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水に守られし国

病はまず、ちょっとした倦怠感から始まるらしい。

病にかかった者も最初は疲労からくるものだと思っていたというくらいなんてことはない症状だ。

ところが次第に体は重くなり、患者はベッドから起き上がることも叶わなくなる。

そこで漸く患者も病だと気づくが、治療法もなくどうすることも出来ない。

それゆえ自分達が気づく頃には国中に蔓延して既に手がつけられなくなっていたのだと、悔しげに顔を歪ませてリヴェーダは言っていた。

しかも不可解なのはその感染経路だ。

昔の戦争でアトランティアとの国交は断絶されイヴェニアとは人の行き交いもなかった。

イヴェニアを越えて他国と交易をしているとは聞かないし、リヴェーダに聞いても正式に国交をもつ国はないという。

まずは病原体がどこから入ってきたのか、治癒と共に調査を進めるのが良さそうだ。


早くも方針を固めるルディアナの中で、既に計画は始動していた。

治癒能力があるとはいえ、根本的な原因がわからなければいくら治してもいたちごっこ。

原因の究明は彼方の国王も進めているというがそれが進んでいれば状況はもっとマシなはずだ。

とはいえリヴェーダの主人、アレクシス国王陛下は若いが聡明な人らしいのでまともな情報が期待できる。

ちなみにアトランティアの内部状況は全く把握してないのでそこは随時リヴェーダを使う方針を固めている。


「そろそろ着くぞ」


薬学書を片手に思案に耽っていたルディアナが顔を上げると、海を見ていたはずのリヴェーダが此方を向いていた。

柔らかそうな金髪は風に揺れながら日の光で爛々と輝き、此方を見据えるエメラルドグリーンの瞳はまるで宝石のようだ。

端正な顔立ちに幼さはなく、体も細身だが華奢ではなくしっかり筋肉がついている。

ジョルジュも容姿と剣の腕だけは評価していたが、その比じゃない。


そう、話の中でルディアナが一番驚いたのは病の症状でも、国王の若さでもなくリヴェーダの年齢だった。

どうにも私は彼と初めて会ったとき、今にも死にそうな様子を弟の面影と重ねていたらしい。

それに、逃げるのに必死だったのだ。

彼がアレクシス国王陛下と同じく年上だと聞いたとき自分の目を疑ったが、今までの状況を考えてみれば仕方ないと思う。


「どこに?」

「アトランティアに決まってるだろ」


ルディアナは首を傾げた。

少し前に海を見たが、陸地なんて見えただろうか。

もう一度確認するが船の前方には、眩しいくらいに輝く海のみ。陸地はおろか島のひとつも見えない。

戦争以来アトランティアへたどり着いた者は少ないと聞いていたが、海流のせいだけではなかったということだろうか。


「…まさか海底に沈んでいるだなんて知らなかったわ。本って濡れても読めるかしら」

「いや、飛び込む気かよ」

「だって、どこにも陸地は見えないじゃない…え?」


海底じゃなければ何処にあるのかと言いかけ、瞳を二度瞬いた。つい一瞬前までなにもなかった場所に突如大きな島が現れたのだ。


唖然としていたら、納得したようにリヴェーダが頷いた。


「結界のせいで見えなかったんだな」

「結界?」

「簡単に言えば、特殊な水の膜で島の周りを覆ってるんだ。水で光の反射を上手く調節して島を見えなくしてるらしい。

これはアレクの能力だから詳しい原理は分からないけどな」

「国王陛下は水の能力者なのね」

「ああ、海の加護を最も強く受けてるのが王族だからな。アトランティアはこうやって守られてきたんだ」


アトランティアは想像よりもずっと小さな島で、海流と結界で島ごと隠してしまえばきっと簡単には辿りつけない。

この分ならイヴェニアからの追っ手は気にしなくてもよさそうだ。


船が港に到着し、ルディアナは手早く荷物をまとめた。


話を聞く限りアレクシス陛下は聡明で民を思う素晴らしい人のようだけど、それが()に対して不利に働く可能性は高い。病が収束したら海の藻屑、なんてことも覚悟した方がいいかもしれない。


「んじゃ先降りてるな」

「ええ」


ヒラリと甲板から飛び降りたリヴェーダの服がはためく。


「…あんまり元気だから、腕治すの忘れてたわ」




――――――


「なんなのよ…」


王宮について5分とたたないうちにルディアナは頭を抱えた。


王宮に足を踏み入れたルディアナはすぐにアレクシス陛下の執務室に通されたのだが正しくは、リヴェーダがノックもせずに扉をあけたので応接間だと思っていたら陛下らしき人物が座ってました、だ。

確かに応接間にしては王宮の奥にあるなと思ったし、嫌な予感はしていた。

リヴェーダの常識がずれているのは分かっていたのだから一言聞けばよかったが、後の祭だ。


「アレク、今いいか?」


駄目に決まってるでしょう。

国王の執務室に私みたいな部外者をホイホイ連れてくるなんて信じられない。

二三苦言を呈したいところだが陛下を前にして口に出せるわけないので心のなかだけに留める。

イスに腰掛けている暫定アレクシス陛下は長い蒼銀の髪を後ろに緩く束ねており、伏せられた瞳は深海のような濃いブルー。

リヴェーダとは系統が異なる美貌の持ち主だ。


「悪いけど少し待っていて貰えるか。あと少しで区切りがつきそうだ」


いや、咎めるどころか書類から顔もあげずに待ってろだなんて危機感が無さすぎる。

国王がこの態度なら、ここはイヴェニアの常識は通じないのだと頭に刻みこんだほうが良さそうだ。


「じゃあ終わったら声かけろよ。

と、いうことであっちで座ってるか」

「…ええ」


しかも入室してから一度も、アレクシスは此方を見ない。

原因の追求もあるし忙しいのはわかるが礼儀としてはいただけないと思う。

その病を治すために私を呼んだはずなのに、興味もないってどういうことだろうか。

なんだか釈然としないが、ここは待つべきだろうとおとなしくソファに腰を下ろした。






しかし、


「遅い、遅すぎるわ」


それからソファで待つこと小一時間。

相変わらず陛下は机に向かっているのだ。


「いったいあと何時間待てば区切りがつくのかしら」

「んー…あの様子じゃ書類の山が片づくまでだな」


ソファで横になったリヴェーダは、左手でアレクシスの机に積まれた書類の山を指差した。

いや、その山は薬学書三冊分の厚さはあるはずだが。

…少し、って聞いた気がするのだけれど?


「あんなもの"少し"で終わるわけないでしょう!

何でそういうことを早く言わないの、それだけ時間があれば貴方の右腕なんか三本生やせるわよ!」

「右腕だけ三本なんてバランス悪いからせめて左右二本ずつにしてくれ」


間の抜けた台詞もいつもなら呆れて頭でも押さえるところだが、今は火に油を注いだだけだった。


「そんなに欲しいのなら百足にしてあげるわよ!」

「悪かった。客人がいるから適当なところで区切りつけると思ってたけど、アレクは集中するとすぐ周りが見えなくなるんだよ。しかもろくに寝てないみたいだから、たぶん俺が誰かも気づいてない」

「…そう。悪いけど私はこのままここでミイラや石像になるのは御免よ」


何のためにここに来たのか。

そんなもの、病に臥せった人々の治療に決まっている。

アレクシス陛下がこんな調子なら挨拶など後回しにすべきだったのだ。

何よりも、小一時間も馬鹿正直に座っていた自分に腹がたった。


「確かに国中の人が倒れてやることが山程あるのはわかるわ。人手不足で寝る暇も惜しんで働いていたのでしょうから称賛すべきなのもね。

ただ、こうやって座っている間にも国中の人が苦しんでいるのでしょう。今私たちが優先すべきはそちらであって陛下の仕事の区切りではないはずよ」

「あ、おい、ちょっと待て」


批判めいた言葉に焦ったような制止がかかるが、これ以上陛下のご機嫌をとっている場合ではない。


「その程度のことも考えが及ばない状態ならいっそ陛下は寝かせて差し上げた方がいいわ。判断能力のない権力者なんて寧ろ邪魔よ。なんなら私が寝かしつけてくるけど?」


だから先に治療を、と続けようとして、そこでようやくリヴェーダの視線が背後に向けられているのに気づいた。

はたと首を傾げたのと同時に、背後に気配を感じて自分が失敗したことを悟った。


「それは遠慮して頂けますか。

イヴェニアの人間などに隙を見せるなんてとんでもない。まだ死ぬつもりはありませんから」


割って入ってきたのは、この部屋の主、アレクシス陛下だった。

その声を聞いたリヴェーダの顔がピク、と引きつる。

確かに低い声はどこまでも冷たく、苛立ちが感じ取れるが、そんなのはどうでもいい。

今、なんと言った?


「私が寝首を掻く、とでも?」

「いや、今のはだな。言葉のあやというか、なんというか…」

「貴方は黙ってらして」


リヴェーダが押し黙ったのは、アレクシス陛下ではなく私の怒りを感じたから。


「それが命懸けでこの国に来た人間に、一番最初にかける言葉ですか。国王がこの様ではこの国も底が知れますね」

「これは、ずいぶんと横柄なお嬢さんのようだ」


アレクシスの深いブルーの瞳が不愉快だと言わんばかりに細められる。怒りが一周して少し冷静になったルディアナも口許に無機質な笑みを浮かべた。


確かにルディアナにも反省すべき発言はある。が、そもそもこの男の落ち度だ。それを言うに事欠いて、“イヴェニアの人間”?

誰が好きでイヴェニアに生まれるものか。


「私を寝かしつける暇があるなら、他にやることがあるのでは?」


誰だ、この王が聡明だなんて嘯いたのは。

もちろん、今顔をひきつらせてこちらを窺うリヴェーダなのだが。

視線で謝るくらいなら、この唯我独尊王を止めたらどうなのだ。

こんな話の通じない人間など昏倒でもさせて寝かしつけてやればいい。


「ええ、そうでしょうとも。でも、陛下の仕事に区切りがつくまでの時間に比べたら微々たるものだとは思いません?」

「右も左もわからない貴女に出来ることがあると仮定したら、そうかもしれませんね。下手したら死者が出そうなものですけれど」


イヴェニアの人間が何を仕出かすかわからないので、と笑う男に怒りを堪えて持ってきた袋をひっくり返す。

現れた本の山に、目の前の男は瞬時に興味を示した。

ルディアナはそこの判断力は残っているのかとあきれて怒りを忘れかけてしまった。


「これ差し上げますね。

そんなに私を信用できないなら、枷に繋ぐなり監視をつけるなりしたらいかがです?

その間にこの医学書なり薬学書なりを読んで治療法を見つけられるといいですね。ああでも治療法を探すのは、仕事の区切りがついてから、かしら?」

「それでも私は構いませんが、貴方は命を懸けてまで何しに来たのですか?観光か、それとも敵地視察ですか?是非お聞きしたい」


アレクシスがにこりと偽物の微笑みを浮かべたところで、ブツリと頭のなかで音がした。

もはや我慢の限界だった。

一時間も時間を無駄にしているのに、この男の相手をしていたら日が暮れる。


空になった袋を端正な顔めがけておもいっきり投げつけた。


「っ…と。イヴェニアの人間は武力行使がお好きなようで大変結構なことだ」

「貴方は生まれてくる国を選べたようで、なによりですこと!私の生まれがそれほど気に入らないなら今度は他の国に使者を出しなさい!失礼するわ!」


執務室から出るときリヴェーダの声が聞こえたのでなるようになるだろう。

謝られても協力なんてしたくないけれどね。

彼が聡明な国王ですって?

笑わせてくれる。

本当なら今すぐにでもこの国を出ていきたいところだが、この国の病を放置するわけにはいかない。

それこそ命懸けで何をしに来たのかわからないし、民に罪はないのだ。国王が嫌いなのと病に苦しむ人を放って帰るのは別の問題だ。

あの男のために治療してまわるのも馬鹿らしいけど、ルディアナにも意地がある。

こっちはこっちで勝手にやってやろうと決めてルディアナは城を後にした。

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