第二話 戸惑いと苛立ち
イライラする
何故こんなに感情的になってしまうのだろうか
俺はこんな奴じゃない
ただ一発やって終わるだけだったはずだ
何もかもが予定通りに行かない
こいつは一体何なんだ
遡る事一時間前
待ち合わせ場所の酒場に
予定の五分前に着いた
そいつはカウンターに座っている
後ろ姿だけでもそいつだと分かった
昨日から俺はどこかおかしい
ただの客だ、そう客だ
そう言い聞かせても
高鳴る鼓動は止むことは無く
冷静を装いながら隣に腰を掛けた
「おはよう、じゃあ行こうか」
俺は頷いて立ち上がった
そいつは裏路地を抜けて
高級な車だと分かる車の前で立ち止まった
「乗って」
ドアを開けられ言われるがままに乗り込む
そいつも後部座席に乗ると運転手が車を走らせた
貴族か何かなのだろう
そう言う客も多い
行き先は決まって居るらしい
隣に座り身体が触れてしまいそうな距離に
そいつが居るだけで手は汗に滲み
頬はきっと僅かに紅潮しているだろう
鼓動も鳴り止まない
車が止まった
外を見ればこの国一番の高級ホテルの前だった
どういうつもりだ?
俺を抱くのか俺が抱くのかは知らないが
やるだけなら
安いホテルで充分だろうに
今迄の奴はそうだった
極たまに俺に本気になった奴は
スイートルームでやったりしたけど
エレベーターに乗り込む
どうやら行き先は最上階のスイートルームらしい
俺にこんなに金を使うなんて
物好きな奴だ
そう思いながら
俺は部屋の中へと入るなり
そいつを壁に押し付けた
少しばかり俺より背が高いそいつを見上げると
「あんた、ネコ?タチ?」
そいつは僅かに口角を上げ
美しい微笑を浮かべ喉奥を鳴らした
「まあ、そう焦るな。確かウイスキーが好きだったよな」
そう言うと俺の腰を抱きながら
部屋の奥へと
高級そうなソファに座らされ
ウイスキーのロックを用意された
そいつは赤ワインを手に
俺の隣へと座ると
「君との出逢いに、乾杯」
吐き気がする程の甘い声で
優しく微笑みながら俺を見る
頭がおかしくなりそうだ
そいつは俺に一切触れて来ない
さっき腰を抱いたくらいだ
酒を飲みながら
くだらない質問をしてくる
好きな物は何か
好きな事は何か
食べ物は何が好きか
好みのタイプ
本当にどうでも良い事ばかり
我慢の限界だった
テーブルを叩き付け立ち上がる
「お前俺を買ったなら抱けよ。それとも俺が抱くか?一体何がしたいんだよ」
もう、頭の中はぐちゃぐちゃで
恥ずかしくてそいつの顔は見れないし
心臓は高鳴りっぱなしだ
手に汗を握ってる
自分が自分じゃ無くなりそうで
そう、怖くなった
「俺はもう帰る、金は要らない」
それだけ言い残し立ち去ろうとすると
腕を引かれそいつに抱き締められたのだと
理解するのに時間が掛かった
理解すると同時に
かっと、一気に身体が熱く火照った
振りほどきたいのに
何故か俺はそいつの腕の中で固まっていて
「帰るなんて言うな。今日はお前は俺のだ」
甘く低い優しい声
それは反則だろう




