1話
「……またか」
神谷恒一は小さくため息をついた。
放課後。
夕焼けに染まる帰り道で、彼は立ち止まっていた。
目の前には古びた石段がある。
住宅街の外れ、地元の人間ですら近づかない廃神社。
正式な名前も知らない。
ただ昔から、
『あそこには行くな』
そう言われている場所だった。
「帰るか……」
そう思った。
だが、なぜか気になった。
胸の奥がざわつく。
誰かに呼ばれているような感覚。
恒一は頭を掻いた。
「気持ち悪いな……」
無視して帰ろうとした。
しかし足が止まる。
そして気づけば石段を上がっていた。
「俺、何やってるんだろ」
誰に言うでもなく呟く。
鳥居は半分崩れていた。
境内も荒れ放題。
雑草が生い茂り、人の気配はない。
風だけが吹いている。
だが境内の中央に来た瞬間だった。
――ぞわり。
全身を悪寒が走る。
「っ!?」
地面に黒い亀裂が走っていた。
まるでガラスが割れたような模様。
その隙間から黒い霧が漏れている。
恒一は思わず後退した。
「なんだこれ……」
普通じゃない。
本能が警鐘を鳴らす。
逃げろ、関わるな。
そう叫んでいる。
しかし霧の奥から声が聞こえた。
『――来て』
女の声、小さい。
だがはっきり聞こえた。
恒一は顔をしかめた。
「誰だよ……」
返事はない。
代わりに亀裂が広がった。
地面が崩れる。
「うおっ!?」
足元が消えた。
次の瞬間、恒一は暗闇へ落下していた。
どれくらい落ちただろう。
気がつくと石造りの空間にいた。
地下、それもかなり深い。
周囲には巨大な柱が並び、床一面に複雑な紋様が刻まれている。
「神社の地下にこんなのあるか普通……」
誰も答えない。
静寂だけが続く。
そして部屋の中央にそれはあった。
巨大な円形の封印陣。
無数の札、鎖、朽ちた鳥居。
その中心、一人の少女が眠っていた。
白銀の髪、透き通るような肌。
黒い衣装。
まるで人形のように整った顔立ち。
だが異様だった。
人間に見えるのに、人間に見えない。
説明できない違和感。
存在そのものが浮いている。
「……誰だ」
思わず声が漏れる。
その瞬間、少女の瞳が開いた。
赤とも銀とも言えない不思議な色。
感情は見えない。
ただこちらを見ていた。
じっとまるで観察するように。
「え」
恒一が固まる。
少女はゆっくりと起き上がった。
鎖が音を立てて崩れる。
封印陣が淡く光る。
そして少女は口を開いた。
「識別開始」
機械のような声だった。
「……は?」
「現界処理確認」
少女の視線が恒一を捉える。
逃げられない。
そう感じた。
「契約対象探索」
空間が震えた。
封印陣が眩く光る。
恒一は後ずさる。
「ちょ、待て」
「探索完了」
少女が告げる。
「契約対象を確認」
その瞳が真っ直ぐ恒一を見た。
「あなたが核」
「は?」
意味が分からない。
だが少女は気にしない。
一歩近づく、二歩、三歩。
気づけば目の前だった。
近い、近すぎる。
「いや、だから何――」
その時だった。
少女が恒一の胸に手を当てた。
瞬間、白い光が溢れる。
激しい衝撃が全身を貫いた。
「ぐっ!?」
胸が熱い。
呼吸ができない。
身体の奥に何かが流れ込んでくる。
光の中で少女の声だけが聞こえた。
「契約を開始します」
「待っ――」
「完了」
世界が白く染まった。
気がつくと境内だった。
夕暮れは終わり、空は薄暗くなっている。
「……夢?」
恒一は呟いた。
胸を押さえる。
痛みはない。
だが服の下、胸元には見たことのない紋様が浮かんでいた。
「なんだこれ……」
理解が追いつかない。
その時、隣から声がした。
「起きたか」
恒一は硬直した。
ゆっくり振り向く。
そこには先ほどの少女が立っていた。
当然のようにまるで最初からそこにいたように。
白銀の髪が夜風に揺れる。
少女は首を傾げた。
「神谷恒一」
「……」
「契約は正常に完了した」
「……」
「今後は共に行動する」
数秒の沈黙。
恒一は空を見上げた。
そして。
「いや意味分かんねえよ!」
全力で叫んだ。
少女は少しだけ考えるような顔をして。
「そうか」
と言った。
そして続ける。
「説明は後で行う」
「今は帰宅を優先するべきだ」
「私も同行する」
「拒否権は?」
「ない」
即答だった。
恒一は頭を抱えた。
その横で少女は静かに告げる。
「私の名前は暁」
感情のない声。
だがその瞳だけはほんの少しだけ恒一を映していた。
「これからよろしく頼む、恒一」
そうして神谷恒一の平穏な日常は終わりを告げた。
もし「面白かった」「続き読みたい」と思ってもらえたら、ブックマークや評価(☆☆☆☆☆→★★★★★)してもらえるとめちゃくちゃ嬉しいです!次の更新のやる気になります。




