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【連載完結】私が必要なのは貴方の方でしょ? でも私は帰る気はありませんから。さようなら。  作者: 逆立ちハムスター


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 燃え上がる王都。

 かつて栄華を極めたラ・ヴァリエール王国の王宮は、いまや魔物たちの饗宴の場と化していた。


「ひっ、……くるな! 来るなと言っているだろう!」


 エリオット殿下は、豪華な刺繍が施されたマントをボロボロに引きずりながら、王宮の地下通路を這い回っていた。かつてアニエスを「泥水をすするがいい」と嘲笑ったその口には、跳ね上がった泥と、恐怖によるどす黒い唾液がこびりついている。


「殿下! お待ちになって、私を置いていかないで!」


 後ろから縋り付いてくるのは、リリアだ。

 かつての「愛らしい異母妹」の面影はどこにもない。魔力不足で肌はひび割れ、自慢の桃色の髪は恐怖で振り乱され、まるで狂女のようだった。


「離せ、この疫病神め! 貴様が『聖女の力がある』などと嘘をつくから、私はアニエスを追い出す決断をしたのだ! 全ては貴様のせいだ!」


「ひどいわ! 殿下だって私の体を抱きしめて『アニエスより君の方が素晴らしい』っておっしゃったじゃないですか!」


 二人は暗い地下道で、互いの醜態を晒しながら罵り合う。

 その時、背後の扉が轟音とともに吹き飛んだ。


「ギギ……ギィ……」


 現れたのは、かつてアニエスがその身を削って抑え込んでいた、悪魔が放った魔物「ゲルトリム(結界の捕食者)」

 結界という名の檻を失った捕食者は、真っ先に「一番甘い魔力の残り香」がする二人を見つけ出したのだ。


「あ、あああ……っ! 助けて、誰か助けて! アニエス! お姉様ぁ!」


 リリアの絶叫が地下道に木霊する。

 だが、彼女たちが散々踏みにじってきた「お姉様」は、もうこの国にはいない。

 魔物の鋭い爪がエリオットの肩を裂き、彼は無様に床を転がった。


「ぐわぁぁぁ! 痛い、痛い! アニエス、癒せ! すぐに癒しに来い! これは王命だぞ!!」


 絶望の中、彼が見た幻覚。

 それは、いつも静かに微笑み、どんな無茶な要求にも「承知いたしました、エリオット殿下」と答えてくれた、都合のいい道具としてのアニエスの姿だった。

 

 しかし、現実は非情だ。

 彼が掴んだのは彼女の温かい手ではなく、魔物の冷たく湿った一部だった。


────


 同時刻、ゼニス帝国。

 私はセドリック様と共に、帝都を見下ろす高い塔のテラスにいた。

 手元の魔法具マジックアイテムの鏡には、崩壊していく王国の惨状がリアルタイムで映し出されている。


「……見るか? アニエス。望むなら、あの男が魔物に貪られる瞬間まで中継させよう」


 セドリック様が、私の腰に手を回しながら低く囁く。

 私は静かに首を振った。


「いいえ。もう、興味がありませんの。……あの方たちがどうなろうと、今の私には、今日収穫されたばかりの葡萄の甘みほどの影響もございませんわ。それに、避難してきた、善良な民達を救う未来を案じていますの」


 私は鏡から視線を外し、セドリック様の瞳をじっと見つめた。

 復讐は終わったのだ。

 彼らを「許した」のではない。私の世界から、彼らの存在が完全に「消えた」のだ。


「それよりも、セドリック様。先ほど魔導師団から報告がありました。不毛の山に芽吹いた大樹から、高密度の『マナの滴』が採取されたそうです。これを使えば、帝国の全家庭に魔動灯を普及させることが可能ですわ」


「ふ……。国一つが滅びようとしている瞬間に、民の生活基盤の話か。君は本当に、最高のパートナーだよ、アニエス」


 セドリック様は感嘆したように笑い、私の額に深い接吻を落とした。


「貴女を捨てた王国は、貴女がどれほどの『価値』そのものだったのか、地獄の業火に焼かれながら思い知るだろう。……だが、私は違う。私は貴女を、一生離さない」


「ええ。私も、ここを離れる気はございません。……だって、私が必要なのは、エリオット様ではなく……貴方なのですから」


 私が微笑むと、帝都の街々に明かりが灯り始めた。

 王国の滅亡を告げる炎とは違う、希望に満ちた帝国の光。


 翌朝。

 ラ・ヴァリエール王国は、歴史からその名を消した。

 生き残ったわずかな貴族たちが、汚物にまみれたエリオットとリリアを連れて帝国へ亡命を求めてきたが、セドリック様は一言、こう告げて追い返したという。


『我が帝国に、泥水をすする趣味はない。ゴミはゴミ箱へ、罪人は野垂れ死ぬのが道理だろう?』


 二人がその後、どの魔物の胃袋に収まったのか、あるいは平民以下の奴隷として売られたのか、知る者は誰もいない。


 私は今日も、新しいドレスを選び、愛する人と共に帝国の未来を語る。

 私を必要としなかった世界に、もう帰る場所なんて、どこにもないのだから。

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