エランカ 愛のある場所
嫁ぐ日の前日、エランカは少々疲れていた。
海の国ディルレイア、その国の王太子に正妃にと望まれて嫁ぐ事が決まって一年。エランカに仕える者やアユリカナはエランカの為に駆けずり回った。
エランカをおいて。
エランカは別に寂しい訳ではなかった。
ただ己が何もなしていないうちに婚姻の準備が滞りなく進む事に疑問を覚えただけだ。
エランカは決して口に出して言ったりはしないけれども。
そう。そこまで無分別ではなかった。皆がエランカの幸せを望み祈り祝ってくれているのに何故我儘が言えようか。
それにディルレイアの王子との婚姻はエランカが決めたもの。
父と兄を説得するのに酷く骨が折れた。
半鎖国で、女が入ったならば二度と出てこられない国、そう謳われるディルレイアに嫁げばもうメルローアに帰ってくることも出来ない。
両親や兄達と生涯の別れとなる。
しかし恋とは恐ろしいもの。
エランカは心の底から未来の夫に恋をして、愛を知った。
最終的に父と兄を黙らせたのはたった一つの言葉だ。
「恋をして嫁ぐ事、それが王族の唯一の権利で御座いましょう?」
グラウ・ファドル・ディルレイアはエランカに群がる求婚者の中で最も彼女を崇拝した。
常に真摯であり、海の色の瞳はエランカだけを追っていた。
グラウは決して饒舌ではなかった。少なくともその舌は。
だがその瞳は饒舌。どんな美辞麗句を聞いている時よりも、あの瞳が自分を見つめていると感じる時の方がエランカは幸せなのであった。
二人は自らの想いに忠実になり、結ばれた幸せな関係の筈。
なのに嫁ぐ日を前に憂鬱になってしまうのは、愛する男の手を取る為に支払う対価の大きさ故だろうか。
嗚呼、こんなにも気持ちが重たくなるのは何故かしら?
エランカは自分の心に問う。解らない。解らないけれども。
衣装室には明日の衣装やアクセサリーが所せましと並んでいる。両親はデビュタントの時で懲りたのか真珠のティアラを作ってくれた。
「眠らなくちゃ」
エランカは呟いた。だけれども、眠れそうになかった。
結局朝日を拝んだ花嫁は美しく飾りたてられた。
髪には真珠のティアラ。結ってある後ろ髪にも真珠が編み込まれている。ドレスも小粒真珠で花模様の縫い取りが施され、その上からレースが覆い被さるようあしらわれている。
化粧でくまを隠した花嫁は半ば自棄で儀式を終えた。メルローアの王位継承権を放棄し花婿と共にパレードに出、ディルレイア行きの船に乗ってようやく花嫁と花婿が喋る機会が出来た。
ゆるり、顔を見合わす。グラウが微笑んだ。
「貴女には白が似合う。私が貴女に恋したのは白薔薇の花冠を戴いて白いドレスを着ていたデビュタントの日なんだ」
エランカは思わずグラウの胸に飛び込んだ。
あんな幼い頃からずっとわたくしを?
グラウの耳が赤い。
元々、グラウはそういう甘い言葉を言える性格ではない。
だからこそ、その瞳は誰より雄弁で饒舌なそれとなったのだ。
そんなグラウのくれた言葉が嬉しくて嬉しくて。
エランカは気持ちが羽のように軽くなるのを感じた。何も恐れる事はない。
ここには愛があるのだから。




