭い去ったミレイユは、素早く朱色のポニーテールにまとめた。それを横目に支部の扉を開けるライルに、ミレイユは並び立った。
「行くぞ。仕事は山積みだからな」
「はい……はいっ!」
第一部 完




