卵受領
フォーク師匠のありがたいお話を聞いた後は午後の実技訓練だ。
基礎訓練のあとは模擬戦や演習となるわけだが、ゼナ教官殿にそれらから弾かれてしまった5人の生徒を任されている自分は別班である。
彼ら彼女らは総合成績や適正から騎士団の中でも最も過酷で泥臭い陸上歩兵部隊に回される可能性が高いらしい。
教官殿の希望では、無駄死にしない程度に強くしてくれとのことであった。
学科成績から工業系の引き抜きという話もちらほらあるらしいが、身分差で不利になりやすいのだとか。
コネで枠がパンパンになるらしい。
誰しも前線に行くぐらいなら、ということなのだろう。
さもありなん。
「では、各自の課題に取り組んでくれ。私が合図したら集合、模擬戦を始める」
号令を出すと、5人の生徒は散り散りに己が課題に取り掛かる。
カイル・フェンリはワーウルフとのハーフで最も身体能力が高い。
純血種よりも小さいがそれなりの魔法が発動できる程の魔核があるらしく、ディナ・シーを動かすと澱に酔ってしまうという。
聴力に優れ斥候としての才があるが、三半規管が鋭敏なのが裏目に出て酔いが出やすいのだそうだ。
彼に課した課題はバランス強化。
素手で戦う以外に、槍の才能があるカイルは、槍を持ってグルグルとその場で回転し、目が回った状態で槍の演舞と素振りを繰り返させた。
因みに初日は吐いていた。
濃い茶髪が特徴のアントン・ルーフォードは妙に懐いて来る凡人だ。
ここでいう凡人は誉め言葉としてであり、なんでも程々にこなせることを指す。
掌を返せば民間人に毛が生えた程度の程々であり、はっきり言ってしまえば全体的に能力不足だ。普通の兵士なら陸軍の末端としてそれで良いのだが、戦略に妖精機が組み込まれる騎士団においては個の要求される主体性のレベルが高く、ここに落第点がつくという。
要するに、全体的に能力の足りない凡人が指示待ちで何も考えていないと言う事だ。
彼には基礎訓練の延長と、俯瞰訓練を課した。
それは同じ班のメンバーを見て、自分が誰のどこを補うことができるか、常に意識し、考える心掛けを続けさせることで、遊撃手としての適性を生み出す試みだ。
俺に対して好印象であるためか、素直に指示を受けて熱心に取り組んでいる。
伸び代に期待だ。
金髪ボブのリシェル・ヴァインは実技以外のあらゆる成績が良く、実技自体も単独訓練なら好成績で、一見この場にそぐわない。
大人しそうな雰囲気にそぐわず内向的で、問題を起こすような素行不良でも無いが、この落ちこぼれ班に来た。
どういうことかといえば演習や模擬戦のような本番を想定した訓練において、たとえ訓練であっても足が竦んで石のように固まってしまう。
妖精機の技師として、最も近道という意味で騎士の道へ進んだリシェルに、命の取り合いをする覚悟は無いということだ。純粋に暴力というものを恐れている。
ではなぜさっさと技師課程行きを希望しないかといえば、ヴァイン家が騎士としての武勲を上げることをガーデンで学ぶ条件にしてしまっているからだそうだ。
全く合理的ではないと思う。
よって課した課題は、妖精機の構造学についての俺が知りたい部分に関するレポートの作成だ。
一応戦闘訓練であるので、模擬戦はさせる。
リシェルには俺との模擬戦に限れば、全力を出しても絶対に傷ひとつ付けられず、傷つけられない事をデモンストレーションして見せたので、安心して戦えるだろう。
あわよくばそれで戦いにも慣れてくれれば、才能の塊であるだけに棚ぼたである。
切れ長まつ毛の栗色ロン毛君ことエリオット・ヘルダーラインは自堕落な生活を続けているボンボン貴族の末弟だ。
程々の成績で程々に素行不良で大口スポンサーの子ということで厳重な処罰ができない厄介者。
課題は俺の攻略。
基礎鍛錬後の模擬戦は俺対5人の試合を予定している。
有効打を一発でも与えれたら勝ちという勝利条件を課し、いかに達成させるかを問う。
その指揮を課した。
怠け癖とはいうが目端が利いて自分が楽をする為の努力は行うタイプのようなので、達成の暁には将来楽隠居できる進路についてレオン公爵に口利きしてやると言えば俄然やる気を出し、真剣に俺とメンバーを観察している。
この前の俺とレオンの会話を見てから少し態度が変わったような印象も受ける。
意外なことにこのメンバーで最も剣の扱いが上手く、センスの片鱗を感じさせられた。
時折アントンに適切なアドバイスをしている事から、言語化も上手いようだ。
最後は赤髪のポニーテールが特徴的なアシュリー・ガーランドだ。
学科も実技もそこまで悪くない、どころか実技はカイル以上だが、カイル以上に妖精機で酔ってしまう致命的な欠点でここへ来た。
かなり大きめの魔核を人族でありながら有する事が要因らしい。
魔核が大きいことはセイデ・シェルが薄い量産型には事実上乗れないことを意味していて、圧倒的な成績があれば、より上位の妖精機を下賜という線も出て来るのだが、良くて|暴走級〈ランページ〉止まりであり、セイデ・シェルはまだまだ薄い等級であるらしくカイル同様キャリアが断たれている。
これに関してはレオン公爵から直接話を聞いていた。
ガーランド侯爵家はフィガロス四大侯爵として名を連ね、元々|元素機〈エレメンツ〉という、王国最強の4機、その1機たるサラマンダーを運用する名家だった。
|天災級〈カタクライズ〉として分類されるそれは、|暴走級〈ランページ〉を上回る|災害級〈カラミティ〉を、更に上回る超級の機体だが、魔核が共鳴できる適正者でなければ扱えず、それを育てる役割も兼ねているのが四大侯爵家の役割でもあった。
だがアシュリーの適正が判明するよりも早く当主が死亡し、分家のスーン家に適正者が見つかった為、|元素機〈エレメンツ〉の継承権がそのまま移行、現在はデナン・スーン・ガーランドが当主としてサラマンダーを継承し、本家筋の人間は臣籍降下させられていったが、アシュリーはスーン家の温情でガーランドの名を残したまま食客のような扱いで|騎士養成校〈ガーデン〉入りしている。
というのも人族の大きな魔核は珍しく、血統も間違いないアシュリーの"血"が貴重ということらしい。
《騎士として武勲を上げれば本家再興も後押しし独立を認めるが、できなければスーン家を本流として認め輿入れする事》
要するに騎士か、デナン・スーンとの"円満"な政略結婚か、という2択だ。
アシュリー本人はそれが理由として大きいのか知る所ではないが、是が非でも騎士になりたい。だが武器になるはずの魔核が足を引っ張って量産機の妖精機ではまともに乗れない。
俺の編入試験と称した"歓迎会"を偶々見に来ていたアシュリーは、俺ならこの詰みのような状況をなんとかできるかもと一縷の望みを賭けてゼナ教官に直談判しに来たらしい。
そのゼナ教官がデリケートな問題が故に理事のレオン公爵へ相談したら、俺の方へ投げて来たという訳だ。
無責任な話である。俺は何でも屋さんでは無い。
妖精機の問題については一旦棚上げだ。腹案はいくつかあるが確証が無い故に、未来の俺とアイリスに丸投げである。
そんな彼女に課した課題は"剣以外での戦闘を磨く"だ。
驚いた事に、剣の家系だと嘯きながら剣の才能が無いのだ。もともと剣で武勲を上げた家柄のため剣を体系的に学びながらも、根本的に理合いを無視した動きを反射的に行っている。
適正を念入りに、具体的にはアイリスに解析させたところ、徒手で戦うのが最も自然であったために、手甲を付けた戦いの研究をさせている。
本人には強く反対された。が、この中で戦闘力が最も高いと見込めるカイルやエリオットと試しに模擬戦をさせてみれば、本人も驚くほどに肉薄していた為に、渋々納得していた。
「よし、じゃあ訓練ここまで、10分間ミーティング時間を設ける。休憩しながら模擬戦の作戦を考えておくように」
10分後に戻ってくると、全員武器を構えて準備完了していた。
「いや、アントンはどこいったんだ?」
アントンを除いて。
「臨時の教官どのが実戦形式の模擬戦というから、遊撃のアントンは潜伏させたのですが?まさか戦術一つに卑怯がどうだとか言いませんよね?」
少し嫌味っぽくエリオットが言ってのける。
「居るなら何の問題も無い。始めよう」
勝利条件は俺に有効打と感じる攻撃を一太刀でも浴びせること。
有効打の判定は切り傷や打撲、転倒に、回避・防御に失敗した場合とした。
まずはカイルが駆け出す。
文字通り一番槍というわけだ。
「おおおおおお!」
咆哮のような掛け声から持っていた槍を横薙ぎに一閃。
バックステップで躱そうとしたが踏み込みが深い。
上体を大きく逸らして槍を躱すと、カイルの後ろから追従してきていたアシュリーが、カイルの背中越しに飛び越えてこちらへ手甲を振りかぶっていた。
「まあ妥当な線だ」
そのまま空中から叩き込んで来るアシュリーの拳を掴み、引き倒す力を使って身体を回転させ、勢いを殺さずに放った回し蹴りでカイルを打ち払い、アシュリーが地面に倒れたのと同時、左右に散開していたリシェルとエリオットが火球魔法で挟み撃ちにしてくる。
蹴られた衝撃で取り落としたカイルの槍を奪い取り、着弾寸前の火球を切り払う。
「うそ!魔法を!?」
「止まるな!」
驚くリシェルをエリオットが叱咤する。
「はぁぁぁあああ!」
そして背後からアントンがロングソードを持って突撃してきていた。
踏み込みが甘いというレベルではないほどにトロくさい奇襲なうえ、無駄に声を張り上げているのでバレバレである。
あからさまな刺突の構え、軌道も見え見え。
これは囮だろう。エリオットは遊撃手の意味に囚われない、用兵の分かる男――のはずだ。
駆ける足音は3つ。
正面のアントン、左右のリシェルとエリオット。
リシェルはレイピアに持ち替え、エリオットもエストックを構えて駆け出している。
威力で見ればアントンの剣が最も破壊力がある。
とはいえ単に有効打であればレイピアでも成り立つ。
エリオットが勝利に拘るなら、最も油断されるリシェルの攻撃を通す為にアントンと共に自らを囮にするだろう。
それでも迎撃は十分に間に合う。
そう思ったところで――
「む」
引き倒されて卒倒していたと思ったアシュリーが回復して足首を掴んでいる。
そこに気を取られた瞬間、同じくカイルがこちらを背後から羽交い絞めにしてきた。
「今だ!やれぇ!」
その位置で剣に突かれたら自分にも刺さるだろうに、カイルが吠える。
中々の奉仕精神ではないか。
いや、或いはこれで降参させるという腹積もりだったか。
素粒子を使って吹き飛ばせば簡単だが、それでは彼らの経験にはなるまい。
"普通"の強さというものを、実感させる時だろう。
この肉体が設計通りの仕様ならば、単に機能の多い肉体という訳では無い。
EL.F.の戦闘に耐え得る万全の肉体でもあるのだ。
「おあああ!!」
腹圧を一気にかけて足を蹴り上げる。
両脇から俺を抱えていたカイルを軸にしてそのまま後ろに宙返りすれば、足首を離すまいと掴んでいたアシュリーの身体はそのまま持ち上がり、遠心力で振り子のようにカイルの背後へと投げ出される。
「なに!?」
「きゃぁあ!」
急いで振り向くカイルの腹部に寸勁で衝撃を与えダウンさせると、眼前に3人の剣が迫る。
すぐさまアントンの剣を躱して懐に潜り込み、剣を叩いてバランスを崩して足を払う。
そこを目掛けて突きを放ってきたエリオットの剣を躱し、腕を掴んで投げ飛ばす。
最後に切り込もうとしていたリシェルと目が合う、ヒッという悲鳴と同時にレイピアを取り落としてしまった。
「よし、まずは1本目、私の勝ちだな」




