第二話
「佐伯雄太です。真進塾と言うところで講師をしている者です。よろしくお願いします」
佐伯は教会の礼拝堂に上がり込んだが、とても礼儀正しい。靴もちゃんと揃えて下駄箱にしまい、挨拶した後は名刺も出し、きちんと頭を下げた。
琴羽の目からは正直、クリスチャンよりよっぽど誠実で真面目そうな人の印象だ。クリスチャンといっても人それぞれだが、こういった社会人のマナーというか、人としての常識が抜けている者は牧師でも珍しくなかったので、琴羽は佐伯に良い印象すらある。あのAIアイドル・レミナのぬいぐるみは、今はちゃんと専用のバックにしまっているのも好印象。
翠も牧師である父も、佐伯に好印象を持ったらしい。とりあえず礼拝堂の席に座り、雑談を始めていた。その間に琴羽はお茶と菓子を作り、彼らの元へ持っていったが、すっかり打ち解けているぐらい。
話題は日本の教会について。佐伯はこの地味なプロテスタント教会に全く驚いてはいなかったが、姉が敬虔なクリスチャンらしい。幼い頃は一緒に教会に行ったこともあるそうで、父も翠も余計に佐伯に好感を持っているようだ。
「まあ、僕はクリスチャンにはなりません、一生ね」
もっとも佐伯はハッキリと言っていた。これ以上、伝道行為はしてくるなと暗に言っているような口ぶり。
「そんな一生なんて決めつけないでくださいよ。将来何があるかわからないでしょ?」
翠はちょっとシュンとしながらいう。叱られた子犬のよう。琴羽もそんな翠の隣に座り、頷いたが、佐伯は薄く笑っているだけだった。
「まあ、今はクリスマスの時期です。気楽に教会に来る人も多いですから。佐伯さんもそんな感じで?」
父も少しシュンとしながらも、佐伯に微笑みかけていた。
「いえ。僕は教会にお願いがあって来たんです」
そんな翠と父の空気は無視し、佐伯はカバンから資料を取り出し、ここにいる全員に配った。
和やかだった空気はここで氷る。父は不自然な咳払い、翠は絶句。琴羽は配られた資料を凝視。
資料は「レミナと結婚式計画」というタイトルだった。AIアイドルのレミナに本気で恋をしてしまった佐伯は、結婚式をあげたいのだそう。そこでの式の流れやプランが資料にあった。
レミナは当然だが、生きていない存在だ。結婚式で一緒に連れてくるのは、等身大のフィギア。これを車椅子に乗せてバージンロードを渡らせ、牧師に誓いの言葉などを語る形だ。レミナという存在以外は、普通の結婚式と全く同じ。
「でも、牧師さんに来てもらおうとしたら、どこも断られました。差別ですよ!」
佐伯はここで始めて感情的な表情を見せる。
「いえ、それは差別じゃないわ。クリスチャンにとって結婚は大切なものよ。神様と人との永遠の契約をわかりやすく喩えたものが、この地上の結婚ってものなの。クリスチャンはキリストの花嫁とも呼ばれた存在で……」
何も言えなくなっていた父や翠の代わりに琴羽が説明したが、佐伯はわかってくれない。一般人も結婚式は教会であげる人も多いが、まさかこんな意味がある事を知らない人ばかりだろう。バージンロードの赤はキリストが流した血、ウェディングドレスは救いの衣という説もある。指輪も永遠の契約の証。異郷由来の説もあるが、簡単にいえばキリスト教と結婚はとても縁が深いものなのだ。聖書もラブレター、プロポーズの言葉とも表現される事もある。
「でも、今は多様性の時代では?」
琴羽が何度説明しても佐伯は納得してくれない。最後にはこんな事まで言い始めた。
琴羽も「多様性」なんて言われると何も言えない。結局は宗教なんて排他的なもの。多様性と宗教は水と油のような存在だ。
「寛容じゃないのでは? キリスト教は愛がないんですか?」
佐伯の言葉は自分の都合よく宗教や神様を解釈したもので、琴羽は頭が痛くなるぐらい。ちょっと常識的な注意や進言をしても「愛がない」と拒絶反応するクリスチャンはよく見てきたから。
「本当の愛は、耳の痛い事や都合の悪い事も伝える事では? 佐伯さん、非常に言いにくいけど、レミナとの恋愛ごっこはキリスト教では偶像崇拝と呼ばれているものに近いです。偶像をすると必ず気が狂います。悪魔から攻撃される事も多いでしょう。金縛りとか、悪い妄想が止まらなかったり、心身の不調はない?」
それでも琴羽は言うべき事は言っておくべきだと思う。佐伯にとっては聞きたくない言葉だと思うが、悪霊に憑かれてしまってからでは遅い。事前に忠告、現状確認も必要だと判断した。
「いや、別にそんな不調はないが」
今まで真っ直ぐ目を見て語っていた佐伯だったが、急にしろどもどろになってきた。目が泳ぎ、背筋も少し曲がっている。
これは何か不調がある可能性もある。
「佐伯さん、俺ら実はエクソシストもやってるから。本当に何か悪いもん感じてない?」
ここでようやく翠が口を開く。その口ぶりは優しく、目も温かだ。本気で佐伯を心配している。
「それに多様性は自分のわがままを押し通す事でもないはずですよ。『友のために自分の命を捨てること。これ以上の愛はない』のでは?」
さらに翠は聖書の言葉も引用しながら語る。そういえば最近、翠はこの聖書の言葉が好きだと言っていた。最後の晩餐の時、イエス・キリストが弟子達に語った言葉。その背景を知ると、翠は余計にここが好きだと無邪気に笑っていたが。
現在、佐伯に悪霊がついているかは不明だ。でも、翠が聖書引用してから、すっかり大人しくなってしまう。
こういう事はよくある。琴羽も中学生の頃、いじめられそうになったが、心の中で聖書の言葉を唱えていたら、何の被害も無かった。おそらくいじめっ子達に憑いている悪霊どもが、聖書の言葉に怖がった結果だった。以来、琴羽は悪霊祓いに興味を持ち、エクソシストの勉強を初めて、現在に至っていた。
「でも僕は本当にレミナのことを愛しているんだよ。だから結婚式を挙げたいだけなのに」
ついの佐伯は泣いてしまう。側からみたら教会の人間が佐伯をいじめているようにしか見えないかもしれない。父はこの状況に困り果てて咳払い。琴羽も困り果てた。すっかり冷め切ったお茶を飲むが、全く美味しくない。翠も甘いもの大好きなのに全く菓子に手をつけていなかった。
「うーん、だったらあれか。S町に誰も使ってない廃教会があるんだ」
これまで黙っていた父だが、こんな提案を佐伯に言う。コロナ禍のために廃教会になったところがある。今は誰も使っていないが、父は当時の牧師夫人に頼まれ、時々掃除や管理を任されていた。来年以降に売りに出す予定だそうが、それまでの間なら、使える?
父はその場で元牧師夫人に連絡をとり、あっさりと廃教会での結婚式の許可が降りてしまった。しかも無料で。掃除をしてちゃんと片付けるという条件はあったが。
「ただし、神様の前での誓いの言葉ではなく、参列客に宣言する形で。だったら協力しましょう」
父の精一杯の妥協案に見えた。おそらく教会以外でも普通の結婚式場やチャペルでも断られているのだろう。そう思うと、琴羽も佐伯を追い払う気にはなれない。翠もそうらしい。廃教会での結婚式なら掃除など手伝うという。
「それに琴羽さん、なんかエクソシストの匂いするよね?」
翠は琴羽に耳打ちしてきた。確かにこれはエクソシスト案件になるかもしれない。
「本当ですか!? だったらさっそく廃教会で結婚式挙げたいです!」
佐伯はレミナのぬいぐるみを取り出し、抱きしめた。泣いて喜んでいる。レミナのぬいぐるもに佐伯の涙の跡が。
確かにこれは嫌な予感がする。廃教会でエクソシストする光景も目に浮かんでしまうぐらいだ……。
「せっかくの結婚式です。僕らもぜひ伺いますが、いいですか?」
「翠さん、もちろんですよ!」
こうして琴羽も翠も廃教会へ。さて、当時、何が起こるのか。また琴羽の背筋がぞくっとしてきた。エクソシストする可能性は限りなく高そう。




