その10 犬狛国宮殿横の塔
ベランダから落ちたコブタエとシロネは、大木の枝でバウンドした後、宮殿横にある塔の屋根に落ちていった。
すんでのところで、クルリと回転し、着地するシロネ。コブタエも、ふわりと屋根に降りる。
「危ねーだろ!」
シロネが怒鳴るが、コブタエはまったく意に介していない。
「こういう塔、監禁に使われそうです。クロネくんもいるかもしれません」
「まあ、一理あるよな、だがそういう…」
シロネの話を、それこそまったく意に介さず、コブタエは塔の三角錐状の屋根を思い切り拳で殴った。
唖然とするシロネの前で大きな穴が開く。
「ふう」額の汗を拭うコブタエ。
「人んちの屋根壊すなよ!」
「まずは中を探しましょう」
開いた穴の中へと飛び降りるコブタエ。
「ちょ、待てよ!」シロネも後に続く。
「はっ!」
5メートルほど下の床へと、着地のポーズを決めるコブタエ。
「10・0」
満足げにうなづいたコブタエ。シロネのほうをドヤ顔で振り向く。
「そーゆーの、いらねーから!!」
「まったく、もう」
不満げなコブタエ、着地した部屋の中をぐるりと見回す。中央には大きな金庫が置かれている。そこにずかずかと近づくコブタエ。
「何が入ってるんでしょう?」
シロネが呆れた様子で言う。
「何って、大事な物に決まって……」
いきなり金庫をガンガン殴るコブタエ。金庫が倒れ、ドアが壊れて開く。
「おい! 人んちの金庫壊すな!」
「あら、何かあります」
中にあったものをむんずとつかんで取り出すコブタエ。不思議そうにそれを見回す。
「これが〝ダイヤモンドツナ〟なんですか?」
「知るかよ」
「知るかよって…」
シロネが眉間にしわを寄せて言う。
「何代も前に交換してんだ。実物見たことなんかねーよ!」
「そうなんですか…」
シロネがコブタエから缶詰を奪い取り、その匂いを嗅ぐ。
「うーん、匂いは普通のツナ缶だな」
その時、ドアの向こうに足音がした。
「入って!」
急いでシロネを自分のローブの中に投げ入れ、ドアが開いた時に影になる位置に走るコブタエ。
ドアを開き、入ってきたのはフントだった。コブタエの声に反応したのか、犬の嗅覚が反応したのか、部屋に入るなり、鋭い声で叫ぶ。
「誰かいるのか!」
ドアの裏側で、コブタエがローブの中のシロネにささやく。「今日一番のピンチですね」
だが、入ってきたフントの目に留まったのは、扉の開いた金庫だった。慌てて駆け寄るフント。
「まさかあの缶を……」
フントが警戒しながら、鼻を鳴らす。
焦ったシロネがコブタエにローブの中からささやく。
「おい、金平糖を使え!」
慌てる様子もなく淡々と答えるコブタエ。
「ここは強行突破でしょう」
「え? えーっ?」
ドアの裏から飛び出したコブタエに横から体当たりされたフントが驚いて叫ぶ。
「うわっ」
体のバランスを崩した拍子に左手でコブタエのローブをつかむフント。
ローブの中から顔を出したシロネが、フントの手に缶詰を投げつけた。
「痛っ!」
「今です!」部屋から走り出るコブタエ。
シロネは、コブタエのローブの内側で、脚の横に位置して並走する。
立ち上がったフントが大声で叫ぶ。
「誰か! 誰かおらぬか! 侵入者だ!」
その声に反応した犬兵たちが向かってくる声がする。
「侵入者だぞ! 皆、こっちだ!」
シロネが苦々しそうに言う。
「犬ども、仕事早いな」
「仕方ないですねえ…」
ベレー帽から金平糖を一粒取り、右手で高く掲げるコブタエ。
「ピンチをピンチに!」
そのまましばらく走るコブタエとシロネ。
追手の声がどんどん近づいてくる。
「おい。何も起こんねーじゃないか!」
「おかしいですねえ」
「何とかしろよ! 誰のせいでこんなピンチになったと思ってんだよ!」
二人が通路の角を曲がった直後、ボンと音がして、シロネの背中に餅が乗っていた。
「何か起こったようです」
「おまえが餅に変身してどーすんだよっ!」
「とりあえず走って!」どこが口だかわからない、餅体のコブタエが叫んだ。
「言われなくても走ってるよ!」
精一杯走るシロネ。通路の次の角を曲がったところで、今度はシロネが人間体になっていた。服装はシンケイと同じ黒の革の上下だ。
「何じゃこりゃ!」
そして、餅になったコブタエはシロネの掌に乗っていた。
角を曲がって来た犬兵が、シロネの姿を見つける。
“やばい!”
犬兵は、いつの間にかシロネの胸に付いていた見学バッジに目を止め、聞く。
「あ…見学の方ですね」
「は、はい」
「こちらに白い服の女が来ませんでしたか?」
「えーと、さっきあちらに……」先にある階段を指さすシロネ。
「おい、あっちだ!」犬兵が後ろの犬兵集団に叫ぶ。
一斉に階段のほうへ駆けて行く犬兵たち。
その反対方向へ猛スピードで走り出すシロネ。
「ふう。ピンチ回避です」コブタエ(餅)が言う
「この後、どーすんだよ」
「うーん。困りました。この形だと金平糖が使えません」
「それだと、ピンチが大ピンチじゃねーかよ!」
走り続けるシロネの足元横に、ふわりと銀色の毛玉が現れた。毛玉は次の瞬間、銀髪の青年の姿に変わった。
「シロネさま、こちらへ!」シロネの腕を取り、角を曲がる青年。
「スパじゃないか!」
「この先の地下室に森への通路がございます」
「わかった。ところでクロネは?」
「ここにはお姿が見えません」
「そうか。城も、城に続くこの塔にもクロネの匂いが全くないんだ…」
「最初から別の場所にいる可能性もございます。私はこのまま調査を続けますので。では」
スパは、通路の壁にかかっている肖像画をずらすと、その後ろの穴へと消えていった。
「あの方は忍者ですか?」コブタエ(餅)が尋ねる。
「ああ。俺の密偵、スパだ。長年仕える信頼のおける部下だよ」
「カッコイイですねえ」
「まあな」
「あの、それで、この後、神社まで送ってもらいたいんですが」
眉間にしわを寄せ、餅を両手でぎゅっと押すシロネ。
「イタい! イタいです!」
「金の極楽ササミ缶5個で手を打ってやる」
シロネは目の前のドアを開け、地下への階段を駆け下りた。




