62 宗教観念
イーリャンは最初から私に対して友好的な態度では無かったため、実は何ができる人なのかをよく知らない。
バルク卿が交渉役として付けてくれたのだから腕は信じられるが、何ができるのかを知らないので、どう相談したものか迷った。と、思って何と声を掛けようかと思っていると、イーリャンはポケットから柔らかい白手袋を取り出して身に付けた。
「少々、石と対話をしたいのですが、触れてもよろしいでしょうか? 傷つけない事はお約束します」
「……身形から思っておりましたが、シンフェ国の方ですかな?」
シンフェ国については私も歴史書や資料を読んで知っていたが、何やら私の知らない事がランディ様とイーリャンの間で通じているようだ。
そもそも、石と対話とは何だろう? 宝石の審美眼を持つとか、そういう事を大袈裟に言っているだけなのだろうか。
ランディ様が私の不思議そうな様子に気付いて、イーリャンに目配せする。イーリャンから話すべきことで、ランディ様からは話せないことのようだ。
私はその視線につられてイーリャンを見る。説明しなくてはいけませんか? とありありと顔に書いてあるが、当然説明されないと意味が分からないのでじっと瞳を見返した。
あきらめの溜息を吐いて、イーリャンは説明する。
「シンフェ国は四神を崇めている国です。それはご存知かと思いますが、四神とは東西南北に位置するとされる龍脈に坐神のことで……長くなるのと、この辺りはご存知でしょう?」
「えぇ、フェイトナム帝国は一神教だけれど、宗教に関して属国に強制はしなかった。反乱されるのを防ぐために、そこは触れないというのがやり方だったから、知っているわ」
神という存在に対して、私はあまり信じていない。というより、宗教というのは政治的な道具の一つとして見ている部分があった。バラトニア王国に宗教が無いように、各国の宗教はそのまま認められ、フェイトナム帝国が押し付けることはない。
人心を掴むのに同じ物を崇めることは大切だが、離反させない為には相手の心の中まで攻め込んではいけない。何度も謀反をおこされてきた、フェイトナム帝国が学んだことだ。
「四神を奉る場所を神の社と書いて神社と呼びます。神社には、こちらで言えば司祭がいて、神に朝晩の供えをし、坐ところを整え、時に祈祷を捧げて声を代弁し、時には人の願いを聞いてもらいます。……その顔はまやかしだろう、と思っている顔でしょうけれど、まぁそういう文化です」
「クレア王太子妃殿下にとっては、神はあまり身近で無い。ですが、ドラグネイト王国でも神殿に司祭がおり、石を奉納します。自然に近い国や文化を持つ者は、神の……或いは、神と名を付けた人智を超えた何かを信奉しているものです。バラトニア王国の船乗りも海の神に祈って漁に出ていますよ」
ランディ様がイーリャンの言葉を補足する。私は漁師の方とはお話したことが無いから知らなかったけれど、自分が存在を感知していないものに対して信心を抱いている人というのは、共感はできずとも理解はできた。
思えば、ガーシュとバラトニア王国で兄妹として出会ったのも、そういう何かの引き合わせなのかもしれない。そう思えば、すとんと自分の中にも落ちて来る話だ。
「私は四神の中で青龍の社に仕える司祭の子でした。上に兄弟が何人も居たので、国を出てバラトニアで働く事にしましたが、幼い頃より多少の修行は行いましたので……青龍は、ドラグネイト王国の神と同一のもの、とでも覚えておいてください。後でちゃんと説明します」
「……つまり、貴方はドラグネイト王国の司祭と同じことができる、ということ? それが、石との対話?」
「そういうことです。……信用されますか?」
イーリャンは私の中に信心というものが一切ない事を最初から分かっていたのだろう。うさんくさい、ときっと言われると思っていたのかもしれないが、私の好奇心はそんなものを軽く飛び越えるのだ。
「信じるわ。あのね、三つの石で迷っていて……」
「どれでしょう。何か、魅入られる石でもありましたか?」
最後の一つはイーリャンにとっても一つしか手に入らないということで除外されていたのだろう。
「『深海』『春』『永遠の初夏』。この中から2つ選びたいの」
「畏まりました。――よろしいでしょうか? ボグワーツ侯爵」
「青龍の司祭様でありましたら、お任せいたします」
「ありがとうございます」
四神のうちの青龍というのが、名前からしても太陽の神を仰ぐというドラグネイト王国の宗教観といまいち合致しないのだが、そこは後で説明されるということなので私は黙っておくことにした。
「では、クレア様。これから行うことは貴女の目にどう映るかは分かりませんが、何か不思議を感じても声を上げないようにお願いします」
イーリャンが念を押すので私は黙って頷いた。もしかしたら、信心の無い人間には見えないような何かが起こるのかもしれないし、信心が無い自覚がある私にはその不思議は見えないのかもしれない。
そして、イーリャンはそっと『深海』から手に取った。




