第四話
「という事で、僕はレミナと結婚します。みなさんも末長くよろしくお願いします」
佐伯の声が礼拝堂に響く。白いタキシードの花婿姿の佐伯。その隣には車椅子に乗ったレミナ。前方の花で飾りつけた教壇の前に二人で挨拶をし、暖かい拍手に包まれていた。マスメディアのカメラも佐伯を撮影し、明らかに教会の結婚式と様子が違うが、これにして結婚式は終了。
一部参列客は帰ったが、そのまま残って佐伯達を囲み、談笑しているものも多い。想像以上に佐伯は友達が多いらしい。琴羽は佐伯の容姿はヲタクというか、草食系だと決めつけていたが、実際は違うようだった。髪色や髪型が派手な雰囲気の参列客も多く、交友関係は広いらしい。全員、レミナのファンらしく、イベントなどで交友を深めたとは佐伯から聞いていたが。この後も行きつけのお店でパーティーを開くという。
翠はいくらスタッフのフリをしていても、あの容姿だ。あっという間に肉食系女子達に包囲されていた。
「何あれ、翠のやつ呆れるわー」
そんな翠を片目に見つつ、琴羽はそろそろ片付けを始めようとした。
「すいいませーん、スタッフさん。ここは喫煙オッケーですか?」
佐伯の友人の一人が声をかけてきた。髪は金色に近い茶色、アクセサリーも派手目で、口調もチャラいが、琴羽は笑顔で対応。
「禁煙です。庭でタバコはお願いします」
「そっか。ありがとう。しかしなぁ」
友人は佐伯の方をチラリと見ると、何かぼやいた。
「え、なんですか?」
「いや、俺、高校の時から佐伯と同じクラスだけど」
「へえ。仲良しなんですね」
「いや、別に仲良しって訳じゃないけど、意外とあいつ、リアルが充実しているというか」
「え!?」
友人によると、高校生の時の佐伯は髪も染め、案外派手だったそう。
「だから、今、ヲタクっぽい事しているのに、逆に違和感あるっていうか」
友人はこめかみを掻いていた。
「女にもモテてたし」
「え、嘘。佐伯さんってモテたんですか?」
失礼だと思いつつ、琴羽は驚いてしまう。
「うーん、アイツの家。親も姉ちゃんも敬虔なクリスチャンってやつで、高校の時は反抗してグレていたんだよな。まあ、今回の件でもご両親も姉ちゃんもブチギレているとか。多分、アイツなりの反抗心なんかね?」
友人はバカにしたように目を細め、タバコを吸いに外に行ってしまった。
「あの佐伯さんってモテてたの……?」
琴羽ついつい独り言を呟いてぐらいだ。今、レミナと結婚式という狂気に近い事をしていたのも、両親への反発か?
改めて佐伯の顔を見ていたが、確かに目鼻立ちは整い、少しおしゃれを頑張ればモテそうな雰囲気もある。
急に琴羽の中で違和感が芽生えた。今はレミナの隣でニコニコと幸せそうな佐伯だったが、なぜか嘘くさく見えてきた。それにこんな偶像崇拝をしたら、確実に気が狂う。それなのに、今の佐伯は全く普通だ。悪霊の気配もない。
「琴羽さん! 何難しい顔しているの?」
肉食女子の魔の手から逃げてきた翠に話しかけられた。
「いえ、なんでもないけど」
「ちょっと佐伯さんの噂聞いた。佐伯さんって意外とモテているらしいよ」
「翠も聞いたの?」
「え、琴羽さんも!?」
「意外だよね。草食系男子は仮面か?」
翠は少し面白そうに佐伯の方をチラリと見る。
「でも何で草食系のフリ? あ、俺みたいにモテるのが困ってとか?」
「翠、ちょっと嫌味っぽくないかな?」
「でもわざわざ草食系のフリって必要ある?」
翠の指摘はもっともだ。わざわざ草食系の演技をする理由は、モテ対策ぐらいか。
または厳しい両親や姉への反発?
琴羽は急速に頭を回転させる。友人に囲まれ、幸せそうな佐伯をチラチラと見ながら考えるが、わからない。微妙にパズルのピースがはまらないような違和感。
「まあ、モテるのも辛いわぁ」
わざわざアンニュイな表情を作り、おでこに手を当てて、遠い目をしている翠には呆れるが冗談ではなく、本気っぽい。
「翠、そんな冗談はいいから。そろそろ片付けるよ」
「はい!」
「急に犬みたいに素直になったな?」
「さっさと片付けようぜ!」
こうして翠と二人で会場を片付け、佐伯も参列客と共に帰って行った。レミナは車椅子に乗せ、佐伯が押す形で帰る。主役がいなくなった礼拝堂はがらんと静かになり、琴羽も翠もテキパキと片付けをこなした。
こんな人形と人間の結婚式という狂気の現場だ。何か霊的に悪いものが残ったか琴羽は気を使ったが、意外とそうでもない。
「やっぱり佐伯さん、あのレミナに特別な感情ないのかな?」
礼拝堂を空気感を見ながら、琴羽は悪霊の影響を探ってはいたが、今のところ何もない。
「そうなん? 佐伯さん、草食系男子もレミナとのガチ恋も演技?」
これには翠も首を傾げていた。今のところ、悪霊の影響が何もなく、拍子抜けしている表情だ。
「でも、ああいう偶像崇拝って人形が何か悪い事する? 呪いの人形ってよく聞くよ?」
翠は礼拝堂の床にモップをかけながら、首を傾げる。
「確かに呪いの人形って言われているものはある。でも人形はただのプラスチックや木、金属とかよ。何の力もない。悪さをするのは人形を崇拝したり、依存したりする人間の心、魂なんかを悪魔や悪霊が食べるから」
「えー、マジ!?」
「ええ。人形には本来なんの力もない偶像。そこにパワーを与えているのが人間」
「つまり自作自演っぽい」
「愚かでしょう? だから聖書では偶像崇拝やめろって言ってるの。神様がご自身を崇拝してもらいたいからじゃない。人間が愚かになるから。人間が不幸になりやすいから警告しているだけ」
そんな霊的な話題をしながら手を動かし、廃教会の礼拝堂の掃はあっという間に終了した。
まだ昼間だ。日差しもあり、礼拝堂の空気は悪くない。
翠と二人で祈り、讃美歌も歌って帰る事にした。この教会は元々神様を礼拝する場だった。この場所に祈りも讃美も積まれている。おかげで廃教会とはいえ、一回の祈りや讃美歌だけでも、場の空気や雰囲気は明るくなった。
「おぉ、なんかここの空気が明るくなった?」
翠もそれを感じ驚いていた。
確かに目には見えないものだ。それでも人間は元々神様の似姿として霊的に創造されている。こういった空気を感じ取れる霊感は誰にでも備わっていた。
「そうだね」
「琴羽さん、何か楽しいよ。もう一回讃美歌を歌おう」
すっかり翠もご機嫌だ。もう一回、笑顔で讃美歌を歌い、廃教会を後にする事にした。
「はー。なんかエクソシスト的な事は起きなかったけど、楽しかった!」
「そうね。別に何にも起きなかったけど」
琴羽はそう言いながら、佐伯が偽草食系男子の可能性があると分かり、収穫はあったと満足だった。確かに何も起きず、拍子抜けはしたが……。
「あれ? 琴羽さん、門のところ見て。誰かこっち見てない?」
翠が何か気づいたらしい。急いで琴羽も門の方へ視線を送る。
そこには親子連れがいた。紺色のコートのアラフォーぐらいの女性、幼稚園生ぐらいの女の子だった。
女の子の方は無邪気にアニメソングを歌っていたが、女性の方は険しい表情だ。カッチリとしたデザインの紺色のコートのせいで、女性は生真面目そう、優等生な雰囲気だ。職業は学校の先生か、医療関係者か?
「すみませーん。何か用事あります?」
翠はそんな女性にニコニコ笑顔。無邪気に話しかけに向かっている。女の子の方は翠を見上げて笑顔。幼いながらも肉初女子の片鱗があるらしい。
「ええ。先程、ここで珍妙な結婚式をやっていましたね」
女性の口調は静かだったが、言い方は棘がある。言い方だけでなく、全体的にチクチク棘がある雰囲気で、隣にいる女の子の表情もさぁーっと凍っていた。おそらく怖いママさん?
「私、佐伯雄太の姉ですわ。佐伯すず花と申します」
すず花は笑ってはいたが、目はすっと冷たい。
「あの、雄太さんは親族は式に呼ばないって……?」
一応琴羽はその点について指摘した。
「そうですよ。すず花さん、どうしてここに?」
翠の無邪気そうな笑顔にすず花も何か思ったのか。ただ単にイケメンだからか謎だが、すず花は泣きそうな目を見せた。単純に刺々しい人では無さそう。
「あの、私達もクリスチャンです。何かあったら相談してください!」
「そうですよ! 一人で悩まないで欲しいです。ねえ、君もそうでしょ?」
翠は女の子の目線にしゃがみ、琴羽たちの教会と名刺を渡していた。
「ありがとう……。さあ、美穂、行くわ」
女性は泣くのを堪えたような表情を見せ、女の子を連れて去っていく。
「バイバーイ!」
美穂だけが一回振り返り、小さな手を振っていた。
「何かあったら、いや、なくても連絡してくださーい!」
翠の大声が響く。すず花や美穂の耳に届いたかどうかは不明だった。




