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海の加護

おひさしぶりです…本当にすみません。

ブクマ、コメントありがとうございます!

ルディアナは治癒を終え王宮に戻ってからすぐに執務室へ向かった。シュレーはリクの体調が芳しくないというので、見舞いに街へ舞い戻った。 リクの一家に関しては近々また治療が必要になるかもしれない。


アレクシスに頼るのは気が進まないが、シュレーと決めた方針に従って調査をするには人手が足りなすぎた。まず膨大な罹患者のとった食品を全てピックアップして、さらにその膨大なリストから怪しい食品に毒物の混入がないか調べるのだ。シュレーと二人ではとてもお話にならない。

そう頭ではわかっているのに、やはり気乗りしない。内容が何であろうが、彼と対話するには緊張してしまうのだ。はっきり言って、ルディアナはあの美しく腹の読めない国王は苦手だった。そもそも初対面の時にあんな態度をとられたのだから苦手意識のひとつやふたつ、芽生えて当然だ。たとえどんな理由があったとしても、芽生えてしまったのだからどうしようもないだろう。


「開発チームの研究員を半分貸して下さいませんか」

「…何故です?」


ということで執務室へ入室早々、報告もそこそこに用件を告げると案の定訝しげな視線を投げられた。しかも内容が内容なので、みるからに彼の蒼い瞳が不穏な光を宿していた。


ちょっとした既視感にため息をつきたくなるのを堪えた。


もう少し自然な流れで話を進めるべきだと思ってはいた。いたのだが、ルディアナがこの人相手に自然な話などできる訳がないのだ。

リヴェーダやシュレーとは違って彼と打ち解けようとも思えないし、お互いに口調も固い。常に一戦を引かれているのがわかるし、時折冷たくなる蒼の瞳が、怖いのだ。恐らく根本的な部分が相容れないのだろう。

そんな思いを圧し殺しながら、淡々と考えていたことを述べることに努めた。


「恐らく、この病は毒物による中毒症状の現れです。毒物が食事に混入されていないか調査したいので、研究員を借りる許可を頂けませんか」

「食事の話はシュレーから?

それと、毒物が原因だと言う根拠をお聞かせ願えますか」


ちらりと表情を窺うと、毒物の混入に関して動揺は見てとれない。食事に目をつけていたあたり、この人も可能性には気づいていたのだろう。

なら最初からそれも説明してくれれば良いものを。

と、思わないでもないが確信が持てない不確実な情報は勘違いや思い込みを生み、時に人々を煙に巻くという。為政者としては、正しい対応なのだろう。

ただ、それはつまりルディアナを信用していないということだ。


「シュレー君から食事に関する調査結果は聞きました。それと、根拠と言うには弱いとは思いますが、初日から治癒の時に違和感を覚えていました。毒物が原因ならばそれも腑に落ちます」


この根拠はあくまで主観。信じてもらえなければそれまでだ。それを自覚しているから誠意をみせるつもりで、彼の瞳を見つめた。


「なるほど、許可しましょう。それとこれも参考になると思う。好きに使って貰ってかわまいません」

「…これは…」


そう言って彼がトントンと指で軽く叩いたのは、机に積んであった山ひとつ分の書類。

断りをいれてから1枚取って目を通せば、食品名と日付、それに人名らしき文字がずらりとならんでいる。

書類が予想通りのものなら、ものすごい手間が省けてしまうことに気づいて唖然とした。


「これは、“発病患者が摂取した食料品リスト”…ですか?」

「私も原因の解明にはそれなりに労を費やしてはいたつもりです。

ただ、残念ながら分析はしてないけれど。原因が毒物、ひいては食事である確信が得られなかったから、そこまで手が回らなかった」


つまりこれは患者ひとりひとりが食べた物のリストであって、この中で全ての患者に当てはまる食材を探さなければならないらしい。けれど、一から患者の食生活をチェックするよりか遥かに楽だ。


「いえ、問題ありません。後は私でやります。活字と向き合うのは得意ですから」

「では頼みます。研究員の件は話を通しておくので、食品を絞れたら報告をお願いします」

「はい、暫く部屋に籠りますが治療が必要であればお声がけください」


アレクシスが頷いたのを見届けて、書類の山を抱えて執務室を後にする。陛下の視界を外れた途端に肩の力がすっかり抜けたのに気づいて、思わず苦笑を溢した。

そしていくらも歩かないうちに、今度は己の筋肉に苦笑を溢すことになった。軟禁生活が長かったため体力も筋力も恐らく平均以下だ。これまでの状況があまりにも逼迫しすぎて完全に忘れていた。


「いま思えば、何故あんな無茶ができたのかしら…」


この程度のことも出来ないのに、よくぞまあ国外逃亡など出来たものだ。

通路の端で足を止めて休憩していると、向こうから女性がやって来た。たまたま通りがかったその女性は、ルディアナと書類の山を交互に見て目を丸くする。


「お手伝いしましょうか?」

「…すみません、お願いします」


それはそれは、同情を誘うに足る酷い有り様だったのだろう。心から体力をつけようと思った。

書類を殆ど引き受けてくれたその女性は歳もそれほど変わらないので自分のことはマリーと呼んでくれ、と言った。ルディアナの記憶では治癒したなかでも症状が軽めだった人だ。


「お身体はもう大丈夫なんですか?」

「ご心配要りません。

私は、というより城勤めの者たちに再発者は一人もおりませんから何かありましたら気がねなくお申し付けくださいね」

「…じゃあ、お言葉に甘えさせていただきます」


薄々気付いてはいたが、アトランティアにも王族や目上の人に敬語を使う習慣はあるらしい。


ということはリヴェーダも、私の前ではともかくイヴェニア国王の前ではそれなりの態度をとっていたはずよね。


しかし彼との初対面を思い出せば疑問が募る。今更ながら腕を飛ばされた原因が彼にあったなんてことはないと信じたい。


「そういえば…」

「はい、どうされました?」

「王宮に勤めている方って、特に症状が軽かったような気がしたんですけど」


再発者は重篤な患者に多かったし、勘違いではない気がする。

彼女もそういえばそうですね、と頷いた。


「考えてみれば、私たちが病に倒れたのは病が国に蔓延してからです。だからかもしれませんね、我々が病の流行に気付くのが遅れてしまったのも」

「それは、聞きました。気づいたときには手の施しようがなかったとか。今まで、流行り病などはどうされていたんですか?」


王宮だけには毒物の混入された食品は入ってなかったのだろうか。だとしても結局は殆どが発病しているなら、最終的には王宮の人々にも毒は盛られていることになる。対策を遅らせるために意図的に王宮を避けたのだろう。


それにしても、何故アレクシス陛下やシュレー君たちには症状がでなかったのだろう。そもそも毒にしては中毒症状の差が激しい。病にかからない人もいるくらいだ、同じ毒物の中毒症状にそこまで個人差が出るものだろうか。ということは摂取量にかなり差がある?


「そうですね、今までは加護のお陰で病がここまで蔓延することはなかったのです」

「アトランティアは海の加護を受ける国でしたよね。でも、なぜそれが病に?」


海の加護と症状の差になんの関係があると言うのか。

先程から質問ばかりしていることに申し訳なくなるが、気を悪くした様子もなく丁寧に答えてくれた。


「海の加護といっても様々な効果があるんです。例えばある程度水を操ることができます。アレクシス様のように水を意のままに操って結界を張る、ということは誰にでも出来るわけではありませんが…

見ててくださいね」


そういうと足を止め、マリーは目の前の空間を見つめた。すると、何もなかったそこに徐々に水が現れ始める。ふよふよと頼りなく漂う水は、少しすると増えなくなった。


「すごい、水を出せるんですね!」


マリーは困ったように笑い、それと同時にぽんと水も弾けて消えてた。


「作っているわけではないんです。今のは空気中にある水分を集めて形を変えただけですから。途中で増えなくなってしまったのもそのためです。

このように私たちが加護のお陰で出来ることはいくつかあるんですが、そのひとつに“浄化”があるんです」


ようやくマリーの言わんとすることがわかった。


「なるほど、衛生環境がいいんですね」

「はい、だから伝染病が流行りにくい環境なはずなのです」


彼女はまだ毒物の混入を知らないが、やはりただの病だとは思っていないようだ。突然伝染病が流行るなんて誰でもおかしいと思うだろう。


きっとアレクシスもこの不自然さに人為的なものを感じたのだろう。







宛がわれた部屋に戻ると、ルディアナは早速備え付けの机に向かう。

加護の話から水は安全だとわかった。もともと皆が口にする水に毒が入れられている可能性は低かったが、加護の力で浄化されるなら確実に候補からはずせる。そして同じ原理で酒や茶などの飲料も除外できるだろう。これでまずはリストから飲料を全部消せたことになる。


「1日、いえ、上手くいけば一晩で食品を特定出来るかもしれないわね」




「一晩、ってことは徹夜でもする気なわけか」




声と同時に肩に重みを感じ、背筋が凍った。

気のせいであって欲しいと願いながら、錆び付いた人形のような動きで振り返れば、満面の笑みを浮かべるシュレーがいた。


「ルディ、契約違反だね」


ギリギリ音が聞こえそうな力加減で掴まれた肩が悲鳴をあげた。

満面の笑みを浮かべているはずのシュレーの顔が今までで一番怖かった。


「…心の底から反省してます」

「そう?じゃあ、僕もこの部屋に寝泊まりするけど良いよね」

「はい?」


なにか恐ろしい言葉が聞こえたが、幻聴であることを願ってシュレーを見る。結論、残念なことに幻聴ではなかった。


「だってルディ、目を離せば3日とせずに過労死するでしょ?」

「しないわよ」

「3日3晩寝続けて目が覚めたと思ったら徹夜しようとする癖に?」


ぐ、と喉をつまらせた。それに関しては全面的に真実であるため言い返せない。


「ま、流石に冗談だけど。平たく言えば監視置きたいだけだから安心して。僕だって暇じゃないし女官を一人配置するだけだよ」

「…最初からそう言ってくれないかしら」

「ルディは痛い目みないと学習しないタイプだから」


ぐうの音もでなかった。シュレーにはすっかり手綱を握られているらしい。


「じゃあ、情報解析始めようか。その山半分くれる?」

「え、手伝ってくれるの?」

「当然でしょ。僕だってこの調査の発案者だからね」


さらりと言ったシュレーは、ルディアナの正面に腰かけて紙を要求する。その有無を言わせない態度に苦笑しつつ束を渡した。


「で、何かわかったんでしょ?」

「ええ。マリー――書類を運ぶのを手伝ってくれた女官の方から聞いたのだけど、加護には水の浄化作用もあるのよね?」

「なるほど、じゃあ毒物が入ってるのが水なら被害はでないはず。ということは酒類も大丈夫だね」


シュレーは納得したように頷いて、手の中で器用にペンを回す。そしてパラパラと束を眺めるたと思えば素早くペンを走らせた。その速さといえば特技のレベルだ。


「で、あとは?」

「え?それだけよ」

「これだけで徹夜しようと思ってたわけ?馬鹿なの、ああ馬鹿なんだっけ?」

「…ごめんなさい」

「ま、それはさておき僕の方で考えたんだけど、魚の刺し身食べたのを覚えてる?」


シュレーの態度はともかく、あの日食べたものを思い起こす。確かに火を通していない魚料理を食べた記憶があったので頷いた。


「それなんだけど、魚料理は基本的に注文が入ってから生け簀の魚を調理するんだ」

「まさか生け簀で浮いてるような魚を料理には回さないわね」

「そう。毒物が魚には効かないのかもしれないけど、生け簀といっても大半は海に繋がってるしそれこそ浄化なり希釈なりされるでしょ。それに発症しなかった人が少なからず居ることから混入品目は複数種じゃなく特定の一品と思っていい。よって、魚は除外でどう?」

「採用しましょう」


ひとまず可能性が低いものから除くことにする。怪しいものに序列をつけて上からチェックするのだ。今のところ水と魚は優先度は最低。


「魚料理を削れるとなればかなり量は減るでしょ。これなら徹夜しなくても平気だね」

「わかったわよ、悪かったと思ってるわ!」

「それも3歩歩けば忘れかねないからね」


私のことを何だと思っているのだと頬がひきつった。鶏か?鶏と同列なのか?


「じゃあ各患者にダブってる品目探すよ」

久しぶりで構想が初期と変わっています。矛盾などありましたらご指摘ください…

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