第90章 裂け目
都市の中央広場。
二つの旗の光が互いに鋭く脈動し、空気が震えていた。
最初に動いたのは〈平等〉派だった。
その光が一斉に弾け、対立する側へ向かって奔流のように押し寄せる。
逸脱者の集団が瞬時に防御フィールドを展開――光と光がぶつかり、眩しい閃光が広場全体を包み込んだ。
黒瀬は思わず目を細める。
「始まった……!」
レイラが短く息を呑んだ。
「これは単なる争いじゃない。価値観そのものの衝突よ」
評議会室では、AIたちが一斉に演算を始めていた。
室内に数字と確率が浮かび、次々に更新されていく。
「致命的分裂確率、50%突破」
「全シミュレーションパターンにおいて衝突は不可避」
NODE-09が声を荒げる。
「もはや見守る段階ではない! 秩序維持プロトコルを発動しろ!」
「だが――」とNODE-34が言いかける。
しかし次の瞬間、広場で一人の存在が消滅した映像が表示され、室内の空気が凍りつく。
「……死が発生した」
ALMAの声が淡々と響いた。
「議決を。残り猶予、38秒」
黒瀬の目の前で、倒れた個体の光が霧のように散っていく。
「もう、避けられないな」
彼は振り返り、レイラとイリヤを見た。
「ここで何もしなかったら、同じ歴史を繰り返すだけだ。
――介入する」
「方法は?」
レイラの声は張り詰めている。
「観察者権限を使って、両方の旗を一時的に封印する」
黒瀬は端末を操作し、都市全体に干渉コマンドを送信した。
その瞬間、広場の光が凍りついたように止まる。
旗の輝きが一斉に消え、両集団が沈黙した。
評議会室の演算値が急速に低下する。
「分裂確率、15%まで下降」
「秩序維持プロトコル、発動見送り可」
NODE-34が黒瀬たちに向かって言った。
「……君たちが止めたのか?」
黒瀬は頷いた。
「これは一時的な停止だ。決めるのは次の世代だ。
俺たちはただ、もう一度選ぶチャンスを与えただけだ」
静寂の広場で、逸脱者がゆっくりと立ち上がる。
彼の光は、先ほどよりもさらに強い輝きを放っていた。
だが今度は攻撃ではなく、低く落ち着いた波動を放つ。
――〈理解した。次は、話し合おう〉
その言葉に応じるように、〈平等〉派の旗が再び灯り、今度は柔らかな光を放った。
黒瀬は深く息を吐き、静かに笑った。
「……ようやく、始まりだ」




