第七話
佐伯家は、教会からバスで十分ほどの所にあった。バスの中でもすず花も美穂もグズグズと泣き始め、こまったものだが、家に着く頃には二人とも泣き止んでいた。バスに揺られている中、他人目もあり、好きトーンダウンした模様。
佐伯家は庶民の住宅街の中にあったが、その中では大きい家だ。門は金色の柵が目だち、庭も広々としている。池もあり、貧乏牧師家庭出身の琴羽は、急に落ち着かない。家自体はシンプルな二階建てではあったが。
「佐伯さんち、お金持ち?」
琴羽は思わず翠に呟く。
「いやいや、うちよりはだいぶ小さいよ」
「う、こっちの本物の御曹司がいた事忘れていた」
そんな会話をしつつ、すず花達に続き、家へ。玄関も広く、おしゃれな自転車も置いてある。しかも飾りとして置いてあるようだ。ここでは悪霊の気配などはないが、やはり貧乏家庭ではなさそう。佐伯がモテていたのも家柄込みの話だったら、琴羽は納得。女はなんだかんだいって金持っている男に弱い。
「おじゃまします」
そういう琴羽の声は、恐縮していたが、翠は全く緊張している素振りはない。
「まあ、美穂はとりあえず部屋で休ませましょう」
すず花は美穂を部屋に送ると、すぐに戻り、二階の佐伯の部屋に案内してくれた。
「最近はよく弟のこてでマスメディアが来るから、掃除も徹底的にしてますね。全く、いい迷惑だわ」
弟の佐伯のことになると、すず花の声に棘が入る。どう見ても仲良し兄弟ではなさそう。
「弟さんと仲悪い?」
翠はそんな空気を無視して無邪気にきくが。
「良いわけないでしょう。あんなAIアイドルと結婚なんて。私は理解できません。気持ち悪い」
すず花の声はさらに刺々しい。
「というか、勝手に佐伯さんの部屋に入っても大丈夫です?」
琴羽はそれが心配にはなったが。
「大丈夫ですよ。今日は仕事で、夜遅くまで帰ってきませんね」
ちょうどドアの前につき、すず花は勝手に佐伯の部屋を開けた。
「忌々しい部屋。たぶん、この部屋に悪霊がいます。エクソシストでも何でもしてください。では、私はお茶の準備をしてきますから」
最後まですず花の声の刺は取れず、一階に下がって行ってしまった。
残された部屋はしんと静か。窓も外からみ何も聞こえない。
「しかし、この部屋は……」
翠は佐伯の部屋を眺めな柄、何とも複雑な表情を見せている。
琴羽も同様だ。六畳ほどの部屋だったが、棚にはレミナのフィギア、ぬいぐるみが大量にあり、ベッドの上には等身大サイズのレミナ人形が座っていた。
当然のようにレミナは一ミリも動かない。金髪、碧眼の美少女ではあったが、これは夜に見たら怖い。いや、昼過ぎの今も見ても、少し怖い。翠はベッドのレミナを直視できず、二、三歩後退っていた。
「でも、琴羽さん。怖いと言えば怖いけど、悪霊的な何かある?」
「そうね……」
琴羽はレミナだらけの棚を凝視するが、ベッド周り、ベッド横にある本棚は案外普通。ビジネス書と語学の本が多く、本当に佐伯はレミナと結婚するようなヲタクなのかと首を傾げてしまう。
それに偶然崇拝がある場所は、悪霊がパワースポット感、神聖な空気を演出したりするが、このレミナにはそれもない。ただの置き物化しているような。
それにもう一度レミナを見ると、頭に埃がついているのに気づく。
翠もその事に気づいたらしい。思わずレミナの頭の埃を払ってあげていた。こうして見ると、翠の手は大きく、指先や爪の形も綺麗だった。イケメン御曹司は手まで美しいらしい。
「せっかく結婚式を挙げたのに、旦那さんは埃つけたまま?」
怖がったいた翠だが、だんだんと冷静になったらしい。レミナを見つめながら、首を傾げている。
「おかしいわね。やっぱり、佐伯さんは自作自演というか、レミナとは偽装結婚した?」
琴羽も首を傾げた。
そうはいっても、このまま部屋にいるわけもいかない。
悪いと思いつつも、クローゼットの中も見た。てっきりレミナの服が入っていると思ったが、それもない。レミナの服は二着だけ。髪飾りやアクセサリー類もない。
「可哀想、レミナちゃん。旦那さんは、可愛い服とか買ってくれないの?」
翠はそれに気づいた。
「あ、そっか……」
琴羽はピンときた。今までのメディアでの佐伯の記事、動画も思い出すが、レミナの服はいつも一種類だけだった。もしレミナを本当に妻のように思っているなら、メディア出演する時も、少しぐらいはオシャレさせる?
確かに結婚式はドレスを着ていたが、頭には埃もかぶっているし、絶妙にレミナの扱いが雑だ。
この結婚は演技かもしれない?
偽装結婚?
でも、何の為? 偽装結婚は、悪霊と何か関連があるのだろうか?
「お、佐伯さん。俺と同じブランドのスーツや服持ってるじゃん。あの人、結構オシャレ」
「本当!?」
確かにクローゼットの中を確認すると、翠が着ているのと似たようなジャケット、シャツなどがあった。翠はイケメン御曹司として服装も垢抜けている。今も明らかにオシャレなジャケットを身につけていた。そんな翠と同じブランドの服?
「しかも、香水やメンズコスメも置いてあるよ。佐伯さん、あれ、絶対ヲタクじゃないよ。もしかしたら、リアルな彼女がいるのでは?」
「えー、そう?」
「これが男のカンだけどさー。ヲタクの草食系男子のクローゼットじゃないよ?」
琴羽は正直、男性の服装やメンズコスメはわからない。男性用の香水はもっとわからない。確かに翠はいつも良い匂いはするが、ここは男のカンを採用しても悪くなさそうだ。おそらく、佐伯にはリアル彼女がいる。
「もし佐伯さんにリアル彼女がいたら、不倫って事!?」
「いやいや、翠。正式に婚姻届けを出していないんだから、不倫も何もないわ」
残念ながら、あの珍妙な結婚式をあげても、法律上、何の拘束力もない。佐伯の戸籍は依然として独身のままだ。
「うーん。悪いと思うけど、ごめんなさいね、佐伯さん」
琴羽はクローゼットを閉じると、今度は机の引き出しを開けた。
中は語学学習のノートがたくさん出てきた。日記は出てこなかったが、手紙を発見。リアル彼女からのものだった。語学教習で仲良くなったバツイチアラフォー女らしい。名前は中山冴子。
「わー、佐伯さん。彼女持ちだったかー。なんかショック」
翠は頭を抱えていた。
「でも何でレミナと結婚式?」
翠の疑問はもっともだが、手紙を見る限り、冴子はシングルマザーでもある。中学生の息子もいる。難しい年頃だ。偽装結婚までして息子にバレないようにしている?
あるいは最初は佐伯も本気でレミナを好きだったのだろう。しかし、時が経て、冴子にも出会って飽きてしまった。それでもメディアの取材も来る。引くに引けなくなり、偽装結婚を決めた。
「私の推理はこうだけど、どう思う?」
「まあ、大方琴羽さんの推理通りだろうね。でも、俺は違う説もあると思うね」
「違う説?」
「この様子だと佐伯さんはモテるタイプだ。冴子さん以外とも遊びたいから、偽装結婚したんじゃない? まさかAIアイドルと結婚するような草食男子が何股もかけているように見えないじゃん?」
その推理も一理ある。琴羽は男のズルさに辟易とするぐらいだ。
「いやぁ。モテる男はつらいわ」
「うん、翠、もう自虐風自慢はいいから」
琴羽はため息をつき、引き出しも全て元通りにした。調査中とはいえ、人も手紙はこれ以上見られない。
それに偽装結婚が事実だとしたら、悪霊については何も解決していない。一度佐伯と話す必要があるそうだ。
「さあ、次は佐伯さんの職場へ行きましょ」
「ここはもういいの? ここでエクソシストは?」
「ここではしないわ。ここの部屋には、残念ながら悪霊の影響は薄そう」
という事で、一旦、すず花に頼み、佐伯に連絡をとってもらい、彼の職場近くのカフェで会う事になった。
「まさか。このレミナ人形には悪霊の影響はないの?」
すず花はレミナを指差し不満そうだった。
「私はレミナが偶像となり、この家に悪霊を呼びこんだ気がするんですけど」
すず花は全く佐伯の偽装結婚には気づかず、ぶつぶつ言うぐらいだったが。
「本当にこんな人形、忌々しいわ。一刻も早く処分してたいぐらい。邪魔だし、気持ち悪いし。何より不気味だわ。レミナが悪霊を呼んだのよ、そうに違いないわ」
散々な言われようなレミナ。思わず琴羽と翠は目を見合わせてしまう。
偽装結婚のネタにされ、服は少なく、埃まで被り、すず花に悪く言われるレミナ。一ミリも動かない人形とはいえ、琴羽は微妙な気分だ。
やはり、人間は偶像と縁を来る方が良さそうだ。どうも人間は偶像を正しく扱えないらしい。過剰に崇拝したり、利用したり、悪く言い過ぎたり。
聖書が言うように、偶像崇拝は避けた方がいいのだろう。琴羽は一ミリも動かないレミナを見ながら、そんな事ばかり考えていた。




