第五話
佐伯の結婚式から数日後、あっという間にクリスマスイブとなった。
ホワイトクリスマスとはならず、今年は暖冬でポカポカと暖かい。その上、今年は日曜日がクリスマスイブとなり、いつもの礼拝にプラスして、クリスマスの紙芝居や長めの讃美歌演奏などを行う予定だった。夕方からは例年通りにキャンドルサービスなどを含めたイブ礼拝もある。
ちなみにメディアは佐伯の結婚式を大きく報道し、ネット上では話題になっているらしい。すず花や美穂からの連絡などは一切なく、翠は不満そうではあったが。
今日はクリスマスイブだ。琴羽は佐伯達の事は一切忘れ、クリスマス礼拝に集中。
礼拝堂では父のナレーターとともに、イエス・キリストが生まれた瞬間の紙芝居が行われ、前方にいる子供には意外と受けていた。今の子供は紙芝居など滅多に接する機会はなく、かえって新鮮らしい。父のヘタウマなナレーターも妙な味わいもある。
その次は説教だ。こちらは神学的な内容も含むので、子供達だけでなく、教会員の老人達も退屈そうではあった。今日の説教テーマは「神様の愛」。イエス・キリストの生涯をたどりながら、神様の愛とは何か語られていた。
「え?」
琴羽はそんな説教を聞きながら、隣にいる翠を見ると、彼はボロボロと泣いていて驚く。
「ちょっと、何泣いてるの?」
琴羽は小声で話しかけ、ポケットティッシュを渡す。
「いやぁ。神様の愛に感動した。人間の愛なんて条件つきじゃん。それなのに神様は……」
「いやいや」
琴羽が呆れるぐらい翠は号泣。礼拝が終わってもそんな感じだった。もう礼拝堂には父も他の教会員も一階へ行き、クリスマスパーティーの準備も初めていたが。
「俺はこんなイケメンで金持ちの御曹司じゃん?」
「自分でイケメンっていう?」
琴羽は呆れながらも、翠にボックスティッシュを渡す。
「正直、俺の顔とお金目当てで近づいてくる女にはショックというか、ウンザリしていたけれど」
ここで翠は大きくきな音をたてて鼻を啜ってうた。
「そう」
顔を赤くし、こんな事を正直に語る翠は、いつもより子供っぽい。自分の事をイケメンなどと言う翠には呆れてくるが、その気持ちだけは理解できる。
「うん。だから無償の愛なんて無いのかって思ったけど、あった! ここにあった。神様の愛だよ!」
今度は笑う翠。笑ったり泣いたり忙しい男だが、琴羽は苦笑。今日はクリスマスだ。翠の子供っぽさも今日は流せそうだ。
「特に『友の為に自分の命を捨てる事。これ以上の愛はない』という御言葉は刺さる」
翠は聖書をめくり、そのヨハネの福音書15章13節を指差す。
「自分の命まで捨てて救ってくれる存在なんています!? あぁ、俺は感動した!」
「いやいや、翠、あなた熱いね。平成時代の総理大臣みたいよ?」
鼻の穴を膨らませ、さらに感動している様子の翠。さすがにこの熱苦しさに琴羽も胸焼けしてきたところ。
「俺もイエス様みたいになりたい。友達の為に命懸けに行くぞー!」
「う、翠、あなた、本当に熱いわ」
「よし! 琴羽さんの為にも命懸けるから!」
「そんな機会は、多分ないよ!」
「俺は頑張る!」
冷静にツッコミ入れるのも疲れてきた。この翠の調子に押され、二人で讃美歌を歌い、祈りも捧げていた時だった。
チャイムが鳴った。忙しそうな父はでないので、琴羽が代わりに門の方へ向かう。
「どちら様ですかー?」
門の前には、親子連れがいた。アラフォーぐらいの女性と幼稚園ぐらいの子ども。
「もしかしてすず花さんと、美穂ちゃん?」
忘れていたが、顔を見てすぐに思い出した。佐伯の姉すず花と、その娘の美穂だ。
「こんにちは。この教会で合ってます?」
すず花は以前渡したチラシを持っていた。美穂は教会の玄関に飾られたクリスマスツリーに興味がある様子だが、なぜかすず花はそれを冷たく一瞥。
「少し聞きたい事が。あなた、琴羽さんはエクソシストしているっていう噂も聴きましたし」
ここですず花は咳払い。
「弟、雄太のことです。本当に参っています。悪霊祓いできますかね?」
またすず花は泣きそうな目を見せた。
「もちろんです」
ここで断れる人はいないだろう。もちろん、うイエス・キリストのようの命を捨ててまで人を救うような無償の愛は、琴羽の中にはない。現状はそうなりたい、近づきたいと祈るだけで精一杯だったりする。人間には罪もあるから、完全に神様のようになれない事は、琴羽もよく知っていた。
それでも、今は困っているすず花を放置はできない。
「立ち話はなんなんです、二階の礼拝堂の方まで行きましょう。詳しく話してください」
琴羽は笑顔で頷いていた。




