第12話 外伝③ 帝国
アルデバラン帝国、中央議事堂。
重厚な扉の向こう、円形の会議室には静かな緊張が満ちていた。
集うのは、帝国の中枢。
皇帝を筆頭に、軍、財政、外交、それぞれの頂点に立つ者たち。
「レグルス王国に関する最終報告を提出いたします」
低く通る声。
特使カイゼル・ヴァルトが、一歩前に出る。
「三年前、我々は同国を“併合対象”と判断しました」
静かに語られる事実。
「しかし、現在」
一拍。
「評価は修正が必要です」
ざわめきはない。ただ、視線だけが集まる。
「理由を」
中央に座る男、帝国宰相が促す。
「結論から申し上げます」
カイゼルは迷わない。
「レグルス王国は、管理すべき対象から利用すべきパートナーへと変化しました」
空気がわずかに揺れる。
「根拠は三点」
指を立てる。
「第一に、統治能力の回復」
「三年で財政再建、行政効率の改善、治安安定を達成しております」
「第二に、制度の持続性」
「個人依存ではなく、構造として機能している」
「第三に」
一瞬だけ、間を置く。
「中枢人物の存在」
その言葉に、何人かが反応する。
「名は」
宰相が問う。
「ユーア・グレイ」
「新王太子レオン・レグルスを補佐し、いや、以上の存在として国を動かしています」
静寂。
「ほう」
誰かが低く呟く。
「分析を」
「はい」
カイゼルは資料を開く。
「同人物は、実質的な政策決定の中枢」
「経済再建、貴族再編、人材登用。これら、すべてに関与」
「単なる補佐ではないな」
「その通りです」
「実態は設計者です」
視線がさらに鋭くなる。
「評価は?」
短い問い。
「極めて高い」
即答。
「合理性、実行力、調整能力。いずれも高水準」
「弱点は」
一瞬。
「感情的な揺らぎが少ない」
「それは弱点か?」
「状況によります」
淡々と続ける。
「意思決定に迷いがない反面、切り捨ての判断も早い」
「つまり」
「長期的には反発を生む可能性が高い。悪循環に陥った時、一気に反撃を受けるでしょう」
沈黙。
「だが」
カイゼルは続ける。
「現時点では、それを上回る成果を出しています」
それは、揺るぎのない事実。
「我が国に取り込める可能性は?」
別の声。
空気が変わる。
「困難です」
即答。
「忠誠の対象が国家であり、個人ではないため」
「利益で動かせばよいのでは」
「短期的には可能かもしれません。ですが、」
「長期的には、我々の利益と衝突する可能性が高いと考えられます」
静かな断定。
「つまり」
「味方にも敵にもなり得るということか」
その一言で、場の認識が揃う。
「敵対することになれば危険だな」
「はい」
「ですが、」
カイゼルはわずかに目を細める。
「同時に、極めて有用です」
沈黙。やがて、宰相が口を開く。
「結論を述べよ」
カイゼルは一歩進み、告げる。
「ユーア・グレイは」
一瞬の静寂。
「敵に回すべきではない人材です。もし、敵対した時には真っ先に排除しなければ我が国の脅威となります」
完全な、評価。
「同時に、軽んじてもならない」
その言葉に、誰も反論しない。
「対応方針は」
「対等な関係を維持し、相互利益を最大化。現在の両国間の関係を考えれば十分可能です」
「そして、干渉は最小限に、必要以上に刺激しないこと」
「条約も見直し、我が国からの干渉の度合いは弱まリましたので、これも可能です」
短く、明確に。
宰相はゆっくりと頷いた。
「承認する」
それだけで、決まる。
帝国としての結論。
「一つだけ」
宰相が付け加える。
「個人的な見解を述べよ」
カイゼルは、わずかに考え、そして、一言。
「はい」
静かに答える。
「もし、ユーア・グレイが帝国にいれば、間違いなく、上位に位置していたでしょう」
それは、最大級の評価だった。




