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休日

 騎士養成校ガーデンのカリキュラムは3日通い、1日休むローテーションだ。

 ただの学び舎と異なり戦闘訓練も激しい為、休息日を短いスパンで入れるようになっている。


 騎士養成校に通う生徒はその殆どが貴族階級だ。

 高貴なる者の義務(ノブレスオブリージュ)を体現すべく、民を守る。

 貴族は高貴だから税を徴収でき、敬われるのではない。

 領地を、国を、優れた教育環境によって鍛えられた能力で治め、民が安んじる為に尽力するからこそ成り立つ。

 騎士の道もまた、その能力の一つである。

 ごく当然の成り行きではあるが、幼少期からの教育と家庭環境の優位によって、《ガーデン》へ入れる者は貴族が殆どだ。

 その立場上、生徒の殆どには従者が居り、休日だろうと身の回りの世話をしている。


 セレス・ヴァルトもまた、その中の一人であった。

 主人であるシュウ・ヴァルザー本日は外出中。

 厳密にいえば、セレスの真の主であるレオン・フィガロス・オブ・ヴェルセリス公爵の依頼を請け、任務中である。

 セレスの任務は、シュウの補佐、調査、そして懐柔だ。

 シュウが出発して間もなく、レオンから聞かされたシュウの力にいまいち現実感が湧いてこないセレスであったが、あれほどに特定の個人に入れ込むレオンを見たのはセレスも初めてだった。

 それを以て強引に自分を納得させ、理事長室をあとにしていた。


「ふぅ」


 取り留めも無く、深い息をつく。

 時間は昼を回って少し、世の御令嬢達はアフタヌーンのティータイムを楽しんでいる頃だろう。

 シュウの日程はレオンから聞いている。

 行先はファルク村、強行軍らしく既に村へは到着しているはずだ。

 潜入調査とのことなので、首尾よく事が進んで脱出したとして、陸路でファルク村の妖精機部隊の哨戒圏から抜け出し、最も近い町でいえばヴェネか、コーンロウあたりに向かうなら早くて2日、そこから空路で半日、乗り合いの待ち時間も考えて、帰還するのに3、4日は最低でもかかる。


「学務課に連絡が必要ね」


 《ガーデン》の生徒は学務課に申告をすれば、補習内容の調整も含めたフォローが為される。

 何より、シュウは一部の生徒の実技指導員を任されている。早めに連絡を入れておかないと、そのぶんゼナ教官に迷惑が掛かってしまう。

 そう思い立ち、セレスは《ガーデン》の学務課へと向かった。


「なるほど、そういうことなら前半3日、後半3日の実技は俺が受け持とう」


「申し訳ありません教官、お手数をお掛けします」


 学務課へ申告に向かったセレスだったが、道すがらゼナ・バルテリオスに会い、そのまま事情を説明した。

 部屋に戻ったセレスは、自分が手持無沙汰になっている事に気付く。


「一度戻りますか」


 空けているヴァルザー邸は常に人を入れていて手入れも行き届いている。

 監視対象無き今、セレスが急ぎ戻る必要も無いのだが、降って湧いた余暇を有効活用する術を、セレスは知り得なかった。


(彼の機体を持ち込んだ倉庫を調べる?でもバレたら心象が悪くなるし...)


 悩みながらも屋敷に辿り着き、気付けば無意識のうちに件の倉庫の前まで来てしまっていた。


(考え込んでも駄目か)


 セレスは頭を切り替え、書斎の掃除でもしようかと踵を返す。


「お、セレスじゃないか。ただいま」


 返そうとして、そのまま360度1回転するハメになった。


「—――シュウ様」


 そこに居るはずの無い声の主を見て、得体の知れない恐怖が背筋を走った。


「任務は、もう終わったのですか」


「ああ、今ちょうど終わって帰ってきたんだよ」


 彼は妖精機のコックピットハッチから身を乗り出してセレスに話しかけていた。

 今まさに何も無かった場所に、セレスが振り向いた一瞬で音も無く妖精機に乗って現れたのだ。


 ありえない。


 ――人は、理解できないものを恐れる。


 そんなことを誰かが言っていた。これはその類だと頭で(そら)んじる程度にはセレスは理性を保てていた。


 もう終わった?どうやって帰ってきた?距離は?時間は?

 私に気付かれず、今どうやって現れた?

 分からない。

 これでは奇襲から暗殺までやりたい放題ではないか。

 妖精機が、である。

 そんなものが存在していて良いのだろうか。


「なんとか夕食には間に合ったかな?あ、帰ったら流石に報告を先にした方がいいか」


「何故、シュウ様はレオン閣下に従うのですか?」


「うん?」


 聞いた。思わずに、聞かずにはいられなかった。


「その――そのような力をお持ちなら、組織も、国にすら縛られずに生きていけるはず。何故ですか?」


「ん、あーそうか、レオン公からも何か聞いたな?まぁいいが...」


 そう言ってシュウはコックピットから飛び降りる。

 着地の際も一切足音は無い。

 まるで翼人種がゆっくりと空から着陸するかのようであったが、セレスにそれを更に追求する心の余裕は無かった。


 シュウは中に入っていてくれと妖精機に話しかける。

 すると妖精機はあろうことか命令を聞くように倉庫内に地面を滑るように移動して入って行った。

 ――妖精機が遠隔で自律行動をしていたのだ。

 最早何から驚けばいいのか分からなくなってしまったセレスは、混乱しながらもシュウの口が開くのを待つ。


「レオン公には話してるし、別に信じられてもないっぽいけど言っておく。俺の目的は基本的に3つだ」


 シュウが指を3本立てる。


「ひとつ、俺の機体で破損した箇所の修理」


 これはセレスも知っている。その体制作りの為のヴァルザー家の継承だ。


「ふたつ、修理の為に必要な部材、代替品の開発。つまりは研究体制」


 これも分かる。その為の《ガーデン》編入だ。


「で最後、これが一番大事なわけだが――」


 来た。レオン公爵にも明かしていない可能性がある思惑を喋るつもりなら聞き漏らす訳にはいかない。

 セレスは唾をのみ込んだ。


「美味い飯食いながら楽しく過ごしたい」


「は?」


「考えてもみろ、この国は実に栄えてる。出て来る自然食はどれもこれも美味しいし、良い感じのユルさがある。実に過ごしやすい」


「ふざけないでください!私は真剣に聞いております!」


 いいようにはぐらかされた気がして、セレスはつい語気が荒くなってしまう。


「何言ってる、全部本気だぞ。あの人のお願いに付き合っておいたら、一先ず衣食住困らないのと、恩が売れる。その間にこの辺で暮らす為の常識も学べる」


「でしたらその後は?」


「その後?」


「ご教養とやらを身につけて、機体を修理して、その後です」


 一息に、セレスは踏み込んだ。

 結局はそこなのだ。

 シュウの真の目的が何であれ、ゆくゆくは王国を脅かすとあれば身命を賭して阻止しなければならない。

 それがかつて自身を救ってくれたレオンに対する、セレスの覚悟なのだから。


「無い」


「はい?」


「そんなものは無い」


「嘘です!」


 なんだか馬鹿にされたようで、調子がおかしい。

 感情的になってしまっている。その自覚があった。

 セレスは自分でも何故こんな風になるのか分からないでいた。


「ふうん?セレス、今日のお前はつまらんな。まるで、俺がお前の主人に仇成すような人物であって欲しいかのような物言いじゃないか」


「っ!?」


 シュウの言葉にセレスは息を詰まらせた。


「恐怖は思考を制限し、不安は理性を蝕む。お前はレオン公の役に立つはずという建前を使って、未知の脅威である俺をさっさと排除する理由探しをしていないか?」


「そのようなこと」


「全く、真面目に間諜するなら演技ぐらいはやり通せ。まあ俺の件に限れば、失敗してもレオン公は咎めないとは思うが」


 セレスはシュウの言っている言葉の意味が分からなかった。

 意味を理解するということは、"セレスがシュウの監視任務に失敗する事は既定"であることを認めてしまう、それは本能が許さなかった。


「——――いえ、失礼をお許しください」


 ちょうど本能に理性が追いついてきたセレスは、自分がどれだけ感情を揺らしていたかを自覚し、驚き、そして恥じた。

 しかしここから取れる手は平身低頭ひたすらに謝罪を重ねるしか無い。

 そう思って身を屈めようとすると、シュウは手で制する。


「よせよせ、ひとまず飼い主との合意形成(コンセンサス)は念入りにな?レオン公は俺が王国の敵になれば確実に国が亡びるぐらいは考えているだろうが、余程腹に据えかねた事が起きない限りありえない話だ。あの人は味方で居てもらう為に方々手を尽くしているようだから、俺もその誠意に応えているに過ぎない。調査報告をするなら、これを俺の心情としてそのまま報告すればいい。嘘偽りの無い本心だ」


「え?」


 シュウはくるっと向きを変えて屋敷へ帰りだす。


「それとあんまりビビるな。可愛い顔が台無しだぞ」


 セレスの心拍数が強烈に上がった。

 理解できない感覚から落ち着き屋敷へ戻るまで、セレスはゆうに10分を要する羽目になった。

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