≪武人のアパート≫ ー5ー
『本気でこいつらに仕事させるつもりか?』
『ああ。
売り出すのにはいいネタだ。』
康人がそう言うと、今度は田中が身を乗り出した。
『おじさん!
こいつらがタイムスリップしてきたって、公表するんですか?』
『まさか。
いくらなんでも、それはダメだろ。
忍者の子孫で、山奥に住んでたって事にする。』
『でも…』
『とはいえ、イキナリじゃ無理だろう。
しばらくは現代に慣れる事に専念してもらう。その指導役が武人だ。』
『まぁ、いいけど…』
武人は渋々了解しながらも、一瞬でそこまで考えられる康人に感心した。
『堪介、よかったな。親父がみんなの面倒みてくれるってよ。』
それを聞いた堪介達は、一斉に康人の方へ向き直ると、
『殿!よろしくお願いいたします!』
と頭を下げた。
『ん。苦しゅうない。』
康人は至って上機嫌である。
『おやじ…』
武人は、あきれ顔である。
康人はおかまいなしに、
『直接お前達を束ねるのは武人だ。
俺が殿なら、さしずめ、お前達のお頭ってところか。』
『いや、おやじ、お頭はちょっと…』
そう言って苦笑いする武人に、堪介達は向き直ると、
『お頭!改めて、よろしく…』
と言いかけると、武人は、
『だから!お頭はやめろって言ったろ。』
と制した。
『では、なんとお呼びすれば?』
『今まで通り、武人でいい。』
武人は、やれやれと思いながらも、覚悟を決めたのであった。
――――『…ん……』
武人はなんとなく寝苦しさを覚えて目を覚ました。
『うわぁ~!』
武人が慌てて飛び起きると、
『どうしたでござるか、武人殿…』
と、いいながら、堪介は目を擦った。
『ど、どうしたも何も、そんなトコで寝られたら、ビックリするだろ!』
堪介は、武人のベッドの真上で、天井からぶら下がったまま寝ていたのだ。
武人が、天井を見回すと、あちこちで、忍者がブラ下がっている。
『お前ら、みのむしか…』
武人は、ボソッとつぶやいた。
堪介は、シュタッと武人の前に降り立つと、
『何か、いけなかったでござるか?』
と聞いた。
『あのなぁ…』
と言いながら、武人は、昨日寝る時のシーンを思い浮かべた。
――あまりにも非日常的な一日を過ごした武人は、日課の夜のランニングに出る事もなく、早々とベッドに入ると、
『もうダメだ。今日は疲れた。俺はもう寝るから、お前達も、もう寝ろ』
と言った。
堪介は、目を閉じて早々と寝息を立て始めた武人の枕元に行くと、
『…あの…我々は、どちらで寝れば…』
と聞いた。
武人は寝返りをうちながら、
『どこでも、好きな所で寝てくれ。忍者だったら、雑魚寝くらい平気だろ』
と言った。
そう、確かに昨日、そう言ったのだ。
『いや…もういいや…
ただ、今夜からは、ちゃんと床で寝てくれないか?
このアパートの天井は、そんなに強くないんだ』
と言って、昨日崩れた玄関の天井に目をやった。
堪介もそちらに目をやると、
『は、そうでありました。』
と、頭をかいた。
武人が、ふと隣の部屋に目をやると、さっきまで天井にブラ下がっていた面々が、いつの間にやら揃って片膝をつき、いかにも忍者らしいかっこで、武人達を見やっていた。
『いつの間に…』
武人はそう言って苦笑いをした。
そして壁の時計に目をやると、
『あ、もうこんな時間か』
と言って、トレーニング・ウェアに着替える為に、服を脱ぎ始めた。
『キャッ!』
隣の部屋にいた茜が、恥ずかしそうに後ろを向いた。
その声を聞いた武人は、慌てて前を隠すと、
『ご、ごめん。そういえば、女の子がいたんだった。』
と言った。
トレーニングウェアに着替えた武人が、玄関で運動靴の紐を結んでいると、堪介が寄ってきて、
『どちらへ行かれるのですか?』
と聞いた。
『ああ、朝のトレーニングだよ。』
『トレ…?』
堪介が不思議そうな顔をするので、武人は、
『稽古だ。稽古。武術の練習だ。』
と、言い直した。
すると、堪介は、後ろに控える面々に目をやりながら、
『では、我らも一緒に…』
と言って頭を下げた。
武人は、
『いや、俺もお前達を缶詰めにするつもりはないんだけど…』
と言うと、チラリと忍者衣装の堪介達に目をやり、
『そのカッコじゃな。』
と言った。
『とりあえず、今日のトコは、おとなしく待っててくれ。』
そう言いながら玄関のドアを開けると、何かに当たって途中までしか開かない。
『ん?なんだ?』
武人が半開きのドアから顔を覗かせて外を見ると、大きな段ボールがドアの開くのを邪魔していた。
段ボールの上には、『武人ちゃんへ』と書かれた封筒が貼り付けてあった。
『おやじだ…』
武人は苦笑いすると、段ボールを部屋の中に入れ、封筒を開いた。
【目が覚めたら、彼等と一緒に道場へ来るように。
あのカッコでは目立つので、着替えを用意した。】
武人は、手紙を読んでから段ボールを開けてみた。
すると中には、カラフルなジャージやトレーニングウェアと、運動靴が入っていた。
『これも、かなり目立つと思うんだけど…』
武人は苦笑した。
忍者達の着替えが終わると、武人はカラフルな面々を従えて、実家の道場に向かった。
元々は、祖父が剣術道場を経営しており、その祖父が亡くなって叔父の斉蔵が跡を継いでから、しばらくは本部道場として運営していたが、門下生が増え手狭になって本部を移設した為、ここは武人の稽古場兼、康人の経営する何でも屋の事務所になっていた。
道場へ向かうまでの間、堪介達がまた騒ぎを起こすのではないかと心配していたが、彼らは自分達がおかれた状況を把握し、武人との主従関係を認識してからは、動揺する事が無くなった。
今も、ただキョロキョロと回りを見てはいるのだか、珍しくて見ているというより、少しでも早く全てを把握し、現状を理解しようと努めているのだ。
武人は、そんな堪介達を見て、忍者ってのはたいしたもんだ、と思った。
武人の実家は代々武道場を受け継いでおり、一時期は藩の指南役まで勤めた家柄という事もあり、屋敷の門構えはかなり立派で、大時代的でもある。
そんな屋敷の入り口にくると、
『おお!』
と堪介は、絶句した。
他の者達も、顔を見合わせ、心なしか嬉しそうにしていた。
武人はそんな彼らを横目に、門をくぐり、道場の扉を開いた。
すると、大音響で軍艦マーチが流れ、頭上のくす玉が割れた。
『ようこそ!忍者諸君!』
正面では康人が両手を広げ、隣で田中が拍手をしていた。
奥の壁には
WELCOME NINJYA!
と張り紙がしてある。
……いや、おやじ……こいつらには読めないし、大体、軍艦マーチって、どんな組み合わせだよ……
と、武人が心の中で突っ込みを入れながら振り返ると、
迎えられるはずの忍者の姿はどこにもなかった。
『何だお前、連れてこなかったのか?』
そう言いながら出てきた康人に、
『おやじがビックリさせるから、どっか行っちゃったんだろうが』
と言いながら、武人は回りを見渡した。
『おーい!堪介!大丈夫だから出てこいよ。』
すると、庭の植え込みの陰から堪介が顔を出した。
『い、今のは……』
『堪介達を歓迎したくて、おやじが仕掛けたセレモニーだよ。』
『せれも…?』
『とにかく危なくないから、みんな出てこいって言ってくれよ。』
そのあと、堪介に促された忍者たちが一人、また一人と、あちこちから顔を出し、やっと全員が揃うと、武人を筆頭に道場へ足を踏み入れた……
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