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群星のヴェルシェリア  作者: セイ
第三部 古代遺跡と王国の影

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王都への帰還

 真実を知れば、すべてが解決する。


 昔の俺は、どこかでそんなふうに考えていたのかもしれない。


 けれど、現実は違う。


 証拠を見つけても、それを誰が管理するのかという問題が残る。


 罪を犯した者を捕らえても、その背後にいる者まで捕らえられるとは限らない。


 そして、長い時間をかけて追い求めた答えが、次の疑問を生むこともある。


 ベルハルト伯爵領での調査を終えた朝。


 俺は、宿泊していた屋敷の窓から、北東の山々を眺めていた。


 あの山の地下には、古代文明が残した観測施設がある。


 そこで発見された第六観測記録には、異世界から来た存在についての情報が残されていた。


 ――MEMORY CONTINUITY : CONFIRMED


 記憶の継続を確認。


 その一文が、今も頭から離れない。


 俺の前世。


 日本で過ごした日々。


 会社員として働き、何かを決めるたびに迷っていた自分。


 その記憶を持ったまま、俺はこの世界に生まれた。


 だが、古代文明が観測していた存在と、俺が同じ現象によって生まれたとは限らない。


 ……分からないことは、まだ多い。


「シオン」


 背後から声がした。


 振り返ると、ヴィオレッタが扉の前に立っていた。


「もう荷物はまとめたの?」


「ああ。大体は」


「大体?」


 彼女が目を細める。


 俺は、机の上を見た。


 そこには、昨夜まで読んでいた資料が三冊ほど残っている。


「……あと少し」


「そう言うと思ったわ」


 ヴィオレッタは、呆れたように笑った。


「出発まで一時間もないのよ」


「分かってる」


「本当に?」


「……たぶん」


「シオン」


「はい。今すぐ片づけます」


 彼女は、満足そうにうなずいた。


 ……勝てる気がしない。


     ◇


 伯爵領を出発する前に、最後の報告会が開かれた。


 場所は、ベルハルト伯爵邸の会議室。


 ハロルド卿を中心に、調査隊の主要な関係者が集まっていた。


 机の上には、地下施設から押収した資料の目録が置かれている。


「まず、今回の調査結果を整理する」


 ハロルド卿が口を開いた。


「閉鎖鉱山の地下に、未届けの古代魔導研究施設が存在していたことは確認できた」


 俺たちは静かにうなずいた。


「施設内では、王国の保全費用を利用して調達されたとみられる資材が発見されている。また、王宮施設管理部の承認印が押された書類も複数押収した」


 ハロルド卿は、次の書類を手に取った。


「武装した研究関係者の一部は拘束済みだ。彼らによる調査隊への襲撃についても、証言と物証を確保している」


 ……ここまでは、確かな成果だ。


 だが、問題はその先だった。


「ベルハルト伯爵本人の関与については、現時点では断定できない」


 ハロルド卿は続けた。


「施設の存在を知っていた可能性はある。しかし、資金の流れと命令系統を確認しなければ、刑事上の責任を問えるかは判断できない」


 ヴァルターさんが、腕を組んだ。


「オルフェン子爵は?」


「依然として行方不明だ」


 ハロルド卿は答えた。


「北東へ逃亡したという情報はあるが、本人を確認したわけではない」


 俺は、少しだけ眉をひそめた。


 オルフェン子爵。


 王宮施設管理部の責任者。


 古代遺跡保全費用の承認に関わり、調査直前に逃亡した人物。


 彼を捕らえられれば、秘密組織との関係も明らかになるかもしれない。


 だが、今はまだ手が届かない。


「それと、もう一つ」


 ハロルド卿が、視線を上げた。


「今回確保した古代装置については、王都の研究施設へ移送する。ただし、作動させず、封印状態で保管する」


 エリオットが、少し残念そうな顔をした。


「……解析もできないの?」


「安全性を確認するまでは、だ」


 レティシアさんが、横から笑った。


「エリオット君。今度こそ、勝手に触っちゃ駄目よ」


「分かってるって!」


 ……前にも聞いた気がする。


 フィオナさんが、静かに口を開いた。


「封印する判断には賛成です。装置には、まだ説明できない魔力反応が残っています」


「危険なのか?」


 ヴァルターさんが尋ねる。


「危険と断定はできません。ただ、何が起きるか分からない状態で動かすべきではありません」


 ハロルド卿はうなずいた。


「では、その方針で進める」


 こうして、ベルハルト伯爵領での現地調査は、ひとまず終了した。


     ◇


 出発の準備が整った頃。


 屋敷の玄関前に、ベルハルト伯爵が姿を現した。


「皆様、長い調査、お疲れさまでした」


 伯爵は、穏やかに頭を下げた。


 その表情は、初めて会ったときとほとんど変わらない。


 ……本当に、底が見えない人だ。


 ハロルド卿が、一歩前へ出た。


「調査へのご協力に感謝します。ただし、今後も追加の確認をお願いする場合があります」


「もちろんです」


 伯爵はうなずいた。


「王国のためであれば、可能な限り協力いたしましょう」


 その言葉だけを聞けば、立派な領主だ。


 だが、俺は忘れていなかった。


 あの夜、伯爵が俺に言ったことを。


 ――知らない方が幸せなことも、この世にはございます。


 ……あれは、どういう意味だったのだろう。


「シオン・クレイヴェル殿」


 突然、伯爵が俺を呼んだ。


「……はい」


「今回の調査では、随分とご活躍されたようですな」


「仲間に助けられただけです」


 俺が答えると、伯爵は微笑んだ。


「それもまた、才能でしょう」


 そして、少しだけ声を落とした。


「どうか、これからも慎重にお進みください」


 俺は、伯爵を見つめた。


「……忠告ですか?」


「ええ」


 伯爵は、静かにうなずいた。


「若い方には、未来がありますから」


 ……相変わらず、何を考えているのか分からない。


 俺は、短く頭を下げた。


「ありがとうございます」


 それ以上、何も言わなかった。


 今ここで問い詰めても、答えは得られないだろう。


 ただ。


 この人とは、またどこかで会う気がした。


     ◇


 王都への帰路は、驚くほど静かだった。


 前回、調査隊の通過を知らせる信号が発せられた石橋も、今回は使わなかった。


 ハロルド卿が安全な経路を選び、護衛たちが周囲を警戒する。


 そのおかげで、目立った問題は起きなかった。


 ……いや。


 問題が起きないこと自体、少し不気味ではあったけれど。


 馬車の中では、エリオットが窓にもたれて眠っていた。


 レティシアさんも、資料を膝に置いたまま目を閉じている。


 フィオナさんは、何かを書き留めていた。


「……フィオナさん」


 俺が声をかけると、彼女が顔を上げた。


「はい?」


「まだ研究してるんですか?」


「いえ。今回の調査で分かったことを整理しているだけです」


 ……それを研究と言うんじゃないだろうか。


 俺がそう思っていると、フィオナさんは小さく笑った。


「大丈夫ですよ。無理はしていません」


「……本当ですか?」


「ええ。アイリスさんにも、休むように言われていますから」


 その名前を口にしたとき、彼女の表情が少し柔らかくなった。


「……そうですか」


 俺は、思わず笑った。


 フィオナさんは、少しだけ首をかしげた。


「……何でしょう?」


「いえ。何でもありません」


 ……幸せそうで、何よりだ。


 そのとき。


「シオン」


 ヴィオレッタが、俺の袖を引いた。


「……何?」


「あなたも、少し休みなさい」


「俺は大丈夫だよ」


「昨日も遅くまで資料を読んでいたでしょう?」


「……見てたのか」


「当然よ」


 彼女は、静かに微笑んだ。


「隣にいたんだから」


 ……そうだった。


 俺は、少しだけ照れくさくなった。


「……分かった」


 そう答えて、背もたれに体を預けた。


 ヴィオレッタは、満足そうにうなずいた。


 やがて、彼女の肩が俺の肩に触れた。


 俺は、そっと手を重ねた。


 馬車の揺れが、心地よかった。


     ◇


 数日後。


 俺たちは、リューデン王国の王都へ戻った。


 王宮では、エレノア殿下が待っていた。


「皆さん、お帰りなさい」


 殿下は、俺たちを見渡した。


「無事に戻られて、何よりです」


「ただいま戻りました」


 ハロルド卿が、代表して頭を下げた。


 続いて、正式な報告が始まった。


 地下施設の存在。


 押収した研究資料。


 古代装置の封印。


 そして、逃亡した関係者たち。


 殿下は、一つひとつの報告を静かに聞いていた。


「……分かりました」


 すべてを聞き終えると、彼女はゆっくりとうなずいた。


「今回の調査で、王宮の管理体制に重大な問題があったことは明らかになりました」


 その声には、王族としての責任感がにじんでいた。


「今後は、王国監察局と司法当局が中心となって調査を継続します」


 ハロルド卿がうなずく。


「承知しました」


「ベルハルト伯爵家についても、証拠に基づいて判断します。推測だけで処分を決めることはありません」


 ……殿下らしい。


 疑わしいからといって、すぐに断罪するわけではない。


 権力を持つ者だからこそ、手続きを守る必要がある。


 俺は、改めてそう感じた。


 殿下は、俺たちへ視線を向けた。


「皆さんには、心から感謝しています」


 そして、静かに微笑んだ。


「皆さんのおかげで、王国が抱えていた問題の一部を明らかにすることができました」


 俺たちは、頭を下げた。


 ……長かった。


 本当に、長い調査だった。


     ◇


 報告会が終わったあと。


 俺は、王宮の中庭でヴァルターさんと話していた。


「……ヴァルターさん」


「何だ?」


「今回の件、これで終わりなんでしょうか」


 ヴァルターさんは、しばらく考え込んだ。


「……いや」


 そして、静かに首を振った。


「終わりじゃないだろうな」


「……やっぱり」


「ああ。捕まっていない奴もいる。背後の組織も、まだ見えていない」


 彼は、遠くを見た。


「ただ、今回の拠点は潰した」


「……はい」


「それだけでも、大きな成果だ」


 俺は、ゆっくりとうなずいた。


 ……そうだな。


 全部を解決できなかったからといって、何もできなかったわけじゃない。


 そのとき。


「ヴァルター」


 背後から、エレノア殿下の声がした。


 振り返ると、殿下が中庭へ出てきていた。


「少し、お時間をいただけますか?」


「ああ」


 ヴァルターさんは、自然に答えた。


 俺は、二人を見比べた。


 ……なるほど。


「じゃあ、俺は先に戻ります」


 俺が言うと、殿下が少しだけ驚いたように目を見開いた。


「……シオンさん?」


「まだ荷物の整理が残っているので」


 ……嘘ではない。


 たぶん。


 俺は、軽く頭を下げて、その場を離れた。


 背後から、ヴァルターさんの声が聞こえた。


「……無理するなよ、エレノア」


「……それは、こちらの台詞です」


 俺は、思わず笑った。


 ……あの二人も、いろいろ大変なんだろうな。


     ◇


 夕方。


 王宮の研究室では、レティシアさんたちが最後の確認を行っていた。


 今回確保した第六観測記録の写しは、王国の管理下に置かれることになっている。


 ただし、研究者たちには、一定の範囲で解析結果を共有する許可が与えられた。


「……シオン君」


 レティシアさんが、俺を呼んだ。


「……はい」


「これ、渡しておくわ」


 彼女は、小さな冊子を差し出した。


「……何ですか?」


「今回の調査で分かったことをまとめた資料よ」


 俺は、冊子を受け取った。


 そこには、古代文字の解析結果と、観測装置の構造が整理されていた。


「……ありがとうございます」


「ただし、まだ仮説の段階のものも多いからね」


 レティシアさんは、静かに続けた。


「特に、異世界から来た存在については、分からないことばかりよ」


 俺は、ゆっくりとうなずいた。


「……そうですね」


「でも」


 彼女は、少しだけ微笑んだ。


「分からないからこそ、調べる価値があるのよ」


 ……レティシアさんらしい言葉だ。


 俺は、冊子を大切にしまった。


「……また、何か分かったら教えてください」


「もちろん」


 レティシアさんはうなずいた。


「シオン君も、何か気づいたことがあったら知らせてね」


「……はい」


 俺は答えた。


 ……ただ。


 俺自身の秘密については、まだ話せない。


 それだけは、変わらなかった。


     ◇


 その夜。


 俺は、王宮の客室で一通の手紙を書いていた。


 宛先は、故郷のクレイヴェル家。


 父さん。


 母さん。


 兄さんたち。


 姉さん。


 そして、ミリア。


 みんな、元気にしているだろうか。


 俺は、筆を動かした。


 リューデン王国での調査が無事に終わったこと。


 近いうちにアルセリア王国へ戻ること。


 そして、心配をかけたことへの謝罪。


 もちろん、危険な戦闘の詳細までは書かない。


 ……書いたら、父さんに怒られそうだ。


 最後に、ミリアへの一文を加えた。


 ――お土産も忘れていないから、楽しみにしていてくれ。


 俺は、手紙を読み返した。


 ……よし。


 これでいいだろう。


 封をして、机の上に置く。


 窓の外には、夜の王都が広がっていた。


 この街にも、いろいろな思い出ができた。


 最初に来たときは、まさかここまで大きな事件に巻き込まれるとは思わなかった。


 古代遺跡。


 王宮の陰謀。


 秘密組織。


 そして、第六観測記録。


 ……本当に、いろいろあった。


 だが、それ以上に。


 この国で出会った人たちとの時間は、俺にとって大切なものになった。


     ◇


 翌朝。


 王宮の正門前には、アルセリア王国へ向かう馬車が用意されていた。


 エレノア殿下。


 ヴァルターさん。


 そして、リューデン王国で世話になった人たちが、見送りに来てくれていた。


「……皆さん、本当にありがとうございました」


 俺が頭を下げると、殿下が微笑んだ。


「こちらこそ。どうか、お気をつけて」


 ヴァルターさんが、俺の肩を軽く叩いた。


「……シオン」


「……はい」


「次に会うときまでに、もっと強くなっておけ」


 俺は、思わず笑った。


「……ヴァルターさんに追いつくのは、まだ無理ですよ」


「……そうか?」


 彼は、少しだけ笑った。


「案外、分からんぞ」


 ……いや。


 絶対に、まだ無理だと思う。


 だが。


「……頑張ります」


 俺は、そう答えた。


 ヴァルターさんは、満足そうにうなずいた。


 その隣で、エレノア殿下が静かに微笑んでいた。


 ……この二人なら、きっと大丈夫だろう。


 俺は、そう思った。


     ◇


 馬車が動き出した。


 王宮の門が、ゆっくりと遠ざかっていく。


 窓の外では、朝の光が街並みを照らしていた。


「……終わったわね」


 ヴィオレッタが、静かに言った。


「……ああ」


 俺はうなずいた。


「ひとまず、な」


 彼女は、少しだけ笑った。


「……また、何か起きると思っているの?」


「……起きない方がいいけど」


「そうね」


 ヴィオレッタは、俺の手を取った。


「でも、何があっても、一緒に考えましょう」


 俺は、彼女を見た。


 金色の髪。


 青い瞳。


 そして、銀の髪飾り。


 ……大切な人。


 俺は、彼女の手を握り返した。


「……ああ」


 そして、静かに笑った。


「これからも、よろしく」


 ヴィオレッタは、少しだけ頬を赤くした。


「……こちらこそ」


 馬車は、王都を離れていく。


 長い旅が、ようやく終わろうとしていた。


 だが。


 俺たちの物語は、まだ続いていく。


     ◇


 同じ頃。


 リューデン王国の王宮。


 エレノアは、執務室で新たな報告書を受け取っていた。


「……これは?」


 彼女が尋ねると、文官が答えた。


「国境付近の監視所から届いた報告です」


 エレノアは、書類を開いた。


 そこには、奇妙な情報が記されていた。


 ――アルセリア王国との国境付近で、不明な魔力反応を観測。


 ――反応は一時的で、発生源は特定できず。


 ――既知の魔導技術との一致なし。


 エレノアは、少しだけ眉をひそめた。


「……また、古代魔導技術でしょうか」


 文官は、首を振った。


「現時点では不明です」


 エレノアは、しばらく考え込んだ。


 そして、静かに言った。


「……この件は、引き続き監視してください」


「承知しました」


 文官が退出する。


 エレノアは、窓の外を見つめた。


 ……シオンさんたちは、もう出発した頃でしょうか。


 彼女は、小さく息を吐いた。


「……どうか、無事に」


 その願いは、まだ誰にも届かない。


     ◇


 さらに遠く。


 アルセリア王国の、とある研究施設。


 深夜の実験室で、一人の研究者が魔導具の表示を見つめていた。


 そこには、見慣れない数値が並んでいる。


「……何だ、これは」


 研究者は、眉をひそめた。


 魔力反応は、これまで観測されたどの現象とも一致しない。


 しかも、反応は一度だけではなかった。


 短い間隔で、何度も繰り返されている。


「……誰かを呼んでくれ」


 研究者が、助手へ声をかけた。


「……はい?」


「責任者だ。すぐに」


 助手が、慌てて部屋を出ていく。


 研究者は、表示板を見つめた。


 そして、小さくつぶやいた。


「……まるで、何かがこちらへ近づいているようだ」


 その言葉に答える者はいなかった。


 ただ。


 魔導具の表示板には、奇妙な反応が残り続けていた。


 ――UNKNOWN PHENOMENON


 ――ORIGIN : UNIDENTIFIED


 ――STATUS : ACTIVE


 それは、まだ誰も知らない変化の始まりだった。


 遠い世界から訪れる者たち。


 交わるはずのなかった運命。


 そして、これから始まる新たな戦い。


 星々の物語は、次の舞台へと進もうとしていた。


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