学び舎午前の部
人は何故、美味しい食事を求めるのか。
皆さんごきげんよう。
謎の異世界を漫遊するシュウです。
私の故郷では滅んでしまった大自然や、創作物でしか登場しないモンスターとの戦いに日々戦々恐々とする毎日です。
怖くて怖くてホームシックになるかと思いましたが、異世界での自分の姿は自分の設計した|肉体〈アバター〉そのものであるし、家族同然のAIアイリスと、相棒のEL.F.も一緒なら怖いものはありません。
まぁEL.F.は来て早々破損しましたが、なんとかやっていけています。
嬉しい誤算もありました。
特筆すべきはとにかく食事が楽しい事。
私の世界では美味しい食事とは、甘味塩味酸味といった濃度を数値的にブレンドして狙った旨味を添加したバーを摂取するただの娯楽でした。自分の世代に至っては、食事体験すら省略し、栄養の注入と同時に脳に直接ドーパミン・セロトニン・エンドルフィン・オレキシン・インスリンを投与して満足してしまう者も多かったように思います。
自分も何度かそういった横着な暮らしをしましたが、自然食をこの世界で味わって、今まで食事だと思っていたものは、あまりにも下らない行為だったと思い知らされました。
言うなれば植物、我々は栄養水を撒かれている草花と変わりはしなかった。
香り、食感、咀嚼していく段階で混ざり合い生み出されるコク、後味と余韻——
傭兵団が見せてくれた、硬くて食べにくいという硬パンも、その歯ごたえが面白く、舌の上で徐々に柔らかくなっていくたびに広がる香りを存分に楽しむことができた。
そう、食事は美味しいだけではなく楽しい。
美味しくて、楽しくて、嬉しい。時に誰かとそれらを共有する。
食事とは素晴らしいものなのだなと実感しております。
そうそう、今は大きな国のそれなりに立場のある方と知己になり、お世話になっています。
懐柔の意図が見え隠れしていますが、故障したEL.F.のことや、衣食住についてパトロンとなってくれるそうなので、多少の面倒事は付き合うつもりです。
先日、国が抱えている厄介な問題について調査依頼を請けて処理した所、大変感謝されました。
あまり重用されても困りますがこの程度なら良いでしょう。
以上思考整理終わり。
〈通常のレム睡眠へ移行〉
騎士養成校の講義はその成り立ちからして、軍の訓練教育に近い。
もちろん貴族階級がほぼ前提となる組織として、儀礼的なマナーの類も学ぶのだが、やはり重視されているのは軍としての作戦遂行能力に関連した教育だ。
それに付随して、最重要兵器たる妖精機に関する座学もある。車のドライバーが車の構造をまるで分かっていないのでは訓練にしろ実戦にしろ、理解度や応用力に顕著な差が出てしまうのと同じだ。
「魔法の歴史とは術式発展の歴史でもあり、妖精機はその中でも特に大きな転機でした」
今日の講義は歴史に沿って妖精機の成り立ちを解説している。
壇上で話しているのはカーサという妙齢の女性だ。
人類学者でもあり、魔装具研究者でもある軍属の講師らしい。
いや実にありがたいことだ、理解が深まる。
「中でもマギコロイドゼル、通称マギゼルの開発は革命的でした。妖精機開発の祖ヴァルザー卿の生み出したそれは、生産費用こそかかりますが術式を転写でき、魔素を浸透させる事の可能な物質として生み出され、今日では少量を用いた魔装具としても幅広く活用されていますね」
先代どのは凄いな。
要するに魔法を使いやすい物質を開発したということか。
ヴァルザーの名を聞いてチラチラとこちらを盗み見る生徒達が居るので目力全開で睨み返して遊んでいると注意されてしまった。
「コホン、良いですか。駆動用のシリンダーにもマギゼルは利用されています。ヒトの身体は骨と筋肉が別れていますが、妖精機は術式によって強度や形状などを定義されたマギゼルが骨格と筋肉の役割をそれぞれ担っています。そして搭乗者の入力した行動を反映させる信号技術を生み出したのが、光の魔導師ライマスです」
気にはなっていた部分だ。
電気的な技術が無さそうな世界において、どうやって機体制御の信号を発しているのか。
「彼は大陸で2人しか居ないとされていた雷の魔法使いでした。その雷の性質を、研究し、魔素にその特性を与えて|制御信号〈マギ・インパルス〉として実用化させた偉人です。スパーク・パターンと呼ばれる信号によって、様々な条件分岐を術式に落とし込む事が出来ます」
半導体を使わず、魔法という技術体系でトランジスタの仕組みを実現したというのか。
だとすれば、コンデンサや制御回路の修復はおろか、機能拡張すら視野に入る凄い技術だ。
存命なら是非ともご指導賜りたいが、どうなのだろうか。
「先生、何故雷使いは2人しか居ないのですか?」
女子生徒が一人挙手をして質問する。
「あくまで居ないとされている、です。光の魔導師ライマスのほか、万能の魔法戦士と呼ばれる1級傭兵ウィッツが雷の魔法を使っていたという記録があり、他の使用者は未だに見つかっていないのです。そして我々が使えない最大の由来は、威力です。|制御信号〈マギ・インパルス〉として我々が扱える魔法はとても微弱ですが、雷魔法と分類される魔法の威力は大木を真っ二つにするほどです。このことから、雷魔法とはエルフ達が使う|自然魔法〈アンプロスマジック〉では無いかと推測されています」
「では、雷使いと呼ばれる魔法使いは、皆エルフなのですか?」
「公式見解ではそのようになっています。魔導師ライマスは当時のヴァルザー家当主と共同で妖精機の技術を生み出しましたが、そのヴァルザー卿こそが爵位を得て王国に帰化したエルフであり、同郷であるライマスに協力を要請したという経緯がありますので」
これは良い事を聞いた。
エルフならば長命なのでは無かろうか。
どうにかしてコンタクトを取りたい所だ。
「ということは、冒険者ウィッツも?」
「はい、活動時期がまばらではあるものの、ウィッツの活動記録は確認されている最古のもので70年以上昔のものです。5年前に亜竜討伐の記録がありますので、エルフか、エルフ並の|自然魔法〈アンプロスマジック〉が扱える|亜人種〈セリオンズ〉であると目されています。有名人なのでご存知の方もいるかもしれませんが、ウィッツは仮面が特徴で素性があまり知られておりません。その為これらはあくまで推測です」
こちらは外れだろう。
傭兵職に技術的なエビデンスを問うのはお門違いだ。
恐らくその魔法とやらも、口伝とか特定の儀礼的な継承あるいは先天的な才なのではないかと推測できる。
「話が逸れましたね、つまり妖精機という歴史的な発明の裏に、魔導師ライマスの多大な貢献があり、その影響は魔具という形で私達の生活をも豊かにしてくれています。我々は騎士を養成することが目的な為に、より高度で特化した技術を学んでいきます。しかし技術部門への進路を考えている方で、追いつけない、合わないといった適正の問題も出てきますが、こういった分野への道があることも覚えておくように」
講義が終わり、カーサ殿を追いかける。
「先生、魔導師ライマスにお話を聞く事はできないでしょうか」
「あなたは――シュウ・ヴァルザーでしたか、話は色々とお聞きしていますよ。それで?」
「この国の技術を学ぶ上で基礎理論の理解を深めたいのですが、当時の話も聞いてみたく」
「熱意があるのは大変結構です。しかし残念ながら魔導師ライマスはこの国にはおらず、生きているのかすら不明なのです」
「これほど王国と所縁のあるエルフがですか」
「偉人であり、その技術がヴォミド災害から人々を救う妖精機を生んだ英雄である事は疑いようもありませんが、かの御仁は自然を愛し、平和を愛する御仁だったとのことで、その後国を去ったのです」
「なるほど、人同士の争いの立役者になるのは御免だったと」
「うーん、コレ王国のデリケートな話題なのでボカして喋ってたんだけど...講義の時には掘り返さないでもらえる?」
「ふふ、存じておりますとも」
全く以て残念でならない。
とはいえこれは上振れ要求に過ぎないので、別段困る訳でも無い。
「では、|制御信号〈マギ・インパルス〉について基礎から応用まで詳しく学びたいのですが、参考になる図書などをご存知ではありませんか?」
「まぁ!あなたは実戦能力を買われて編入してきたのだと思っていましたが、そういった事にも興味が?」
「もちろんです。それに仕組みについて詳しい方が、戦いにおいても強い。先生の講義の主旨はそういったものであると認識しています」
「まぁまぁ!素晴らしいわ、あまりこういった座学には興味の無い方も多いのよ?う~んそうね、じゃあ次の私の講義までに、良い本を探しておくから、またいらっしゃいな」
「ありがとうございます先生、大変助かります」
有望な教え子としてのポジションの確立に成功したようだ。
午前中の座学が終われば食事の時間だ、楽しい楽しい食事の時間である。
今日の食事はパスタだ。
とはいえ貴族の多い学び舎である。出されるのは前菜・パスタ・デザートのプリフィックスランチ形式で、テーブルマナーを学ぶ場であり、或いはそれらを披露する場でもある。
自分にとっては知ったことでは無いが、将来家を継ぐ生徒達は自分の品を、家格を落とさぬ為にと研鑽を積んできた為か、しばしば心理的なマウントの取り合いが起きるようで、マナーのなっていない輩の食事は目に余ると、そういうことらしい。
マナーの悪いことだ。
「おい」
「んあ?」
見上げれば、掘りの深い目鼻立ちクッキリな茶髪の青年が隣までやってきて見下ろしていた。
「貴様がシュウ・ヴァルザーか、栄誉あるヴァルザー家の名を譲り受けたにも関わらず、その汚らしい食べ方はなんだ!?」
「いふぁにもひゅうふぁふぁ」
「食べ終わってからいえ!」
これが例の、などと呑気に考えながら口の中のパスタを飲み込む。
「いかにもシュウは俺だが、お前こそ誰だ」
「まさか俺を知らんとはな、俺の名はフォーク、フォーク・|キュエール〈スプーン〉!王国一の耕作地を誇る|キュエール〈スプーン〉家が跡取りとは俺の事だ!」
「ぶっ」
「な、何故笑う!?」
いや笑うだろ、フォーク・スプーンだぞ。
「いや、すまない。俺の故郷の言葉に似ていて驚いただけだ」
「何故かは知らんが貴様からは随分と俺に対する侮りが見えるな?」
するとフォークの脇に控えていた取り巻きのような男達が騒ぎ出す。
「フォーク様を馬鹿にするのか!?」
「|キュエール〈スプーン〉家は王国の食糧事情を一手に支える大耕作地帯を治めているんだぞ!家格こそ伯爵だが、その力は侯爵家にだって負けてないんだからな!」
「それはすごい!」
食器を置いて立ち上がりフォークの手を掴む。
「この美味しい食事の数々はスプーン家の献身あってのことだったとは!」
「スプーンじゃない!|キュエール〈スプーン〉だ!」
目の前のフォークが同じ言葉を、異なる唇の動きで喋っているように見えた。
(ク、いやクゥ、エール、クゥエール?)
「クゥエール、で合っているか?」
「む、発音しにくいのか?まあいいだろう。その通りだ!|キュエール〈スプーン〉家は民を飢えさせない為の奉仕を以て国に仕えている。同時に!食事の第一人者としての誇りがある!貴様のように意地汚く食べる様を貴族にさせるなどと、神が許そうとも俺が許せるはずもなし!」
またコレだ。
食事のことではない。
何故か異界の地にてコミュニケーションが取れていると思えば、妙な翻訳のせいで誤解が起きる。
ありがたいことに違いは無いが時々事故が起きている。
先日図書で入手したマスターデータを使ってアイリスが翻訳機能を構築中だが、完成まではこういうことが続くのだろう。
神とやらが実在するならば、雑な仕事ぶりである。
「それは悪かった。俺もテーブルマナーなどには滅法縁遠い立場だったのでな。だが食べ物に対する敬意は誰にも負けないぐらいの気持ちなのだが、それじゃあ駄目なのか?」
「敬意だと?ふん、飯が食えれば食べ物はなんでも最高みたいな物言いだな。笑わせるな、貴様が見ているのは食べ物で料理ではない!料理は美味しさや可食部を増やす技術!そしてテーブルマナーは、品性を問う一方で、料理を美味しく食べる為の作法!貴様のパスタの食べ方を見れば、それがまるでなっていないのは一目瞭然だ!」
「美味しく食べる、だと?」
「ああ、貴様の選んだそのアリオ・オリオは油が大事なパスタ、文字通り油と香りが命だ。貴様はテーブルに届いたそばから大量に巻き取って口に運んでいたがまるで違う!香りが飛ばないよう、湯気が落ち着くのを見計らい、油ベース故に皿の底に溜まりやすい香りの凝縮された油を掬うようにして、少量のパスタを巻き取るのが正解だ。一度に多くのパスタを巻き取ってしまえば、香りも食感もボヤけたものになってしまう。試してみろ!」
フォークに促されるまま、フォークを皿の底へ滑らせ、余裕で一口に収まる程度のパスタを絡めとって口に運ぶ。
するとどうか、十分に纏わりついたオイルが舌を滑るように口腔へと絡みつき、それらはニンニクと唐辛子が溶け込んだ刺激的かつ芳醇な香りを口いっぱいに広げ、鼻からスっと抜けていくではないか。
トゥルトゥルのパスタはのど越しもよく、キレのある香ばしい余韻が更なる食欲を誘う。
「なん...だと」
「ふん、分かったようだな。これが理解できないようなら、知性の無い家畜のほうがマシだと思っていたが、最低限我々と並ぶ知性は持ち合わせているようだ。なればこそ、己の無知を恥じるのだな!」
「分かりましたフォーク師匠!」
「誰が貴様の師匠か!くそ!手を放せ!やめろ暑苦しい!」
ライマス氏に会えそうにないのは残念でならないが、フォーク師匠という素晴らしい知己を得ることができたのは僥倖だった。




