第八話
琴羽と翠は佐伯から駅前に向かって歩いていた。徒歩十分で佐伯の勤めている進学塾があり、その裏のカフェで待ち合わせ予定だった。
どちらも住宅街にあったが、イルミネーションを飾っている家庭を眺めたり、カップルとすれ違い、今日はクリスマスイブだと琴羽も実感するぐらいだ。
もっとも翠と二人で歩いていても、そんな甘ったるい空気はゼロだったが。途中ではおばあちゃんに「お!? 芸能人とマネージャーかい!?」と誤解されたりもした。もちろん、芸能人が翠、マネージャーが琴羽だろう。
「俺、そんなイケメンかな? やっぱりイケメンはつらいわー」
「本当に自虐風自慢はいいから。あ、あのカフェだよ。行ってみましょう」
待ち合わせのカフェは個人経営のレトロな雰囲気な所だった。住宅街によく馴染んでいて、カフェというよりは、喫茶店と呼びたくなるような場所だ。
クリスマスイブという事のあり、店内はカップルもいたが、常連客と思われるお爺さんや老夫婦も多く、居心地もいい。コーヒーも美味しい。翠はクリスマス特性パフェを注文し、「美味しい、美味しい」とガツガツ食べていたが。
まだ佐伯は来ない。その間、コーヒーを飲んでいるだけは無駄だ。カウンターにいる店長に話しかけ、佐伯について聞いてみた。店の雰囲気同様、ダンディで落ち着いたマスターだった。
「ああ、佐伯くん。彼女とよく来るね。まあ、メディア用にキャラ作ってるよ」
マスターの証言で確信した。佐伯はレミナと偽装結婚している。
「ありがとう。私もクリスマス特性パフェ注文していいですか?」
「ええ、少々お席でお待ちください」
琴羽もクリスマス特性パフェを注文し、翠にいる席に戻った。
「パフェ、うまい!」
「うーん、呆れるけど、やっぱり美味しそうね」
隣で食べている翠に影響され、琴羽もクリスマス特性パフェを注文し、食べる。クリームたっぷりで、チョコレートソースも大量だ。三口目ぐらいで胸焼けした時だ。
ようやく佐伯がやってきた。今日はオシャレなスーツ姿で、髪もセットしている。少し翠と同じような雰囲気もあった。今日はクリスマスイブだ。これから冴子とデート?
「佐伯さん、こんにちは。今日はオシャレですね」
「そうだね。そのブランド、俺もよく着てる服だよ。気が合うね」
翠はわざと何も知らないフリをしていたが、佐伯の表情はさっと凍る。目も泳ぎつつも、二人の前に座り、コーヒーだけ注文。コーヒーには砂糖もミルクも入れず、ちびちびと飲んでいた。
「えー、ブラックコーヒーなんてよく飲めるな」
「翠、あなたが甘党なだけでは?」
「いや、俺は甘党じゃない。イケメン御曹司だ」
「自分で言うかな?」
琴羽と翠が会話するだけで、佐伯は黙ったままだ。といっても、このまま無言を通すわけにもいかない。
琴羽はわざとらしく咳払いをすると、単刀直入に聞いた。
「レミナは本当に奥さん? 彼女いるよね?」
ストレート過ぎたかとも思ったが、佐伯は下を向き、無言。
「レミナちゃん、埃かぶってたよ。服も少ないよね。ちょっと可哀想では? 服はともかく埃はね……」
翠は遠回しに優しい。こっちの方が佐伯に刺さってしまったのか、ポツポツと事実を語り始めた。
佐伯がAIアイドルのレミナにハマった事は本当。いつの間にかガチ恋だってしていた。メディアの取材も最初は本当の事しか言っていない。
しかし、語学教習で知り合った冴子に一目惚れ。
「だって冴子さん、美人だったし」
そう語る時だけは佐伯は素直そう。嘘はついていないだろう。
「で、久々にオシャレも頑張って冴子さんと付き合えたけど、メディアにも本当の事を言えず、ずるずると……。それに冴子さんの息子くんのこともあるしね。僕はレミナと結婚するような男っていう設定でしばらくいくよ。そっちの方が息子くんに良い気がするから」
琴羽の推理は当たったよう。翠の推理はハズレだ。そこまで佐伯はズルい男ではなかったらしい。
「そっかあ」
なぜか琴羽はそんな佐伯にホッとするぐらいだが。
「でも美穂ちゃんとご両親とかの件はなんなん? レミナを雑に扱った呪い?」
翠は意外と意地悪だ。わざと佐伯を怖がらせるような事も言い、佐伯は「ひ!」と言うぐらい。
「人形の呪いなんて無いですよ。あれも所詮、偶像です。聖書ではそんな事では呪われないってあるから。呪われるのは、むしろ人形を過剰に崇拝したり、依存してしまった時です。人形自体に呪われるのではありません。あと、人形を怖がった時も悪霊の足場になります。恐怖心を悪霊が食べるんです」
すぐに琴羽はフォローを入れた。ここでようやく佐伯は顔を上げ、琴羽達の目をしっかりと見た。
「本当ですか? 本当に人形の呪いなんて無いですよね?」
「佐伯さん、ありません。大丈夫です」
キッパリと琴羽が断言すると、ようやく佐伯はホッとし、ゆっくりとコーヒーを啜る。
「だったら、何なの? 美穂ちゃんの件は何?」
一方、翠は何も納得がいっていないらしい。もうパフェを食べるのは辞め、佐伯に詰めていた。
「佐伯さん、心当たりない?」
「御曹司さん、近いって!」
佐伯は詰めてくる翠に引きつつも、何か思い出したらしい。
「そう言えば、うちの姉も、子供の頃、空想の友達作って遊んでいたな」
この発言には琴羽も目を丸くした。
「うちの親、アニメ見ちゃダメ、異性と手を繋いじゃダメ。マックもケンタもダメって厳しかったから。テストも百点じゃないと怒るし。姉ちゃんも俺と違って優秀でさ、期待されてたし、プレッシャーも凄かっただろうね」
あくまでも佐伯の声は他人事。兄弟といっても不仲である事は変わりない。
「まあ、でも姉ちゃんも気持ちもわかる。レミナのような人形に恋する気持ちもね。心が傷つくと、人形みたいに絶対拒絶しない相手に依存したくなるんだよ。つまりは、心の傷が原因か。取材に来たメディアの人も、そんな事言ってた。どこかに傷やトラウマがあるだってさ」
その佐伯の声は、さっきよりは暖かい。心の底からすず花を憎んではいないようだ。
琴羽はコーヒーを飲み考える。
美穂がこうなったのも、親のすず花の影響か。もちろん、すず花の罪が子供が始末する事はない。それでも、霊の世界では、親の心の傷も遺伝子に刻まれるという。虐待や貧困、重病が遺伝するのも、これが理由だと言う。
「もしかしたら、すず花さんの心の傷が治れば、美穂ちゃんも……」
その呟きは翠にも佐伯の耳にも届きはしなかったが、ちょうどスマホに着信が来た。
しかもすず花からだった。
「すず花さん、どうしました?」
「ああ、琴羽さん!」
すず花の声は掠れ、慌てている?
「助けてください! 美穂が、悪霊に襲われたかも! 意識がないんです!」
「え?」
これ以上すず花の声は聞こえない。電話は勝手に切れてしまった。
「行かなくちゃ! すず花さんのところへ!」
琴羽は一万円札だけ急いで置き、カフェを後にした。
「琴羽さーん!」
翠も置いかけて来た。とにかく、二人ですず花の元へ走った!




