義務と覚悟
年末年始多忙で更新速度落としました。
すみません!この分だと報復まではまだまだかかりそうですね…頑張ります。まだ更新不定期ではありますが、生暖かくでも見守っていただければ幸いです。
それにしても今回更新分は各々の苦悩みたいになってますね笑
そう簡単には溝は埋まらないです
「今日治療を受けて回復した者のうち再び倒れた者は極僅かな割合でした。
そして不可解なことに再び倒れたのは皆“特に重篤な症状が出ていた者”でしたが、再発していない者もそれなりの割合でいます。
元々今回の病は、症状の重さには個人差が大きいようでしたから当然と言えば確かにそうですが、重篤患者の中でも差があるとなると腑におちません」
執務室に戻ったシュレーは厳しい面差しで調査結果を述べた。
再発の確率が高く、事態はそう簡単に収束とはいかないと考えているようだ。
あの後すぐにアレクシスは王宮の執務室に戻ったが、シュレーは再発した患者の把握と調査に、ルディアナとリヴェーダはその再治療に向かった。
アレクシスが懸念していた王宮内では、復帰した兵士や女官たちも多くいたが調査の結果ひとりも再発者はいなかった。
しかし、戻ったシュレーの報告は王宮とは異なった。
再発した者とそうでない者がいるのは何故か、焦点はそこだ。
「そうか、他には?」
「いえ、今のところ分かっていることはこれだけです。
それにこれ以上僕に出来ることはありませんので、後は治療にあたっているルディとリヴェーダを待つのが最善でしょう。
こんなこと言いたくはありませんが…治療には意味があるのでしょうか、兄上」
言いながらシュレーの眉がきゅっと寄せられた。
治療に意味がない、それは打つ手がないのと同義だ。
ただ、アレクシスにとってそれは想定内だった。
それに再発した、という状況でしか分からないこともあるのだ。
既に分かっていることでいえば、症状が重かった者ほど再発の可能性が高いこともそのひとつだ。
口許に微かに笑みを浮かべる。
「意味はあるさ。
そこでシュレー、ある調査を頼みたい」
「調査?
…ええ、喜んで。ですが、何を調べろと?」
一拍おいて内容を告げれば、灰色がかった蒼い瞳が見開かれた。まさか、と小さく呟いた声は震えていた。年のわりに聡い弟は一言で考えていることを理解してくれたらしい。
「すぐに、調べます」
「それと」
さっと踵をかえしたシュレーを呼び止めた。
振り向いたまだ幼さの残る顔に少し罪悪感を覚えたが、即座に振り払った。
国のため民のためになるならば、個人である自分を殺し冷酷にならねばならない。
「もしもの時彼女に情をかけるな」
「それは…疑えということですか」
「違う。スパイだろうがそうでなかろうが関係なく、ただのいち駒として扱うようにと言ったんだ」
「…民のためになることならばルディを捨てろ、ですね」
随分シュレーは彼女を気に入ったらしい。あくまで冷静な声に圧し殺した怒りを感じてため息をついた。
「そのために連れてきた駒だ。治療など建前にすぎない」
「…最初から騙していたんですね。
兄上、いくら敵国の民とはいえ――」
「黙れ。さっき治療に意味があると言ったが、このままいたちごっこの治療を繰り返すとは言ってない。
根本的な解決策を講じないかぎりこの病は収束しないことは、お前が一番分かってるはずだ」
シュレーが唇を噛んだのは図星だったからだろう。
「…わかりました。なにかあれば、病の収束を優先させます」
告げられた言葉にアレクシスは頷いて見せた。
「それだけだ。呼び止めて悪かったな」
「…いえ、王族たる者民を一番に考えねばならない。それは僕の義務ですから」
今度こそシュレーが部屋を出たのを見届けて、アレクシスは深いため息をついた。幼い弟になんて残酷なことを言ったのだろうか。シュレーだけじゃない、リヴェーダにも最初から全て話しておくべきだった。これでは彼女に対しても誠実であろうとした二人には騙し討ちもいいところだ。己の不甲斐なさに吐き気がした。
シュレーやリヴェーダにはじめからそう伝えなかったのは、連れてきた女神を罪悪感なく手駒として使えると思っていたからだ。敵国から上手いこと拐かしてきた忌むべき女、どうせろくでもない人間だろう、そう思っていたのだ。どうせならその方が良かったと思うのは自分の甘えであることも重々承知している。イヴェニアの者だから、それが理由にならないことに初めて気付いた。
「…いや、二人に“汚い人間”だと思われたくなかったのか。
結果として、罪のない者を手駒として使う汚い人間に成り下がったのだから笑えるな」
彼女もまた、自分達と同じあの国の被害者であったのだから。
早期解決出来るのなら、あの国の汚い人間ひとり犠牲にしてもいいだなんて。
一番醜いのは、汚いのは自分だ。
「…今更何を考えているんだ、私は」
目を閉じて深呼吸をして、頭のなかで己に言い聞かせるように念じた。
冷酷になれ。
個人の情は捨てろ。
民のために、どんなに汚い人間にもなれ。
優しい人間などすぐに汚い人間に潰されてしまうんだ。
「父上と母上のようになりたくなければ、そうある他ないんだ」
暫くそうしていたアレクシスが、瞼をあげると感情のない冷たい瞳が姿を現した。国を守るためなら、鬼にだってなるしかないのだ。
―――――――――――――
「…これで最後の患者さんだったかしら」
最後の患者の家を出て、思わず大きくため息をついた。
「ああ、お疲れさん。
一日中治療させっぱなしで悪かったな」
首を横に振ったが、浮かべた笑みには疲労からくる翳りが混じっていたのだろう。曖昧に笑ったリヴェーダは労うように歩みを緩めた。
「今日は王宮の一室を用意してるから、そこでゆっくり休め。食事も何か用意するか?」
「そうね、なにか軽いものをいただけるかしら。王宮に戻ったら、貴方の腕を治したいもの」
「今日はいい。これ以上お前に力を使わせるわけにはいかない」
「だめ、今日やるわ。どうせ疲れるなら一緒よ」
何を言っても聞かない、そんな態度に諦めたリヴェーダは呆れたように息を溢した。そして、素早くルディアナの腰に腕をまわした。
「なに?」
訝しげな声を無視して、リヴェーダは華奢な体を肩に担ぎ上げた。
「ちょっと、なにを!」
「意地でも休まないっていうなら強行手段で対抗するしかないだろ。王宮まで運んでやるから休んどけ」
彼なりの気遣いだというのはよくわかった。確かに歩き疲れていたのは認めよう。
「気遣いは嬉しいけど、扱いがまるで米俵じゃないの」
「腕が1本しかないんだから、仕方ないだろ。治ったら姫抱きだろうがなんだろうがしてやるから我慢しろ」
「嬉しくない!別にしてくれなくて結構よ」
「ははは」
「ちょっと馬鹿にしないでくれる!?」
全く感情のない笑い声にむっとして
バタバタと暴れてみるものの腕が緩められることはなく、ルディアナは渋々抵抗を諦めた。
「よし、えらいえらい。そうやって大人しくしとけよ」
「…」
腹が立ったので、思いっきり柔らかい金髪を引っ張ってやった。
「痛ってぇ!」とリヴェーダが叫んだところで手を離したが、少し振り回された。それなりに痛かったのだろう、いい気味だ。可哀想なのであとからこっそり治癒してあげたけれど。
「ねえ、あの屋台は何かしら」
「ん?」
なんとなく目に留まった屋台を指差せば、リヴェーダは屋台に立ち寄ってくれた。
「これひとつ頼む」
「はいよ!」
愛想よく返事をした屋台の青年を見ると、その手にパンのようなものがあった。
「パン?」
「ああ、ほら受けとれ」
「え、いいの?」
「軽食が欲しかったんだろ、丁度いいからそれ食っとけ」
「ありがとう」
担がれたまま、青年からパンのような包みを受け取る。と、その時青年と眼が合った。
「何か?」
「…いえ、貴方が噂の“聖女様”かと思いまして」
「違います」
「違わないだろ」
「だって恥ずかしいじゃない。なによ聖女様って」
それを聞いていた青年はにっこりと笑った。
「やはりそうでしたか!でしたらお代は結構ですから、ぜひ召し上がってください」
「そんな申し訳ないわ…」
「あなた様のお陰で商売繁盛しましたから、ささやかなお礼ですよ。それでもお気がすまないようでしたら、明日も買いに来て下さい。それだけで随分客足が違いますから」
有無を言わせない様子で包みを渡してくる青年に押し負けて、仕方なく受け取った。
「ありがとう、必ず明日も買いにきますね」
「気遣ってもらって悪いな」
笑顔で手を振る青年に別れを告げてから、包みをひとつ開けてみる。一見何の変哲もないそれを、ぱくりと一口食べた。
「美味しい!」
それは見た目と違ってただのパンではなかった。トマトとチーズをパンで包んで焼いたのだろう、熱々の具が疲れた体にエネルギーを与えてくれるようだった。
「おー、美味いよな。それ病が流行る前は人気だったんだ。元々は大陸の料理らしいけど、ルディアナは食べたことなかったのか?」
「ないわね、私は王宮から出たことがなかったから。そういえば、そもそも向こうの国の文化って誰が伝えるものなの?」
確か、アトランティアは幻の国といわれるくらいにはたどり着く人がいないと有名だった。
「まあ積極的に交流はないけど、難破船は受け入れてるからそういう人達だな。あの屋台をやってるのは最近の嵐で流されてきた船の船員だったかな」
「嵐、ってアレクシス陛下がどうにか出来るものではないの?」
「アレクの力で周辺の海自体が荒れることはないが、嵐に伴う暴風で流されてくるんだ。風はどうにもできないからな」
へぇ、と頷いてもう一口パンを頬張る。外とは全く交流がないわけでもないのなら、そういった人々から病が移ったのだろうか。大陸の人々には何でもない菌でも免疫のない人にとっては病を引き起こす原因になるものだ。でも、治した時に感じた違和感はそういう類いのものではなかった気がする。とはいえ病を治療してきた経験もそれほどないので断言はできない。
「明日はきちんとこれ買いましょうね」
「金持ってないだろ」
「そうね、働かないと」
「冗談だ。国から給与を出すから心配するな」
ルディアナは思わず顔をしかめた。
給与というくらいだ。今日の治療に対する対価だろう。
「それは受け取れないわ」
「は?今日だけでも相当な労働してるんだからもらう権利はあるだろ」
「労働ではないわ。能力をもつ私の義務よ。…対価を貰っては、意味がないのよ」
「でもそれも貰ってるし、料理もご馳走になってただろ。あれはいいのか?」
「労働の対価として貰ったわけではないわ。客足が増えたことに対するお礼であって、治療そのものに払われた対価ではないもの」
納得できない様子で、それでもそうかと頷いたリヴェーダは私の考えを尊重してくれているらしい。
「一先ず国から支給するから、お前なりに納得する形で労働なりすればいい」
「ありがとう、エネルギーも補給したところでさっさと腕を生やしましょうか」
「その言い方は気持ち悪いからやめろ。俺は化け物か」
案内された王宮の一室は復活した女官たちによって調えられていて居心地が良さそうだった。門はもちろん部屋の前にも衛兵がいて、漸く本来の姿を取り戻したのだろう。流石にあれほど無防備な王宮が通常な訳がないのだから当然か。
「無理するなよ。何回かに分けてもいいんだろ?」
「いいえ、一気にやるわよ。俵担ぎはもう御免ですから」
本当は、助けてくれたリヴェーダへの恩返しでもあるのだ。早く不便さを取り除いてあげたい。そんな恩着せがましい自己満足、決して口には出さないけれど。上半身だけ脱いで貰って、傷口を塞いだだけの痛ましい腕にそっと触れた。
「…!」
「ごめんね、痛いと思うけど我慢してて」
やはり、触れば痛いと感じる程度にしか治っていない。そんな体でルディアナを担ぐような人に無理するななんて言われても説得力皆無だ。
瞳を閉じて残った力を振り絞って流し込む。そうすればじわじわと力を受けて腕が再生していくのを感じた。二の腕から、肘、手首、長い長い時間をかけて再生していく。治療には集中が必要だとわかっているため、日付が変わり夜が更けても続く治療中二人とも口を開くことはない。
不意にリヴェーダに触れていた手が何かに包まれた。
温かいそれが彼の手だと理解するのが早いか、崩れ落ちるのが早いか。
ルディアナはあっという間に意識を手放したのだった。
―――――――
「だから無理するなって言ったのにな」
意識を失ったルディアナをベッドに横たえて、窓に目をやった。まだ濃紺の東の空に太陽の気配を感じる。
日の出と同時にあの国を出たとき、俺は本当に民を治癒をしてほしかったんだ。
「騙すような真似、するつもりじゃなかったんだ」
アレクが、治癒能力以外の使い道を彼女に見出だしている。つまり彼女はアレクの“駒”としてここに連れてこられたのだ。知らなかったとはいえ彼女にしてみれば俺も同罪だ。国を守るためなら冷酷になる、とかつてそう言ったアレクの覚悟はどれ程のものだったのだろう。国のために誰かを犠牲にする覚悟を、自分は出来るだろうか。
国のために、ルディアナを犠牲にする覚悟を。