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灼熱の昭和にデータ野球で挑む  作者: メモ帳ぱんだ
高校編

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29/75

第29話 それぞれの進路

 夏の甲子園は、正直なところ不完全燃焼だった。

 2回戦敗退。春と同じくベスト4までは狙える力があったはずだが、届かなかった。


 油断していたつもりはなかった。

 ただ、相手エースの好投に打線が完全に沈黙してしまった。

 打撃偏重の構成が裏目に出た形だ。

「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」――まさにそれ。

 トーナメントは一発勝負。打線が湿れば、どんな強豪でも沈む。


 俺自身は9打席で4安打(うち2本塁打)、四球2。

 内容としては悪くなかった。

 でも、それで勝てなければ意味はない。


 一方で、PFは春に続いて準優勝。

 毎回決勝に進んでくるあたり、やっぱり強い。

 でも、それでも優勝できないあたりに、彼らなりのジレンマもあるのだろう。


 うちの先輩たちの進路を考えると、せめてベスト8までは行っておきたかった。

 打者は成績が良く、行き先は比較的容易に決まっているようだ。特に2人にはプロから調査票も届いていたと聞いている。

 でも、投手陣は厳しい。

「甲子園に出た」だけでは、進学や就職における安定にはつながらない。

 監督もそのことをよくわかっていて、進路には頭を抱えていた。

 学生野球の監督は、ただ勝てばいいわけじゃない。

 生徒の将来に、責任を持たなければならない。


 もちろん、甲子園出場は大きな実績だ。

 大学野球は六大学や東都だけじゃない。

 関西学生野球連盟や、地方の独立リーグに近いチームもある。行き場が全くないわけじゃない。

 でも、できるだけ“良い場所”に進んでほしいと思うのが人情だ。

 大学野球で目立てば、将来の可能性も広がる。


 俺が先輩達に大学野球を薦めているのには理由がある。

 大学には、高校やプロとは違った意味があると思っている。

 彼らにリベラルアーツの世界に触れてほしいのだ。

 正直、うちの野球部にとって試験なんて形だけだ。

 野球だけしていれば、授業中に寝てても全部誰かがやってくれる。

 でも、そんな生活をしていた人間が、野球を終えたあとに何が残る?

 社会に出たとき、何を武器にして生きるのか?

 だから俺は、大学という場で“知る”ということを経験してほしいと思っている。


 今は大学野球の人気は殆どない。そして、令和の時代でもそうだった。

 六大学ですら、早慶戦を除けば観客席はスカスカだ。1番人気の早慶戦も無料の外野席は埋まるが、内野席はスカスカ。

 でも、その昔――野球といえば、大学野球だった。


 1957年秋。後にミスタープロ野球と呼ばれるスーパースターが慶應戦で放った8号本塁打。

 六大学新記録となったその一発は、満員の神宮球場をどよめかせた。

 彼こそが大学野球最後のスターだった。


 だが皮肉にも、彼の存在が大学野球に“終止符”を打つことになる。

 彼が巨人入りしてから、プロ野球はかつてないほどの人気を獲得した。

 とはいえ、それは「プロ野球」が人気になったというより、「巨人」が国民的存在になったということだ。

 この時代、プロ野球=巨人。

「プロ野球ファン」というより「巨人ファン」が圧倒的多数だった。


 令和生まれの人間にはこの感覚はピンと来ないかもしれない。

 だがこの時代、プロ野球とは“巨人”そのものだった。

 それに対抗できるのは高校野球だけ。


 それでも俺は、大学野球に送り出す意味を感じている。

 即プロよりも大学に行ったほうが絶対に彼らの人生の為になる。

 ……とはいえ、現実には高卒でプロ入りできるレベルの選手は三年生には一人もいないけど。

 調査票が届いた程度で浮かれているうちは、まだまだだ。


 ちなみに、いまは「プロ志望届」なんて仕組みはない。

 高校生は誰でも無差別に指名される。

 これって令和からすればかなり無茶苦茶なルールだと思う。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 3年生は引退して、俺たち2年がグラウンドの王になる予定だった――が、そうはならなかった。

 俺たちが国体出場校に選ばれたからだ。


 夏の甲子園出場校のうち上位10校ほどが選ばれる国体で、2回戦敗退のうちが選ばれるのは例外的だ。

 でも、まぁ一回戦で負けてても選ばれてただろうな。今年の国体は「わかくさ国体」。由来は奈良の若草山。当然、開催地は奈良県。

 つまり、大人の事情だ。奈良代表として呼ばれなきゃおかしい。ありがたく(?)出場。


 というわけで、3年生は元気に練習している。

 国体は秋季大会と被っているので、どの学校もやる気がない。だから基本、引退した3年生でチームを組む。うちも例外ではない。

 ……なぜか俺も混ざってるけどな。


 なんか、「あいつ出せ」的な圧力がどこかからあったらしい。

 まぁ奈良の国体だし、奈良県営球場も橿原、飛鳥台高校の近くだし、いいか。

 県の威信をかけた大会らしいし。

 県民としては奈良の名誉のために全力を尽くすしかないだろう。とはいえ、俺は尼崎から住民票移していないパチモノ県民だけどな。

 秋季大会の試合と被ったらそっち優先って、ちゃんと宣言してるから問題なし。


 さて、今日の練習試合は3年生メイン。

 相手は県内強豪校の五條高校だ。

 俺はベンチで観察中。いつも通り。


 3年の大迫先輩は、かつて打撃を重点的に鍛えた打撃特化三人衆の一人だ。

 甲子園で打率4割、本塁打2本のスターとなり、最近はプロから調査票まで届いた。

 今はノート片手に、相手投手の動きをメモしている。野球ノート。俺が頼んだやつ。律儀に守ってくれてる。ちょっと嬉しい。


 でも、ちょっと面白い。

 今の相手ともう試合することはないのに、真剣な顔してずっとメモ取ってる。

 宮田先輩にも野球ノートを頼んではいたが、試合中はキャプテン業務で忙しく、いつからかやめてしまった。それは仕方ない。

 俺は筋トレや打撃理論は広めたが、本当に大事な「考えること」までは根づかせられなかった気がする。


 この時代の高校野球は、「言われたことをやる」ことが当たり前だった。

 打撃理論を教えることはできた。投球の読みも伝えられた。

 でも、考える癖をつけるところまでは、まだ遠かった。


 そんな中で、大迫先輩だけが今もノートを書いている。

 彼は大学には行かず、社会人野球に進むらしい。関西の大手ガス会社に内定済み。

 社会人野球は地味だが、キャリアとしては最高峰だ。

 終身雇用が前提で、選手としての期間が終わってもクビにはならない。

 裏を返せば、企業は「一生雇うにふさわしい人材」しか取らない。

 ガス会社は試合の成績だけではなく、大迫先輩の真面目な野球に対する真摯な姿勢を見て採用してくれたんだと思う。


 彼の高打率は、スイングスピードや筋力だけの結果じゃない。

 投手の配球を読み切った成果だ。

 そのノートの1ページ1ページが、彼の武器になる。

 ガス会社は強豪チームで、周囲のレベルも高い。

 大迫先輩はきっと苦労する。でも、それを乗り越える力がある気がした。


「先輩、最後までノートを取り続けてくれてありがとうございました」


「いやいや、こちらこそ教えてくれてありがとう。半ば趣味みたいなもんやけどな。ノートとって分かったんやけど、お前の分析は一流やな。限られた対戦内容だけじゃ太刀打ちできんわ」


 そう言って先輩は、「No.4」と書かれた擦り切れたノートをパンパンと叩いた。


「でもお前の分析のありがたさが分かるようになったのも、お前に命令されて、ノートつけ始めたおかげかもな」


「先輩、応援しますね。ガス会社で偉くなったら、実家のガス料金割り引いてください」


「お前んち、前行った時に見たけどプロパンやんけ? ウチが売ってるのは都市ガスや。適当なこと言いやがって。」


 そういや、りんごを学校のバスに運ぶ時に手伝わせたな。ガスまで見ているとはすごい観察眼だ。

 俺の頭を叩いた先輩は再び、投手の観察に戻った。

 その際にボソッと一言。


「でも、応援してくれてありがとうな」


 その言葉を聞いて、このチームで甲子園で戦うことができて本当に良かったと思った。

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― 新着の感想 ―
いいエピソード。ジーンときた。3年生の最後の夏の甲子園とか熱いけどな。もう少しそういう要素あれば伸びると思う。ノンフィクションズを聴きながらハイライト聴くと感動する。
主人公が周りをいい意味で変えていっているのが素晴らしい
ん?オリンピックで活躍しそうな匂いの先輩やなあ。
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