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怪我人拾いました

イヴェニア王国には独自の制度があり、それこそが【剣】【盾】【女神】だ。


簡単にいうと【剣】は騎士団を取りまとめる国軍のトップ。【盾】は国王直属の軍師でありいわゆる宰相職も兼ねる。【女神】は国の平和の象徴であり、神の愛し子とされ神に祈りを捧げる神子、ということになっている。


現在の【盾】は先のソレーヌの父、マヌエル=ミスリル伯爵。

【剣】は件の第一王子ジョルジュ=イヴェニア。

そして【女神】が私、ルディアナ=オルディモンドだ。


一見私には何の役割も無いように見えるが、それは表向きの【女神】の役割。この国でも限られた者のみが知る【女神】のかつての仕事は、負傷兵の治癒だったらしい。

そう、私には治癒能力があるのだ。

つまりどれだけ兵が怪我をしても、死にさえしなければすぐにまた戦力になる。かつての戦争でイヴェニアのような小さな国が隣にある大国と膠着状態になるまで戦えたのはこの能力のお陰だ、と幼い頃に両親から聞いた。

しかし各国との戦争が一時休戦している今の仕事は、月に一度の祈祷、もとい治癒だ。王国への寄付という名目でその月に最も多額の賄賂を積んだ者のみがその権利を得られる。

“より多くの寄付を施した者に月に一度の祈祷を受ける権利を授ける”と誰が言ったのか、貴族平民問わず金さえ積めば治療をうけられる仕組みになっているらしい。

ただ実態は、国王たちが豪遊する金を集めるための制度なのでつくづく腐っているという他ない。

表向きの【女神】が神子であるため、一般には神へ祈ることで怪我や病を治すとされているが実際には治癒能力を使った治療が行われる。そのため【女神】だけが世襲制なのだ。治癒能力がオルディモンドの血筋のみに伝わるものだから。

しかし、この能力は代々オルディモンド公爵家に伝わる力といっても、一族の全員が持って生まれるわけではないらしく私の両親、そして弟も使えなかった。

両親も弟も亡くなった今、オルディモンドの血をひくのは私だけ。現段階で、私はこの国の金銭面でも抑止力という防衛面でも命綱と言うわけだ。

そのことを、愚かさ故ジョルジュは分かっていない。私を処刑すれば、血は途絶えこの国は次の戦争で間違いなく滅びるだろう。


三方を海に囲まれたイヴェニアにとって唯一の陸続きである隣国、クラディア王国とは膠着状態を経ての実質的な休戦中であり講和条約は結んでいない。

さらに海を挟んだ先にはアトランティア王国があり、こちらも現在は鎖国中でかつて戦争していた国だ。少なくとも助けなど当てには出来ない。


四面楚歌のこの状況下で頼みの治癒能力を失えば、こんな小さな国は一瞬で滅びるだろう。


私はそれで構わなかった。


「よし、3日後に向けて身辺整理でもしましょうか」


立ち上がったルディアナは薬草園へと足を向けた。

そこには僅かながらも、ルディアナ自身が世話をしていた薬草があるのだ。

他国の希少なものも少なくなかったが、私の死後世話をしてくれる人などいないだろうから枯れてしまう。

それならば今のうちに刈り取るべきだと思っていた。

乾燥させておけば何かに使ってもらえるかもしれない。可能性は限りなく低いが。


外へ出ると日は暮れており冷たい風が襟足を撫でた。

「もう、冬になるわね…」

木々から落ちた葉は冬の気配を色濃く漂わせていた。

私が冬を迎えることはないけれど。

そっと玄関の戸を閉め、自分が17年暮らした建物から離れて歩き出した。

ルディアナ含めオルディモンド家の血筋が代々暮らすのは、王宮の離れ。

というのも命綱であるオルディモンド家の能力が知られないように、そしてオルディモンド家がこの国から逃げられないようにするための軟禁処置なのだが便利なこともあった。

なにより薬草園に近い。

王宮の庭園を横切れば人目につかず行き来できるのもまた魅力だ。

貴族たちはルディアナをよく思っていないし、ルディアナもできれば会いたくない。


通いなれた人目につかない庭園の一角を横切った時、いつもはない香りが鼻についた。


「血…?」


この鉄臭い匂いは血液特有のものだ。

ここまで強い匂いがするなんて、相当な大怪我のはずだ、と足を止める。



「声を出すな…!」



ガサリ、と植え込みから人影が飛びだしたと思った時には既に後ろをとられていた。

あっという間に背後から首筋に何かを押し当てられる。


「っ…!」


ひんやりと冷たい感触が全身に広がった。刃物の類いだろう。


「助けを呼ぶような真似をすれば、命はないと思え」


耳元で若い男の声が言うが、苦しげに唸るようなものだった。

男は大怪我をしているはずだ、とルディアナはすぐに冷静さを取り戻す。

ここで殺されようが、3日後打ち首になろうが大差はない。


「…事情をお聞きしても?」


刺激しないように問うと、後ろで男が動揺する気配がした。


「ああ、私処刑が決まった身ですから変なことはしませんわ」

「…処刑?」

「ええ、ですからここで助けを呼んでも寿命が3日ほど延びるだけ。

生きることにも死ぬことにも執着はありません」


淀みなく言い切れば、少し間をおいて刃物が首から離れた。


「…完全に信用したわけじゃないからな…」

「な…!」


ドサリと倒れた音がして、思わず振り返ると予想をはるかに超えるおびただしい量の血が青年の服を染めていた。


それもその筈、彼の右腕は肘から先がなかった。


思わず駆け寄れば鼻先に左手の剣が突きだされる。

しかしルディアナは何のことはなく、剣を青年の手からもぎ取った。

呆気なく剣をはなしたところを見るに、ろくに力も入らないのだろう。

まずい、出血が多すぎる。

まず少しでも止血を、と手を伸ばすが青年に払われた。


「寄る、な!」

「止血するだけだから、動かないで」

「うるさい…触んな!」

「ッ、だから…」

「信用したわけじゃないっつっただろ!」


このまま何もしなければ、多分あと数分と持たずに死んでしまう。

思わず唇を噛んだ。

歳が弟とそう変わらないように見えるからか、今にも消えそうな命が不思議と弟に重なった。


また、死んでしまう。

私はなにも出来ず手をこまねいてるだけ?冗談じゃない!


「死にたくないなら黙ってなさい!」


青年が怯んだように動きを止めたところで、着ていたドレスの裾を裂いて負傷している右手の二の腕を縛り上げた。どうせ安物だし、目の前の命には変えられない。


「ぐあッ…!」


血の流れが遅くなったのを確認してから、ルディアナはその腕に触れる。


「とりあえず今は血を止めるだけにして、ちゃんとした治癒は離れに戻ってからやるわ」


私の言葉で男がはっと息を呑んだ。

青年は治癒、という言葉に反応した。


…まさか、【女神】の能力について知ってるのだろうか?

いや、そんなことは後だ。


ルディアナはそっと目を閉じて触れた部分に意識を集中した。


貴方はきっと悪い人じゃない。

だから、絶対に助ける。


目を開ければ、先程まで滴っていた血液は止まっていた。


「とりあえず血は止めたわ。

貴方、立てる?」

「あ、ああ…」


フラフラするのか木に寄りかかる青年に肩を貸して来た道を急いで戻る。


「どこに…?」

「離れ。私はそこで暮らしてるの」

「やっぱ、あんた…」

「それよりも、貴方は?

脱獄犯には見えないけれど、王宮で何をしでかしたらそうなるのよ」


ちらりと彼の右腕をみれば、青年が顔を歪めた。


「なにもやってない」

「…は?」

「俺は、主人の手紙を国王に渡しに来ただけだ。

手紙を渡したら、多分第一王子だと思うが、警戒してなかったもんで腕をふっ飛ばされた。

あークソ、油断してなきゃふっ飛んだのはアイツの首だったんだ!」


ジョルジュは確かに馬鹿だが、まがりなりにも【剣】の称号持ちだ。

腕は相当だったはず。

そのジョルジュが本気で殺そうとすれば腕1本ですむわけがない。

ましてや、相手が油断してたとあらばなおのこと。



この青年、相当腕が立つ。



ルディアナは鳥肌が立つのを感じていた。

恐らく青年はこの国の人間ではない。国王に手紙を送るなら使者にはそれなりの教養があって然るべきで、この青年の言葉使いでは任せられない。しかし、彼が実際に使者として遣わされたところを見ると、彼の主人は身分制度に馴染みがないのではないだろうか。

でも、ただの平民では異国の者だろうが王宮に入る前に門前払いのはず。


隣国のクラディア王国は身分制度がある。つまり、青年は海を超えた王国、アトランティアの使者だ。


「…貴方、本当になにもしてないのね?」


青年は私の目を見て、小さく、でもしっかりと頷いた。

どうやらあの国王は、再びアトランティアと戦争がしたいらしい。

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