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滌葬草子  作者: 相宮祐紀
〈四〉 葬宮
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四十  武人





  **  **




 きれいなおわりになると思った。おわらなくともよいと知っていて、それでも、おわらせるつもりだった。あまりにも情けない生だから。

 たおやかで少し青っぽい、香りがそっと鼻をかすめる。おなじ香りに、誘われたような楽しげに軽いさえずりを聞く。ふわりあたたかく、やわらかい。けれども、少しだけ硬い。花のかぐわしさに泥の深さが、混じる。さえずりに鼓動が絡み、頬には濡れてぬるい肌ざわり。近い。とても、近くにいる。ふれあっている。包み込まれて、抱きしめられたままでいる。

 竟子(さかいこ)は、ゆっくりと目を開けた。木の葉を透かした青い光が、目の前いっぱいに満ちてあふれて、すうと落ち着いていったあと。見慣れた小袖の宍色(ししいろ)を見る。頬にふれていた胸から肩、首筋、閉じたままのまぶたと、長い睫毛と乱れた髪と、背に回された腕を見る。ぜんぶ、ぐちゃぐちゃの泥まみれ。竟子の身体もそれはおなじで、じわりと、肌まで染みてきそうだ。

 竟子は知らず手を伸ばし、この身を抱えて離さなかった、そのひとの首筋にふれていた。はじめて会ったときのこと、(わざわい)をすすぎきろうとすると、このひとはここを押さえ悶えた。雨の夜、ここに手をあてがった。解き放たれることができない。どうしてなのかはわからない。今度も、苦しかっただろうに、この身を抱えて、離さなかった。

 静かなおもてを見つめていると、ふいに、睫毛がわずかゆらいで。まぶたの下の目が動く。どうしようと、思う間もなく、その目がはらりとひらかれる。

 まなざしが、結び合ったとたんに。獣によく似た孤独が潤んでゆるんで、ふわ、とやわらいで。竟子はその胸に顔をうずめた。足りずにさらに身を寄せた。そのまま、もうすこしだけ、いますこしだけと、ちいさくねがう。すると、おそれをこらえるように、ゆるやかに(いまし)めるように。腕に力がこめられた。

(みこと)(まにま)に。竟子さま────」

 ゆきだと、露をこぼし思った。とけゆくかそけき光はやわく、ふるえるほどに、あたたかかった。





  **  **





 くたびれてしまった宮を抱えて、マガネは鬱蒼とした(もり)を出た。草が伸び生えほうだいの中、根もとに(うろ)を持つ巨樹が、素知らぬようすでそびえ立っていた。宮を抱いたまま気絶していた不届者で端者(はもの)の男は、御佩(みはかし)の仲間がちゃんと背負って、きちんと杜の外へ出した。そのあと、御佩が宮を連れ、都の(みかど)のもとへもどった。

 宮は、土の下に埋まることはなかった。禍だけがおとされ埋まり、滌宮(すすぎのみや)はすくいあげられた。滌宮の旅のおわりは、じつのところそういうものである。御佩はそのことを知っている。滌宮も知っている。それを知らずに埋まると思って、それがつとめなのだと信じて、それでも追いつく男は愚かだ。

 「滌宮」は己を縛り、禍をすすぎ、そしてほうむる。それがつとめと言われ続ける。己に言い聞かせ続ける。険しい世の中を旅しつつ、禍の重みに耐えるたび、生きる気力が削られていく。禍が土に埋まってしまい、すべてがおわったそのあとは、その後の生を選び取ることがとても難しくなっている。禍と心中するようなもの。そのようなことが幾度も続くと、定めのようにも思えてしまう。だから宮は、あの男に、禍もろとも埋まると言った。

 宮は、あの男が追いついてきたら、ぎりぎりまですすぐことにしていた。死ぬ寸前まで禍をすすぎ、気を失わせてしまうのだ。そしてあの穴から出されたあと、男が気絶しているあいだにすがたをくらませようとした。

 けれども、宮はそうしなかった。宮は生を選ぶことにした。そうさせたのはあの男。禍が尽きかけて気を失っても、宮を守るように抱え込み、離そうとしなかったあの男。宮がいたたまれないと言うので、とりあえず別れることになったが。男もおなじ気分らしかった。

 そのあと、男は宮に会いにこず、褒美をもらいにくることもなく、あるひとの家来となり武人となった。男とおない年の(あるじ)は周辺の国を併呑し、近頃天下に名を馳せている。このたび、都へのぼる主に、男もついてくるらしかった。

「宮さま。そろそろ行列が大路(おおじ)を通るということですが」

 黒木賊(くろとくさ)(かさね)をまとったマガネは、御簾(みす)の向こう側にいる宮に、(ひさし)からそっとことばをかけた。しゃらり、(きぬ)()れの音が聞こえて、宮が膝を寄せてきたのがわかる。噛んで含めるように言う。

「マガネ。行かぬと申しました」

「そんなこと、おっしゃって、宮さま」

「そのような行列を見たとして、得をすることはありません」

「ありませんか、そうですか」

 マガネはふうとため息をついた。真杭(まくい)又二郎(またじろう)明政(あきまさ)が、このたび都にのぼってくるとの知らせを聞いたときからずっと、宮はこのような調子だった。マガネはさらに御簾へ近づき、声を大きくして言ってみる。

「真杭又二郎の家来衆には、よい男がいるということですが?」

「それは、幾度も聞きました」

「はあ、そうでございましたか? マガネは忘れてしまいましたから、もういちど申しあげますね……、酒井(さかい)朔之介(さくのすけ)という男です……。腕が立ちまた気配りができ、なおかつかなりの美丈夫だそう……さきの(いくさ)では名のある将を討ち取り、またもや出世したのだとか……」

「その名、わたくしは気に入りません」

「なにゆえ?」

「気に入らないのです。そもそも……洒落のつもりでしょうか」

 なにか拗ねたような言いぶりに、マガネは思わずふきだした。御簾が涼やかな風にゆれている。なにがおかしいと声を尖らせ、宮はちいさくため息をついた。青い憂いが含まれている。

「それに……、サクがふたりもいると、わけがわからなくなってしまいます」

「ええ、そうですね。そうですけれど、ちいさいほうは名を変えておらぬと。酒井のほうも、もとの名がそれで……」

 ひら、と下から御簾がめくれる。淡青(うすあお)濃青(こあお)とをかさねた、萌えいずる草の色目がのぞく。

「もうよい。さがりなさい、マガネ」

 宮にぴしゃりと追い払われた。おそろしい、とマガネはわざとふるえて、宮の御前を辞することにした。

「命の随に、それでは。宮さま」

 マガネは半分笑って告げて、廂から下の庭におり立つ。宮とともに手入れしている庭は、みずみずしい草花があふれて、まばゆい。

 垣には、葉を広げる朝顔(あさがお)が伝い、前栽(せんざい)には濃紫(こむらさき)の鮮やかな、菖蒲(あやめ)が凛と咲いている。つやつやと葉を光らせるのは、御簾をあげればすぐ見える場所に植え込んである梔子(くちなし)だ。白い風車(かざぐるま)のかたちの花が、あまやかな香りを漂わせている。その中、灰の石と苔むした岩がどっしりと腰を据えていた。まわりには名の知れぬ草たちが、みずみずしく背を伸ばしている。

 多くのいのちを育みながら、都の隅にたたずむ屋敷。おもに滌葬(すすぎはぶり)に出かける宮は、あいまにはここで過ごしている。おおよその場所を知らせたのだが、果たして訪ねてくるのだろうか、いや、訪ねてこずいられるか。男のゆらいだ目を思い出し、マガネはちいさくため息をつく。青々()うる草の中では、宮が拾ってだいじにしている子犬が、のんきに眠っている。





 結

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