技の先生と書の先生
フィガロス王国が誇る王国騎士団、その騎士を育てる養成校には図書館がある。
知は力、非力な人間が肉体的に優れた獣人種の存在する世界において覇権を握った要因たる妖精機は、まさに智の結晶だ。
そして力とは、正しく振るうてこそ力。盲目な力は暴力に他ならない。
それを体現するかのように、騎士の卵達は、自由に知を深める環境として、図書館の利用が出来た。
「ふむ、やはり読めんか」
そう、編入性たるこの俺を除いては。
「何故か言葉は理解できているからもしやと思ったが、駄目だったな」
異世界に来てからというもの、言語の違和感については調査していた。
どうも自分の使っていた統一言語とは、彼らの話す口角の動きなどイントネーションと嚙み合わない瞬間が頻発していたので、アイリスに確認したら脳が認識している言語と発せられている音が違っていた。
なんともご都合の良い話だ。そう思っていたのだが文字は読めなくて思わず横転してしまった。神が居たならば大いに突っ込まざるを得ない。
仕方が無いので、空き時間はこうして図書館に足繁く通っている。何をしているのかといえば、ひたすら記録だ。
司書に辞書関連の蔵書が収められた棚を聞き、ひたすらに言語を画像認識して一時保存領域に保存する。
記録した情報はEL.F.に転送してアイリスが解析し、翻訳エンジンを作成させている。完成すればこちらにインストールして、読み取った言語に重ねて翻訳した文字を出力できるようになる。
これができなければ情報収集効率に致命的な差が出てしまう、急がなければならない。
「あ、あの」
静かな空間にページをガンガン捲っていく音のみが響いていた時、声が聞こえた。
視線を上げれば金髪ボブの少女、リシェル・ヴァインがこちらを見ている。
「リシェル?」
「先生、何をされているのですか?」
「その呼び方は居心地が悪いんだが、俺も君をリシェル先輩と呼んだ方がいいのだろうか」
「で、ではヴァルザー子爵?」
「もっと楽でいい」
「では、シュウさんで、改めてここで何を?」
「見ての通りだが」
「本を読むにしてはとんでもない速度でページを捲られてましたので、皆さん気味悪がってましたよ」
迂闊だった、全く意識していない所で目立ってしまっているようだ。
「これは辞書さ、特定の言葉を探し回っていただけだよ」
「辞書、ですか」
「ああ、俺は遠くの国から来て日が浅く、この辺りで使われている言葉も音で覚えたから文字がまだ弱くてね、補完するためにこうして文字を照らし合わせているんだ」
「そうだったんですね、苦労されているのに、怪しんだりしてごめんなさい」
リシェルは深々と頭を下げる。
「いい、それよりリシェルは何故ここに?」
「あ、はい。妖精機の設計に関する技術書を読みに。一応技師も進路で候補に入れてますので」
「ほぅ、ほうほう、素晴らしいなリシェル。私も興味があるので、面白い本があったら是非教えてくれないか」
「あ、シュウさんは新機軸の妖精機を作ったんでしたっけ、でもそれって王国の機体を基にしたのでは?」
「いや、全く技術の起こりが違うものを使ったので、こちらの機体には詳しくないんだ。だから基礎を学びたいというのは本当さ」
「わ、分かりました!じゃあ分かりやすかった基礎の本と、読みやすい技術書を紹介しますね!」
「ありがとう。リシェルみたいな良い人に縁が出来たのは幸運だ。ゼナ教官にも感謝しなくては」
感謝を告げるとリシェルは見て分かるほど顔を赤くして照れてしまった。
「いえそんな、私なんかがお役に立てるだけで――」
「何を言うリシェル。私の班に来たメンバーでは、今の所最も成績が良いのは君だろう?」
「でも私、本番に弱くて…」
今度は目に見えてシュンと項垂れてしまった。大人しそうだが感情が表に出やすいのかもしれない。
「ふむ、確かに実機での訓練はひどいようだな」
「うっはい…」
「とはいえ他の成績は学年でもトップに近い。木馬も平気なようだし、適正は高いという事だろう?」
「はい、でも私、緊張して失敗しちゃいけないと思うと、余計に緊張して、どんどん動けなくなるんです」
教育環境の影響だろうか、カウンセリングで改善しそうな雰囲気ではあるが、そういったノウハウはこの世界に概念として存在しないのかもしれない。
「分かった。ではその対策を今までとは別の方法で考えてみよう」
「は、はい!よろしくお願いします」
「すみません、図書室ではもう少しお静かに」
話していると司書の方に注意されてしまった。
「ああ、申し訳ない。じゃあ私はこれで失礼する。そうだ、今度町を見て回る案内をしてもらえるか?」
「それでしたらお任せ下さい。《ガーデン》で下宿する前はよく王都を散策してましたので、ご案内しますね」
「ありがとう。じゃあな」




