第3章 波浪の盾 5
攻撃を容易く防ぐマルクスに悪態を吐きたくなるが、再びミレイユが突貫してきた。心底しんどそうに、今にも泣きそうな顔で。
「……阿保が」
水平に振り抜かれた薙刀に対して、水の長剣を垂直に立てて備える。だが、直撃と同時に長剣は限界を迎えて粉砕した。防御を失いつつも、長剣が稼いだほんの一瞬で身を引いて、紙一重で薙刀を躱したライルは、柄だけ残った剣をミレイユに差し向ける。
「捉えろ」
詠唱ですらなく、短く呟いただけの指示が剣の鍔から水流を打ち出した。目と鼻の先にいるミレイユを、マルクスの横槍を挟む余地なく、水流で胴体と四肢を縛りあげて拘束した。
「こ、このっ……!」
すぐに拘束から逃れようと激しく身じろぎするミレイユに、ライルは大きく息を吸い込んだ。
「ミレイユ・ストラス! 俺は言ったよな! お前は守護者に向いているって! 人に寄り添えて、全力を尽くせると、俺の目にはそう映ったからだ!」
「……勝手なこと言わないください! ライル先輩みたいな、守護者のエースに私の何が分かるんですか!」
「ああ、知らねぇよ。どうせ出会ってから数日の付き合いだ。でも、もっとお前のことを知ってるエースから、何があっても前を向いて頑張れって教えられたんだろ! 今のお前は前を向いているって言えるのか!」
「ぁ……ぅ……だって、だって……仕方ないじゃないですか!」
図星を突かれたと苦悶の嗚咽を漏らしたミレイユは、マルクスによる水の杭によって拘束から解放されても、その場で吐き捨てた。行き場のない慟哭を漏らして、頭を抱える。
「そう言ってくれた母を死なせたのは私なんです! もっと、もっと多くの人を救うはずだったお母さんを!」
ミレイユの根底にあるのはその罪悪感なのだろう。守護者に向いていると言っても、守護者の正義を証明しろと言っても煮え切らなかったのは。ライルに守護者の在り方を願いながら、自分を当て嵌めようとしなかったのは。
「誰よりもかけがえない人を、大事なお母さんを、死なせた私が守護者だなんて! そんな風に人を助けられる力があるわけが……!」
「だったら、なんで守護者に加入した!」
「それは、ライル先輩に、ここを見つけさせるために」
「それだけなら守護者にならなくても出来るだろ。依頼人でも、首謀者でも、軍人になったとしても。それでも守護者になったのは、どこかで願っているからじゃないのか! 母親の墓の前で言ったように、憧れた母親のように助けるって!」
母親のように人を助けたい憧れ。一方で、その母親を失った自分は同じようにはなれないという絶望。相反する思いが歪んで合わさったのが、今のミレイユなのだろう。
それをライルに突き付けられたミレイユは朱色の瞳から涙が溢れ出していた。
「あ、あぁ……違う、違う。そんなこと、出来ない。出来ないんです!」
その涙を振り払って、抱えていた薙刀を振りかざした。自分を惑わす敵を振り払うために。
「アドラス起動【ブレイクアロー】」
薙刀を振り下ろす寸前で、ミレイユの足を鉄管が打ち抜いた。急回転するようにすっ転んだミレイユの首元に、ライルは再生成した水の長剣を添える。それを見たミレイユは、おもむろに頭を垂らした。両手両足からは力が抜けて、涙が水面に落ちて波紋を作り出す。
「……悪いが、人を殺すのは俺の仕事じゃない。立つ気がないならそこで見てろ。守護者の務めを」
ミレイユの首筋から水の長剣を離したライルは、そう言って歩き出した。ミレイユは無力化した。ならば次は本丸である。
「今度は放置とは。あべこべな教育方針なんだな」
「ふふ、いやなに、守護者のエースの主張に耳を傾けていたまで。興味深い演説だったよ。――だが、甘い。甘すぎる」
拍手まで付けて好意的を露わにしていたマルクスは、一転して冷徹に否定した。その顔に笑みはなく、むしろ怒気を滲ませている。
「優しさでは人は救えないのだ。一定層の需要を満たす美徳なだけで、いずれ馬鹿を見る。だから私は力を求めた」
「……勝手にしろ。俺は守護者の務めを果たすだけだ」
水の長剣を振って、剣先を差し向ける。相手は超常の力を手中に収めた王国軍中将。勝利条件は、その手に握った《ゴーリェ・グラード》の魔動核の奪取だ。
「悪いが止めさせてもらう。覚悟しろ、マルクス・スエード」
「誰が止まるものか。ライル・シュナイザー! 甘い理想と共に溺れ死ぬがいい!」
マルクスは腰に携えた剣を抜く素振りもなく、右手の魔動核を突き付けた。たちまち発生した荒津波が両側からライルを押し潰さんと挟み込む。
「アドラス起動【スクリームセイバー】!」
押し潰される寸前でライルは長剣を横一文字に振り抜いた。剣の軌道をなぞって発生した渦が津波を呑み込んで鎮圧して見せる。
「な、なに……! ならばこれでどうだ!」
「アドラス起動【インパクトドラム】」
ライルの足元から4筋の水流が立ち登った。瞬く間にライルを取り囲んだのをその身を媒体に発動した衝撃波で蹴散らす。
続けて上空から無数の杭が降り注いだ。それすらも衝撃波で撃ち落とし、ライルは五体満足で連撃を斬り抜ける。
「なぜだ……予備動作すらない魔法を、そこまで看破するなど……。いや、そういうことか。君は《ゴーリェ・グラード》と同調した存在。その力で発生したものを感じ取っているのか」
「……そうみたいだな。さて、どうする? 同じことを繰り返しても結果は変わらないぞ」
実際には大体の位置と規模が何となくわかる程度だが、マルクスも力を使い切れているわけではないらしい。何でも出来る超常的な結晶体であるはずが、細かい操作が出来ず攻撃手段がパターン化している。その予測も含めて、対処が出来ていた。
とはいえ、《ゴーリェ・グラード》を操る以上、ライルはマルクスの天敵となる。それにもかかわらず、取り乱したのはその分析を終えるまでだった。薄ら笑いを浮かべたマルクスは、魔動核を垂直に掲げた。後方に居座る結晶体と重なるように。
「では、対処不可能な力を振うまで! 《ゴーリェ・グラード》よ。支配域の拡大は取りやめだ! 眼下の敵を打ち滅ぼせ!」
ズシンと衝撃が走った気がした。結晶体の表面を下から上に伝っていた魔力が反転し、上から下へと、そして魔動核へと流れ込んで、魔動核が煌々とした青色の光を放つ。




