深窓の令嬢(ウィルヘム王太子視点)
今回はウィルヘム王太子視点のお話です。
「いいか。今年の狩猟会はシャリア嬢が来るのだ。くれぐれも頼んだぞ。」
事前にそう言ってきた父は昨年と違い今年は浮き足立っている。
シャリア嬢とはフォンゼル宰相の令嬢か。
「深窓の令嬢」と社交界でも耳にしたことがある。
故フォンゼル公爵夫人によく似て綺麗な方だと。
婚約者を設けずに21歳になったのも父がそのシャリア嬢を俺にあてがいたいからだろう。
でなければとうにオルヴィ嬢と婚約しているはずだ。
そんな父に呆れもする。
いくらフォンゼル公爵の息女であっても引きこもっている令嬢などに王妃が務まるはずがない。
美貌も噂程度、そう思っていた。
―――――――
「お初にお目にかかります。私フォンゼル公爵家が息女。シャリア・フォンゼルと申します。」
目を奪われた。
緩く纏められた銀髪が輝いてなびくのは川のせせらぎの美しさ。
空色の瞳は透き通り、声までもが凛としてよく彼女に似合っていた。
最高礼は今まで何度も見てきた。
自国の貴族から他国の王族まで。
それなのに彼女は全く違う。
流れる手足の動作全てが洗練され気品を纏っている。
頭を上げて早くその瞳に映して欲しいとさえ思う程に―――。
そんな俺を脇目にノルアが分かりやすくシャリア嬢を口説こうとする。
普通の令嬢は頬を染めるものだがそれをさらりと受け流した彼女は高嶺の花に思える。
彼女の視線と交わった時、息が止まる。
その瞳から逸らすことが出来なかった。
俺に何も言うことはないと言った彼女に言葉を返せず、父達が笑っていることも気にも留められない程に彼女の瞳に呑まれた。
「どうだシャリア嬢は?」
フォンゼル公爵と話している彼女は娘としての表情を見せている。
気品さを纏っている彼女のそのような表情に周りの子息らも見とれていた。
「特に。」
「そうか?」
「父上。」
「引きこもっていた時でさえシャリア嬢を狙う者は多かったのだ。こうして公の場に出た今、どうなるか分かるだろう?」
「それはそうですが。」
「フォンゼル公爵は長年お前の婚約者にすることを拒絶してきている。私は彼の信頼を失いたくないのでな、力づくで奪うことは出来ない。」
父は俺の肩に手を置いて声を潜める。
「他国の王子に見初められてもおかしくないぞ。」
確かに彼女ならあり得る。
王女と並んでも遜色ないどころか彼女こそ王女であると思わせる風格。
(この国から拐われるというのは損失かもしれないな。)
狩猟中にも関わらず、脳内にはグラオ達と戯れるシャリア嬢の笑みが焼き付いたままであった。
(名残惜しく感じて呼び止めてしまうなど……。)
グラオ達を想う慈しむような笑み、触れる美しい手。
あのような方がどうして今まで引きこもっていたのだろうか。
ふと弟の「私が仕留めますから。」という言葉を思い出し銃を握り締める。
「グラオ、獲物は必ず仕留めるぞ。」
俺の声にグラオは一吠えした。
・・・
「お兄様。シャリア様が一人で森へ入ってしまわれました。」
一足先に狩猟から戻った俺にフィオネが静かに話し掛けてきた。
その事態にしては普段通り婦女子はお茶をしつつ話に花を咲かせている。
「どれぐらい経つ?」
「10分程です。本当は騎士達に捜しに行かせるべきですが、そうしてしまうと、、、。」
「騒ぎが大きくなるな。」
「、、、はい。」
あの風格のあるシャリア嬢が無謀な行動をするとは思えない。
何か理由があるのか。
「シャリア嬢に異変はあったか?」
時系列を辿る妹はあっと声を出した。
「セシリア王女のドレスのお話になった際に突然立ち上がられ。そこで馬の嘶きがして事態を収めるために席を外されました。」
セシリア王女の話題で取り乱した?
それとも嘶きの前に馬の様子に気付いたから立ち上がったのか。
原因は分からないが、早くシャリア嬢を見つけ出すのが先決だ。
「父が戻るまでは何もするな。その間私が捜しに行く。」
「お兄様自ら行けば返って大事になります。」
「グラオはシャリア嬢の匂いを覚えているから適任だ。」
「、、、分かりました。」
「くれぐれも頼んだぞ。」
フィオネに大事にならないようにと念押しし、側近に小声で囁く。
「暫く一人にしてくれ。」
「それは出来ません。」
「暫くだ。グラオの鼻を頼るには一人の方がいい。」
「、、、殿下。ほんの少しの間ですよ。」
「ああ。」
グラオに指示を出すと森へ駆けていく。
その後ろをリゲルに乗って追いかける。
(この先は確か泉では。)
木々の開けた先には水面の煌めきに包まれた空間があった。
ガゼボに繋がれた白馬はじっと何かを見ている。
その視線の先には銀髪がなびいていた。
泉を眺めている儚い女性。
この空間だけ秒針が止まっている、そんな不思議な感覚に陥る。
泉を眼に映す彼女はここに存在しているのだろうかと目を凝らす。
彼女の口が何かを紡いで立ち上がった。
泉に引き寄せられるように水面の前で立ち止まると身を屈め、水面に沈んでいく、、、ように思い咄嗟に身体が動いていた。
「何をしている!」
思わず触れてしまった彼女の香りに包まれ、腕に力が入る。
彼女が体重移動をしたことで何か抵抗しようとしているのに気付いた。
「シャリア嬢。暴れられると貴女を濡らすことになる。」
「、、ウィルヘム殿下。」
恐る恐る振り返った目には怯えの色が見えた。
(しまった。)
すぐに彼女から離れる。
彼女は泉に向いたまま解放された自分の身体に腕を回し、ドレスを握り締めた。
無理もない。
突然後ろから男に拘束されれば恐怖するはずだ。
謝罪を口にして膝をつき、彼女が振り向くのを待って再度謝る。
「突然のご無礼であったこと、怖い思いをさせてしまったこと、重ねてお詫びする。」
降ってこない返事に面を上げると彼女は俺を見ていた。
いや、俺に何かを重ねて見ていた。
空色の瞳は濡れたように濃い色へと変わっている。
「シャリア嬢?」
声をかけても未だに何かを見る瞳は変わらない。
それがどうも許しがたい。
あの美しい手をとると手袋越しに彼女の温もりが伝わり、滑らかであろう甲を一撫でする。
「私を見てはくれないか。」
やっと彼女の空色の瞳が俺を見る。
このまま俺を見ていて欲しいなどと身勝手な欲が生まれた。
風に揺らめいている髪が彼女の心を表現しているように感じる。
すっと立ち上がりおもむろに手袋を外す。
彼女の瞳に問うが拒絶はされない。
なんて俺は卑怯だろう。
彼女が困惑していると分かっていながら伸ばした手を戻すことは出来ない。
「貴女が先に私を捕らえたのだ。」
そう、初めて目が合った時すでに。
髪を一房手にする。
「シャリア嬢。」
空色の瞳が僅かに揺れると、閉ざされていた口が動いた。
「、、、、ェ。」
聞き取れたのは最後だけ。
それだけで彼女の琴線に触れたことを知る。
誰かの名を口にした彼女は俺にその誰かを重ねていたのだ。
泉を見つめていた時も想いを馳せていたに違いない。
遠くで聞こえた俺を呼ぶ声に時間が来たことを知るが、この髪を手放せないでいる。
絹のような肌触りの銀髪を指の間に滑らせる。
「、、、もうお止めになってください。」
弟の口説きを受け流した彼女が、俺の指に絡んだ髪に恥じらいを覚えた様子に欲を掻き立てられる。
(貴女の想う誰かを忘れるぐらい俺を見ればいい。)
髪を手放して口角を上げる。
髪へ触れていた手に残る感触に口付ければ、彼女は息を呑んだ。
「からかわないでください。」
「こうでもしないと貴女は私を見てはくれないだろう?」
彼女がやっと拒絶を口にしたのを聞いた後、ふと泉に意識がいきその前へと行く。
「身分は違えど所詮私達はお家のための駒。」
彼女は誰かを想ってずっと表に現れなかったのだろうな。
身分のある者には政略結婚という運命がつきものだ。
彼女自身、婚約から逃げるにはそれが最善であると考え、、、。
「虚しいか?」
その彼女が名家の揃うこの狩猟会に出たということは心境の変化があったということだ。
運命を受け入れたのか、または――。
婚約話が舞い込むと分かっていながら出席し、このような行動をした。
これぐらいのことでフォンゼル公爵家との縁続きを狙う名家は諦めはしないだろうが。
(ああ、そうか。)
完璧な淑女を求められる王太子の婚約者なら話は違うだろう。
(「フォンゼル公爵は婚約を拒絶してきた。」)
父の言っていた言葉を思い出す。
駒として国王が望んでいるのはシャリア・フォンゼル公爵令嬢との婚姻だ。
「殿下。私は殿下を見ることはございません。」
今さら抵抗しても遅い、シャリア嬢。
俺の言動は駒としてではない。
「ああ。貴女の心には誰かが居座っているからな。」
空色の瞳には誰を映している?




