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少年、取扱い注意につき

「まずは現状把握かしら」


さっさと王宮を出て、城下町を散策してみるがいかんせん人が少ない。

さらに店もやっていないところが多いし、市場にも活気がない。

これは相当数の人が病に倒れた、ということなのだろう。


「何でもいいから病についての情報が欲しいけれど、この国じゃ私みたいな部外者は警戒されるでしょうね」


見慣れない人間は目立つのか街の人には既に警戒されており、彼方此方からの視線が刺さった。

道が分からなくてウロウロしているのも良くないみたいだ。

さぞ怪しいことだろう。

これは、どうにかして不審人物でないと証明することが最優先事項のようだ。


「原因の追求は一先ず諦めて、片っ端から治癒するのがよさそうね…」


しかしそれも病人が見つからないと出来ない。途方に暮れているときだった。


「さっきからひとりで何ブツブツ言ってんの、お姉さん?」

「え?」


我にかえれば、見知らぬ少年の顔が目の前にあった。

その無邪気を装うブルーグレーの瞳に警戒の色が見え隠れしているところをみると、警戒半分好奇心半分なのだろう。


「ここらじゃ見ない顔だね、お姉さん名前は?」

「ええと…ルディよ」


国王でさえイヴェニアの人間、にあれだけ執着するのだ。それも【女神】なんてバレた日には治療する前に海の藻屑か公開処刑か。

死ぬのは怖くないが出来ることをしないまま、助けられる命を見殺しにして逝くのは御免だ。

ルディアナの名前はあまり有名ではないにしろ、本名は控えることにした。

まあ、偽名を咄嗟に思い付かなかったので本名とそう変わらないし意味があるかは微妙だけど、ないよりはマシだと思うことにする。


「へぇ、僕はシュレー。

で、ルディは何してたの?」

「実は、ついさっきこの国に来たばかりなの。流行り病の収束を依頼されたものだから、調査を兼ねて街を散策をしてるところよ」

外国(そと)から?」


嘘は言っていないが、心臓が縮む感覚を覚えた。

案の定、外国から来たと聞いたシュレーの瞳がきゅっと細められた。

やはり外国からの来客は珍しく、国を問わずそれだけでも警戒に値するのだろう。


「あー…そういえば外国(そと)から医者を連れてくるってこの前聞いたような。

ルディ、お医者さんなんだ?」

「ええ、そんなところよ」


内心ヒヤヒヤしつつも平静を装っていたら、シュレーも納得したようだった。

運の良いことに、あの国王はイヴェニアから連れてくるとは言ってないらしい。

それに医者という肩書きなら病を治して回るのに好都合だ。

…やっぱり、アレクシス陛下は一度寝かせた方がいいようだ。


「なら、罹患者たちの家に案内してあげるよ。

僕も前から病を調べてるから、ちょっとは役に立てると思う」

「助かるわ。

病について詳しいことも知りたいと思っていたところだし、お願いできるかしら」


思ってもみない誘いだが、これに乗らない手はない。

シュレーと一緒なら警戒されにくくなるだろうし、医者だと説明してもらえば治癒もしやすいはずだ。


「うん、いいよ。

あ、でも途中で変な真似したら海に沈めるからね」

「…ようは見張りじゃない」

「そうとも言うね。やましいことが無いなら問題ないでしょ?」

「…もちろんよ」


やましいことが、を強調してくるあたり可愛くない。


「じゃあ、ついてきて」


さっさと歩き出してしまう小さな背中に、亡き弟の面影を見てルディアナはため息をついた。

色々あって忘れていたが、まだ、オリヴィエ()の死を受け入れられないらしい。

ここまで病を治すことに執着するのも、根底にはオリヴィエのことがあるからかもしれない。



「ルディ、おいてくよ?」

「ごめんなさい、シュレー君。今行くわ」


慌ててオリヴィエの面影を振り払い、訝しげなシュレーの後を追うとさらに変な顔をされた。


「私の顔に何かついてる?」

「いや、なんか…やっぱ何でもない」

「何なの、言ってくれないと気になるじゃない」


釈然としない様子のシュレーに、何か変なことをしたかと背筋が冷えた。

流石にボロをだすには早すぎる。


「…別に。

シュレー君なんて初めて呼ばれたなぁって」

「そうなの?嫌なら止めるけど」

「いや特別に許可する」

「ふふっ、それはありがとう」

「何だよ笑うな!」


柔らかそうな白銀の隙間からほんのり赤い耳が見えて微笑ましいが、口にはだすまい。

可愛いところもあるではないか。


「それ以上笑うなら、スパイだって城に突き出すからね」

「…やっぱり可愛くない」

「誰か、この女スパ――むぐっ」


咄嗟にシュレーの口を塞ぎ、周りを確認したが誰も此方を気にする様子はなかった。

ルディアナが本日何度目かのため息をついて手を離したことで、シュレーに軍配が上がった。


「シュレー君、早く()()()行きましょうか?」

「ま、分かればいいよ」


ニヤリと笑って前を歩き出したシュレーに、思わず苦笑を漏らした。

ふてぶてしい態度だが、陛下とは違って何故だか憎めない。

まるで可愛いげのないネコね、と呟いてルディアナも後を追った。






「ルディは待ってて。

僕が先に患者に会って治療の許可をとってくるから」

「ええ」


最初に案内されたのは、市場から近い民家だった。

この家の人は全員病に倒れ、シュレーが毎日食べ物を届けていると言っていた。

シュレーが毎日訪ねる家はいくつかあり、その中でも重篤なのがこの一家らしく一刻も早く治療してほしいと言われたので相当病が進行しているのだろう。


「いいよ、ルディ。入ってきて」


扉から再び顔を出したシュレーに呼ばれ、ルディアナは家に足を踏み入れた。

生活感が薄れたリビングを通り抜け、ひとつの部屋に入ると、そこは寝室だった。

3つのベッドには、それぞれ人が寝ているが全員ピクリとも動かない。


「これは…」

「皆もう話すのも難しいんだ。

特に真ん中にいるリクは5つになったばかりで、衰弱が激しい。

治療はリクからにしてくれって言われた」


シュレーに先ほどの明るさはなく、顔は強ばっていた。


「わかったわ。


リク君、もう大丈夫よ」


だから安心して、と真ん中のベッドに横たわるリクに微笑めば、リクは僅かに目を開いた。

瞳は混濁しておらず意識はハッキリしているようだ。

問題があるのは、体。


「少し手を握るわね」


リクの冷えきった手を両手で包み、意識を集中する。

力を流し込むイメージを思い浮かべれば、リクの手が仄かに熱を灯した。





おかしい。

まるで何かが、体を縛ってるような――





違和感に気を取られたとき、後ろから乱暴に肩を掴まれた。


「…ルディ、なんのつもり?」

「シュレー君、邪魔しないで」

「ふざけてるの、病はそんなことじゃ治らない。

…こんな怪しい祈祷師なら、連れてこなかったのに」

「っ…」


怒りを露にしたシュレーに、返す言葉がなかった。

目に見える治療が出来ないルディアナは、祈祷師となんら変わりはないのだ。


「あ、れ…」


弾かれたようにシュレーがベッドを見た。

つられてベッドを見ると、リクのぱっちり開いた両目がルディアナを捉えた。


「僕、動ける…」


恐る恐る体を起こすリクを慌てて手伝ってやれば、ぱっと笑顔が咲いた。


「すごい!

こんなに体が軽いの久しぶりだ!」

「リク…?本当に、大丈夫なの?」


シュレーが驚愕に満ちた顔で、リクに触れた。


「うん、もう何ともない!」

「そっか、良かった…!」


くしゃりとシュレーの顔が歪み、リクを抱き締めた。


「い、痛い!シュレー兄ちゃん離してよ!」

「うるさい、どれだけ心配したと思ってるの!?」

「だから、痛いって!」

「はは…」


リクが本気で痛がっているのは可哀想だが、致しかたない。

暫く落ち着きそうにないシュレーを放っておくことにし、ルディアナは両隣のベッドの治癒を始めた。



―――――


「ありがとうございました、貴女には何とお礼を言って良いのやら…」


涙目になった夫婦に詰め寄られルディアナは思わず後ずさる。


「い、いえ…お礼はシュレー君に言ってあげてください。

彼が一番心配してたみたいですから」

「もちろんです、シュレー様には感謝してもしきれません。

毎日食事を持ってきて下さるばかりか、私たちの畑の世話までして下さったのです」

「畑の世話まで?」


というかシュレー“様”って、神格化でもされてるのかしら。

確かに毎日食事を持ってきて畑仕事までしてくれたら、そうなる…の?

シュレー君、今まで大変だったんだろうな。


「ええ、シュレー様もお忙しいのに私たちを気にかけて、ご無理をなさっていたのでしょう…

毎日少しずつ痩せていく様は見ていられませんでしたから、治ってほっとしました。

貴女のお陰で漸くシュレー様に恩返しが出来ます。

本当にありがとうございます!」

「だから、私はそんな…」


シュレー“様”は夫婦共通認識…


頭を下げすぎて土下座でもしそうな勢いの夫婦にルディアナの方が慌ててしまう。

すると、シュレーに捕まっていた筈のリクが駆け寄ってきた。


「ありがとう、お姉ちゃん!」

「リク君…」

「“どういたしまして”でしょ?

堂々としてなよ、リクたちを助けたのはルディなんだから」


リクの後を歩いてきたシュレーは、若干顔が赤かった。


「シュレー君…」

「あと、ごめん」

「え?なんで謝るの?」

「ルディは真剣にやってたのに、僕はそれを馬鹿にするようなことをした」


祈祷師と言ったことを気にしているのだろうか。

祈祷師とは言い得て妙で、イヴェニアでやっていたことは国公認の祈祷師だから怒る資格なんてルディアナにはそもそもないのだ。


「いいの、それほど違わないから」

「違う!ルディはちゃんとした“治療”をしてくれた」

「そう言ってもらえるだけで十分よ。

それにまだまだ治す人はたくさんいるでしょう?」


シュレー君がいなかったら、家に上がって治癒なんて出来ないもの。

案内してくれないか、と暗に問えばシュレーは困ったように笑って頷いてくれた。


「仕方ないから、この先も面倒見てあげるよ」

「さっきまでの殊勝な態度はどうしたのよ」

「だってルディ気にしてないんでしょ?」

「…可愛くないわね」

「リク、このお姉ちゃんス―」

「もう行くわね!」

「え、お姉ちゃんもう行っちゃうの?」

「う…」


リクのうるうるした瞳で見上げられ、謎の罪悪感に襲われたがなんとか堪えた。

ごめんね、全部シュレー君のせいだから。


「僕とルディはリクと同じ病気の人を元気にしてあげたいんだよ。我慢できるよね?」

「そっか…じゃあ、また遊びに来てくれる?」

「当たり前でしょ。ね、ルディ?」


くるりと振り向いたシュレーの顔は笑っていたが目が笑っていなかった。

リクに見えないように圧力をかけてくるあたり狂気を感じる。


「今日中に治療を()()終わらせて戻ってくるよね?」

「無理に決まってるでしょう!」

「え…お姉ちゃん、来てくれないの?」


泣き落としモードに入ったリクと般若のシュレー相手に成すすべなく、ルディアナは頷いた。

リクが笑顔になったので取りあえずよしとしよう。


「ただ、全員は無理よ。

今日は特に重篤な患者を優先して、途中で切り上げましょう」

「そりゃ全員なんて、冗談に決まってるでしょ」

「くっ…」


可愛くない。

しかしルディアナはもう口には出さなかった。


その後リクとその両親に見送られ、ルディアナたちは無事家を後にした。


「そういえば、シュレー君って宗教でも開きたいの?」

「は?なに言ってんの?」

「リク君のご両親がシュレー“様”って言うほど神格化されてるみたいだし、それだけ徳を積み重ねるなんて悟りでも目指してるのかと思って」

「…うん、まあね」

「やっぱり?大人びてるとは思ってたけど、渋い趣味してるのね」

「冗談だよ!そんなわけないでしょ!?」

「あら照れなくて良いのよ?」

「誰か、この女スパ――」

「さあ、行きましょうかシュレー君」





「次その話したら、覚悟しといてよね?」

「…ええ」

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