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休戚-3-

 「ハク。実は試したい事があるんだ」

雷瀬はそう言って少し淋しげに笑った。

雷瀬が何を考えているのか、ハクには分からない。けれども、それは決して悪いことではないのに、雷瀬には本の少し痛いものだということは分かる。

 「雷瀬の好きなようにしろ。オレは雷瀬を信じてるから」

ハクは当たり前のように笑う。その偽りのない言葉に、雷瀬は笑みを返し、数枚の符を取り出した。

 「行くよ。ハク」

言葉が終わるとともに、雷瀬の気配が変わる。

ピンと張り詰め、凛と立つ。

なんであろうと揺らぐことも折れることもない。

そんな雰囲気に、ハクは自分の中も研ぎ澄まされていくのを感じる。

雷瀬の感覚と自分の感覚が合わさって、何処までも見通せる、何でもできる。そう思った。

 「五行相克。木、土、水、火、金」

五芒を模り、符を配置する。

 「封印?」

不思議そうにハクは呟く。相克で動きを封じたのは解かった。けれども、封印が試したいことだったのだろうか。雷瀬の真意が分からず、ハクはその光景を眺めながら、小首を傾げた。

 「ハク。踏め」

不意に響いた雷瀬の声に、はっとしてハクは動く。

踏めと言ったのは符だ。雷瀬は相克と言った。踏む順番は、雷瀬が符を置いた順番。

 「木。 木は土に克つ」

言葉に従って、ハクは符に足を乗せる。

キンと何かが弾ける感覚が足元から響いた。

 「土。 土は水に克つ」

次の符をハクは踏む。

 「水。 水は火に克つ」

おって響く声に、ハクはただ符を踏んだ。

 「火。 火は金に克つ」

四つ目を踏んだところで、結界が構築されようと言う気配を感じ、ハクは気を引き締める。

慢心は、失敗を生む。

最後の詰めほど慎重になさねばならないのだ。

 「金。 金は木に克つ」

最後の雷瀬の言葉が響き、ハクは金と文字の浮かび上がった符を踏みしめた。

 「これすなわち、五行相克なり」

高らかに結界の完成を叫ぶと、ハクの踏んだ順に光が走り、五芒星を描き出した。

完全に描ききった瞬間、雷瀬は次の言葉を叫んでいた。

 「五行相生。 木、火、土、金、水」

相克、相生。それを同時に構築する。

雷瀬の考えが全くわからなくて困惑しかけたが、自分の言葉を思い出し、ハクは、にやりと笑う。

雷瀬を信じれば良い。

自分で決めたのだから。

 「木。 木は火を生む。

  火。 火は土を生む。

  土。 土は金を生む。

  金。 金は水を生む。

  水。 水は木を生む」

一度おいた符をなぞるようにもう一枚の符が重ねられていく。

二重結界。二重封印。

どちらにしても、全く相性の異なる二つを重ねて構築などありえない。

 「これすなわち、五行相生なり」

ハクが雷瀬の言葉通りに符を踏み終わる。

すると、一度目に踏んだ相克の結界が、一気に収縮を始めた。見る間に縮んで、何かを捕縛する。

と、それを追う様に次いで相生の結界が収縮した。

ぴったりと相克の結界と重なり、相克の結界がはじけ、相生の結界が今度は内側から展開した。

何が起こったのか完全に把握する前に、雷瀬の声が響いた。

 「ハク。舞は?」

その声に、ハクは雷瀬が何をしようとしていたのかをはっきりと悟る。すると、五枚の符が、先ほどと同じように配置された。

 「任せろ」

雷瀬は鳴り物は持っていない。故に手拍子を打つ。

拍手のリズムに乗りながら、ハクは、一歩躍り出た。

舞は鎮魂。

祓うは邪気。

一度踏んだ五行相克を踏みながら、器用にハクは舞い続ける。

 「舞を捧げて、浄化を希う」

雷瀬の声が響くと、ハクが踏んだ相克の印が、五芒を描き光を放った。

暗く淀む瘴気は、形代を失い光に簡単に散らされていく。

しゃりんと弾ける音をさせ散っていく様は、綺麗ではあった。

 「上手くいったな」

ハクは成功したことで満足げに笑ったが、雷瀬の表情はただ重い。何があったのかと不安になって名を呼んだ。

 「雷瀬?」

そして、瞬時にハクはその意味を悟る。だからそれ以上の声が掛けられなかった。

 「解かってる。解かっているんだ。

この時間は必要だったって。千年の時を経て、今でなければ無理だったんだっていうことは」

邪気払いで済むのであれば、雨龍が死ぬこともなかった。そして、雷瀬がこの時代に来る必要もなかったのだ。

けれどもあの時代では、灯花のように符を扱うものは居なかった。灯花との出会いで、雷瀬は符の発動をずらしたり、また先ほどのように二重結界で単一の属性のものだけを縛り、縛ると同時にその対象物だけを限定して結界を展開させるなどと言う発想が出来たのだ。

そして、それを可能にしたのは、千年の時を経たハクと言う存在。

どれが欠けても無理なのだ。

だから、千年の時は、雨龍の死は、必然であった。

それでも、可能性を知ってしまった今、雷瀬は悲しかった。

自らの力のなさが。

 「雷瀬」

かける言葉を見つけられず、ハクはただ雷瀬を眺める。

 「僕らは無力だ」

ぽつりと零れた言葉に、さすがのハクも激昂した声を上げた。

 「雷瀬っ」

確かに力ないかもしれない。けれども、何も出来ないわけではないのだ。

 「だから、足掻くんだね。

足掻いて、そして、掴み取ろう。ハク」

悲しげに微笑みながら、それでも決意は痛いほどに伝わる。

無力さに嘆きながら、それでもなお足掻くしかないのだ。だから雷瀬は、選ぶ。

足掻いた後の勝利を信じて。

雨龍と家族の願いを信じて。

 「さてと、お仕事完了だね。

行こう。ハク」

少し淋しげな笑顔を残したまま、雷瀬はハクを促した。

雷瀬の言葉に、本の少しだけハクが苦しげなそんな表情を浮かべる。

それに気付いて雷瀬は一瞬問いかけようかと思ったが、やめることにした。

なんとなく、その答えを聞きたくなくて。


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