処刑3日前宣言
「今この場をもって、お前との婚約は破棄する」
高らかに放たれた言葉の主は何を隠そう、私の婚約者だ。
いや、もう既に元婚約者、か。
私はそんなことを考えて、思わずふっと息を漏らした。
元々頭はよろしくないようだった彼のことだからどんな愚行に走ろうとも、もはや驚くことはない。
たとえここが私の自室で、ノックもせず部屋に令嬢を引き連れて押し入ってきた挙げ句、口にした言葉が先のアレだったとしても、だ。
「ルディアナ、貴様何を笑っている?
私を、この国の王子を愚弄するつもりか!」
たかが一笑で息巻き声を荒らげる愚かな元婚約者が、イヴェニア王国第一王子のジョルジュ=イヴェニアなのだからこの国に未来はないだろう。
「ジョルジュ様、この女に情状酌量の余地はありませんわ!
明日の朝にでも打ち首にいたしましょう」
ジョルジュの後ろに見えるピンクのドレスを纏った女性に初めて目を向けた。
半ばヒステリックに私の処刑を囁く彼女もまた、尊敬に値しない人物であることは間違いない。
まあ、名前も思い出せそうにないけれど。
「ああ、ソレーヌに手を出したことを地獄で後悔させてやるさ」
なんて茶番だろう。ここに私以外の人がいたならこの国の未来を共に嘆いたはずだ。
ソレーヌを慈愛に満ちたような瞳で見つめるジョルジュに、事態をすぐに把握した私はこの杜撰な計画がソレーヌによって図られたのだとあたりをつけた。
ソレーヌはこの国の妃か、【女神】の座に座りたいのだ。
もしくは、【女神】かつジョルジュの婚約者である私を罪人にすることで両方手に入るとでも思っているらしい。
私は大きくため息をつく。
「打ち首、ですか…
私に一体どのような冤罪を被せるおつもりですか?」
ジョルジュが忌々しげに唸る。
「冤罪だと?今さら知らぬ存ぜぬは通らないぞ、ルディアナ!
我が国の【盾】マヌエル=ミスリル殿の娘、ソレーヌの命を狙ったのだから、これは謀反と捉えて然るべきだろう!」
ああ、そうだ。彼女は【盾】の娘だった。
これが起きたのが私の自室でなかったなら、多分打ち首はソレーヌの方だろう。彼女は確かに【盾】の娘ではあるものの、爵位は伯爵と私より低い。
「何て馬鹿なことを仰いますの。
私がやったという証拠がありまして?
それに私はこの国の【女神】ですが、ジョルジュ様はこの国の平和の象徴を打ち首に処するというのです。
では、これを謀反と言わずしてなんと言うのでしょうか?」
証拠もなにも命を狙うだなんてあり得ない。
名前も覚えていなかった程度の彼女の命を狙うだなんて、ジョルジュは私を通り魔か何かと勘違いしているようだ。
「貴様が何と言おうが、3日後の処刑は既に決定事項だ。
ソレーヌに手を出したことを悔いて過ごすのだな」
ぐっと私の言葉に唇を噛んだジョルジュだったが、一転勝ち誇ったような笑みを浮かべて踵をかえすジョルジュとソレーヌ。
その扉の向こうに消えていく2つの背中に、ひとつ聞きたいことがあった。
「ああ、そう言えば…私の処刑を国王はご存知でしょうね?」
足を止めたジョルジュはダークブラウンの瞳を私に向ける。
「まさか。不届きものの始末にいちいち父上の手を煩わせるものか」
「…そう」
でしょうね。私は今度こそ部屋から出ていった二人に冷ややかな笑みをおくった。
「可哀想に、【女神】がただの平和の象徴な訳がないでしょうに」
パタリ、とドアが閉じる音のお陰で私の呟きは聞こえなかったはずだ。
昨日までの私だったならば話は別だが、今の私は別に命など惜しくない。
むしろ、私が死ぬことでこの腐った国が破滅するならば喜んでこの身を捧げたいくらいなのだ。
――昨日、最後の親族であった弟が死んだのだから、もう私は生きることに執着などない。
何はともあれ、私、ルディアナ=オルディモンドはあと3日の命のようです。