四十 武人
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きれいなおわりになると思った。おわらなくともよいと知っていて、それでも、おわらせるつもりだった。あまりにも情けない生だから。
たおやかで少し青っぽい、香りがそっと鼻をかすめる。おなじ香りに、誘われたような楽しげに軽いさえずりを聞く。ふわりあたたかく、やわらかい。けれども、少しだけ硬い。花のかぐわしさに泥の深さが、混じる。さえずりに鼓動が絡み、頬には濡れてぬるい肌ざわり。近い。とても、近くにいる。ふれあっている。包み込まれて、抱きしめられたままでいる。
竟子は、ゆっくりと目を開けた。木の葉を透かした青い光が、目の前いっぱいに満ちてあふれて、すうと落ち着いていったあと。見慣れた小袖の宍色を見る。頬にふれていた胸から肩、首筋、閉じたままのまぶたと、長い睫毛と乱れた髪と、背に回された腕を見る。ぜんぶ、ぐちゃぐちゃの泥まみれ。竟子の身体もそれはおなじで、じわりと、肌まで染みてきそうだ。
竟子は知らず手を伸ばし、この身を抱えて離さなかった、そのひとの首筋にふれていた。はじめて会ったときのこと、禍をすすぎきろうとすると、このひとはここを押さえ悶えた。雨の夜、ここに手をあてがった。解き放たれることができない。どうしてなのかはわからない。今度も、苦しかっただろうに、この身を抱えて、離さなかった。
静かなおもてを見つめていると、ふいに、睫毛がわずかゆらいで。まぶたの下の目が動く。どうしようと、思う間もなく、その目がはらりとひらかれる。
まなざしが、結び合ったとたんに。獣によく似た孤独が潤んでゆるんで、ふわ、とやわらいで。竟子はその胸に顔をうずめた。足りずにさらに身を寄せた。そのまま、もうすこしだけ、いますこしだけと、ちいさくねがう。すると、おそれをこらえるように、ゆるやかに縛めるように。腕に力がこめられた。
「命の随に。竟子さま────」
ゆきだと、露をこぼし思った。とけゆくかそけき光はやわく、ふるえるほどに、あたたかかった。
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くたびれてしまった宮を抱えて、マガネは鬱蒼とした杜を出た。草が伸び生えほうだいの中、根もとに洞を持つ巨樹が、素知らぬようすでそびえ立っていた。宮を抱いたまま気絶していた不届者で端者の男は、御佩の仲間がちゃんと背負って、きちんと杜の外へ出した。そのあと、御佩が宮を連れ、都の帝のもとへもどった。
宮は、土の下に埋まることはなかった。禍だけがおとされ埋まり、滌宮はすくいあげられた。滌宮の旅のおわりは、じつのところそういうものである。御佩はそのことを知っている。滌宮も知っている。それを知らずに埋まると思って、それがつとめなのだと信じて、それでも追いつく男は愚かだ。
「滌宮」は己を縛り、禍をすすぎ、そしてほうむる。それがつとめと言われ続ける。己に言い聞かせ続ける。険しい世の中を旅しつつ、禍の重みに耐えるたび、生きる気力が削られていく。禍が土に埋まってしまい、すべてがおわったそのあとは、その後の生を選び取ることがとても難しくなっている。禍と心中するようなもの。そのようなことが幾度も続くと、定めのようにも思えてしまう。だから宮は、あの男に、禍もろとも埋まると言った。
宮は、あの男が追いついてきたら、ぎりぎりまですすぐことにしていた。死ぬ寸前まで禍をすすぎ、気を失わせてしまうのだ。そしてあの穴から出されたあと、男が気絶しているあいだにすがたをくらませようとした。
けれども、宮はそうしなかった。宮は生を選ぶことにした。そうさせたのはあの男。禍が尽きかけて気を失っても、宮を守るように抱え込み、離そうとしなかったあの男。宮がいたたまれないと言うので、とりあえず別れることになったが。男もおなじ気分らしかった。
そのあと、男は宮に会いにこず、褒美をもらいにくることもなく、あるひとの家来となり武人となった。男とおない年の主は周辺の国を併呑し、近頃天下に名を馳せている。このたび、都へのぼる主に、男もついてくるらしかった。
「宮さま。そろそろ行列が大路を通るということですが」
黒木賊の襲をまとったマガネは、御簾の向こう側にいる宮に、廂からそっとことばをかけた。しゃらり、衣擦れの音が聞こえて、宮が膝を寄せてきたのがわかる。噛んで含めるように言う。
「マガネ。行かぬと申しました」
「そんなこと、おっしゃって、宮さま」
「そのような行列を見たとして、得をすることはありません」
「ありませんか、そうですか」
マガネはふうとため息をついた。真杭又二郎明政が、このたび都にのぼってくるとの知らせを聞いたときからずっと、宮はこのような調子だった。マガネはさらに御簾へ近づき、声を大きくして言ってみる。
「真杭又二郎の家来衆には、よい男がいるということですが?」
「それは、幾度も聞きました」
「はあ、そうでございましたか? マガネは忘れてしまいましたから、もういちど申しあげますね……、酒井朔之介という男です……。腕が立ちまた気配りができ、なおかつかなりの美丈夫だそう……さきの戦では名のある将を討ち取り、またもや出世したのだとか……」
「その名、わたくしは気に入りません」
「なにゆえ?」
「気に入らないのです。そもそも……洒落のつもりでしょうか」
なにか拗ねたような言いぶりに、マガネは思わずふきだした。御簾が涼やかな風にゆれている。なにがおかしいと声を尖らせ、宮はちいさくため息をついた。青い憂いが含まれている。
「それに……、サクがふたりもいると、わけがわからなくなってしまいます」
「ええ、そうですね。そうですけれど、ちいさいほうは名を変えておらぬと。酒井のほうも、もとの名がそれで……」
ひら、と下から御簾がめくれる。淡青と濃青とをかさねた、萌えいずる草の色目がのぞく。
「もうよい。さがりなさい、マガネ」
宮にぴしゃりと追い払われた。おそろしい、とマガネはわざとふるえて、宮の御前を辞することにした。
「命の随に、それでは。宮さま」
マガネは半分笑って告げて、廂から下の庭におり立つ。宮とともに手入れしている庭は、みずみずしい草花があふれて、まばゆい。
垣には、葉を広げる朝顔が伝い、前栽には濃紫の鮮やかな、菖蒲が凛と咲いている。つやつやと葉を光らせるのは、御簾をあげればすぐ見える場所に植え込んである梔子だ。白い風車のかたちの花が、あまやかな香りを漂わせている。その中、灰の石と苔むした岩がどっしりと腰を据えていた。まわりには名の知れぬ草たちが、みずみずしく背を伸ばしている。
多くのいのちを育みながら、都の隅にたたずむ屋敷。おもに滌葬に出かける宮は、あいまにはここで過ごしている。おおよその場所を知らせたのだが、果たして訪ねてくるのだろうか、いや、訪ねてこずいられるか。男のゆらいだ目を思い出し、マガネはちいさくため息をつく。青々生うる草の中では、宮が拾ってだいじにしている子犬が、のんきに眠っている。
結




