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「清水さんは今日も整ってるね」


「そう言う犬養(いぬかい)君は相変わらず微妙な褒め方するよね。

 主語が曖昧過ぎてどう反応していいかわからないよ」



 俺の率直な賞賛を、彼女は的確な指摘でもって誤魔化した。

 しかし彼女の言い分は尤もだ。

 『あなたは整っている』なんてセリフ、人によっては褒め言葉と解釈されるかすら怪しい。

 しかし彼女はまさしくそれ以上でもそれ以下でもなく、そしてそれは俺なりの最上級の賛辞だった。


 彼女こと、『清水 縁(しみず ゆかり)』は知り合いになってまだ日の浅いクラスメイトだ。

 知り合いとは知り合った相手であり、知り合うとは知り合いになるという事。

 循環定義の曖昧な表現だが、友達未満という意味で俺と彼女は知り合いなのだ。


 そんな彼女の身嗜みは、今日も変わらず完璧だった。

 僅かに肩にかかるストレートヘアは毛先が丁寧に整えられ、その髪を纏った丸い頭はカラメルに覆われた黒ゴマプリンのように艶やか且つ滑らかな曲面を描き出し、和を乱して我が道をゆかんとする浮ついた毛髪は一本たりとも認められない。

 制服やスカートにも皺一つ無く、いつ見ても入学式の新入生の様な出で立ちだ。

 顔はやや垂れ目であることと、綺麗な肌と髪をしていること以外これといった特徴は無く、顔のパーツは整っているが派手さは無い。

 黒い太縁の眼鏡の存在と相俟って、取り立てて美人という印象は感じなかった。

 可愛い……綺麗……いや、やはり整っている。

 彼女はそう形容するのが最も相応しい人物だった。



「そんなにジロジロ見られると流石に恥ずかしいんだけど……」


「ごめん。次から気を付けるよ」



 俺の視線を感じた彼女は少し居心地が悪そうに、目の前の書籍棚に視線を泳がせた。

 俺達は二人で本屋に立ち寄り、文庫本コーナーで肩を並べ新作を物色していた。

 頭一つ分高い位置から見下ろす彼女の姿は、飾り気のない丸い頭と眼鏡のフレームの隙間から除く真剣な瞳が実に文学少女といった風情だ。

 まぁ、実際彼女は文学少女と言って何も差し支えないのだが、その様は少し作り物じみていた。

 彼女があまりにも絵に描いたような文学少女そのものだったからだ。

 所謂ステレオタイプとか、創作上でテンプレと呼ばれるやつだ。

 早い話、彼女は少し変わり者なのだ。


 彼女の変わり者たる所以は、その徹底した身嗜みや几帳面さを『無駄に興ずる』という、江戸っ子の粋の美学にも通じた風体に拠るところが大きい。


 彼女がその身なりの維持に、日々相応の時間を費やしているであろうことは想像に難くない。

 しかし、彼女のそれには主張の色が存在しなかった。

 自分を良く見せようという見栄も無ければ、流行を取り入れようという遊びや洒落っ気も感じない。

 化粧やアクセサリーの類は言うまでも無く、髪型も至ってシンプルかつ無個性を貫き、眼鏡のフレームも今時のトレンドを取り入れているとは言い難かった。


 清涼ではあるが垢ぬけてはおらず、そんな彼女は名の通り無色透明な水のイメージが当て嵌まった。

 恐らく、彼女はその努力になんの成果も求めてはいないのだろう。

 文学少女然とした今の自分こそが完成形であり、最終形態なのだ自負しているかのようだ。

 それが己の中に生き甲斐を見出した世捨て人か、或いは創造主に設定と称して定められたフィクションの登場人物といったものを想起させ、浮世離れしたイメージを抱かせるのだ。


 俺が彼女のそんな個性(・・)に気付いたのは先週の金曜日の事だった。




 その日は偶然彼女と同じ日直となり、ゴミ箱が一杯になっていることを担任に指摘された俺達は、二人でゴミ出しに行く破目になった。

 彼女はクラスでも目立つタイプではなく、はっきり言ってしまえば地味な人物だった。

 女子の仲良しグループの一端を担って談笑するより、一人で読書に興じている空気的存在。

 そんなところも文学少女のテンプレートに当て嵌まった。

 彼女ほどではないが休憩時間をもっぱら読書に費やしていた俺は、まだ同類と見做した彼女の存在を気に留めている方だっただろう。

 目の前を歩く彼女の見事に手入れの行き届いた後頭部を見て、俺は関心させられた。


 断っておくが、決して俺はそういうフェチというわけではない。

 話を戻そう。


 よくよく見れば髪だけでなく、制服や上履きも使用感を感じさせない程に整っていた。

 一糸乱れぬ規則的な歩き方も相俟ってその様は芝居がかったように映り、わざとそう装っているようにも、或いは育ちの良さのようにも感じられた。



「清水さんて、ひょっとしていいとこのお嬢様だったりする?」


「え?それは随分と藪から棒な質問だね」


「あぁ、ごめん。思ったことがすぐ口から出ちゃう(たち)なもんでね」


「別に気にしてないけど、至って普通の育ちだと思うよ」


「なら本の世界に入り浸ってたりとかしてる?」


「小説は好きだけど、現実との区別はついてるつもり」


「実はラノベ主人公みたいに異世界から転移してきたとか?」


「あるわけないけど……そういうのは少し憧れるかもね」



 そこで彼女は初めて少し笑って見せた。

 話してみると、彼女は意外にも物怖じしない性格だった。

 落ち着いた性格ではあるが引っ込み思案ではなく、やはりどこか芝居がかった口調でざっくばらんに物を言った。

 まぁ、そこについては俺も人の事を言えた義理ではないのだが。



「どうしてそんなこと聞くの?」


「なんだか浮世離れしてるように感じたもんだから」


「あぁ……私ってそんな風に見えるんだ」



 何やら納得した様子だったが、それ以上つっこむのも躊躇われたので話題を変えることにした。



「清水さんっていつも休憩時間に本読んでるよね?どんなジャンルが好きなの?」


「う~ん……推理物が多いかな。あまり拘りは無いけど」


「そっか。清水さんは殺人事件が起きても生き残るタイプに見えるよ」


「それは喜んでいいのかよくわからない評価だね」


「俺は真っ先に死ぬタイプだろうね。

 その場のノリで一番楽しく感じるように行動して生きてる人間だし」


「死体を目の前にしても享楽家を貫けるなら、それはそれで生き残れそうな気もするけどね」


「なるほど……言われれば確かに」


「そういう犬養君もよく本読んでるみたいだけど、どんなのを読んでるの?」


「俺はラノベばっかだよ。

 特に全く以って感情移入出来ないぶっ飛んだヤツが主人公の話が好きかな」


「感情移入出来ないほうが好きって変わってるね……」


「自分に中途半端に似た奴が主人公だと、俺の思ったのと違う行動取られると読んでてイライラするんだよね」


「あー……それはちょっとわかるかも」



 初めて話す相手にも前置きしない率直な俺の物言いは、しばしば相手の不興を買った。

 そんな自分を省みることはあっても是正しないのは、結局『馬が合う』相手かどうかは第一印象では決まらないと思っているからだ。

 無用の軋轢は避けようとは思うが、俺は己を装ってまで人との繋がりに執着しようとは思わないし、執着しなければ維持できない交友関係にも興味が無かった。

 彼女に話しかけた理由も興味本位の気紛れであり、そこから交友関係を築こうとは考えていなかったのだ。

 しかし、どうやら彼女も社交辞令が好きなタイプでは無かったらしく、互いに読書好きという共通点を得て、この日俺と彼女は唯のクラスメイトから趣味を共有する知り合いとなった。




 それ以降、彼女とはしばしば本の話題で会話をするようになり、今日はこうして放課後に初めて本屋で肩を並べるに至ったというわけだ。



「ん~、今一つビビッとくるものがないかな。犬養君何かお勧めとかある?」


「今女子の間では悪役令嬢物が流行りみたいだよ」


「そういうのを聞いてるんじゃなくて……」


「残念だけど、男同士が絡み合うようなのも読んだことないなぁ」


「…………犬養君。私をどんな風に見てるの?」


「実に絵になる文学少女だと思ってるよ」


「なら文学少女を代表してハードカバーで叩いてもいいかな?」


「文学少女はそんなことしないからやめてね」


「それは随分と都合のいい文学少女だね」


「今のは勿論冗談なんだけどさ、清水さんって結構あけすけというか、はっきり物を言うよね」


「自称享楽主義者の犬養君に言われたくはないけど、自分でもそう思うことはあるかな。

 そこは冗長的なセリフの少ない本の登場人物に影響されてるのかも」


「小説に出てくる語り部役とかに向いてるのかもしれないね」


「またそんななれもしない存在に向いてると言われても……。

 どうせなら主人公に向いてると言って欲しかったなぁ」


「主人公も向いてるんじゃないかな。

 清水さんて見た目に生活感を感じさせないくらい身なりが整ってるのに、垢ぬけた感じもないからまるで本の中の人みたいだし」


「その言葉は割と傷つくんだけど……」


「断じて悪い意味じゃないよ。それだけ身なりに気を使うならお洒落しようと思えばいくらでも出来るはずなのに、そうしない主張の無さがキャラ設定的というか」


「私ってそんなに主張しないタイプに見える?」


「その更に上かな。主張しないことに矜持か美学を持ってるように見えるよ」


「…………そっか」



 俺の印象を聞いた彼女はまんざらでもない様子だった。



「でも清水さんが内面まで内気な文学少女じゃなくて良かったよ。

 俺って割と言いたい放題言って嫌われる事が多いからさ、清水さんが内気な性格だったらこうして一緒に本屋に来ることも無かったと思うし」



「珍しく解りやすい褒め方してくれるのは嬉しいんだけど、言いたい放題言うのはもう少し控えめにして欲しいかなぁ」


「善処したい所だけど、困った事にこの性分はどうも直せる気がしないもんで……」


「それは本当に困った人だねぇ……」


「それにひきかえ清水さんは居心地がいい人だね。

 男女を意識する必要性を感じさせないし純粋に読書仲間として親しみを感じるよ」


「え……?」



 ピシリッと音が鳴ったように、清水さんの表情が凍り付いた。

 この反応には何度か経験がある。

 どうやらやってしまったらしい。

 気安い相手ほど言葉を選ばなくなる俺の悪い癖がここに来て悪さを働いたようだ。



「……私って女らしくないよね……」



 ボソリとそう言ってうな垂れる清水さん。



「いや……そういう意味じゃなくてだね、変に色気づいたところがないところに女性としての配慮への圧迫感が無くて接しやすいという意味であって、断じて清水さんに女性としての魅力がないと言ってるわけじゃないんだ。

 ほら、お洒落に凝ってる様子も無いし、化粧もしてないみたいだしね?」



 俺は早口でまくし立てた。

 彼女の気分を損ねた事に動揺してフォローを入れていることに自分でも驚いてしまう。

 どうやら俺は俺が思っていた以上に彼女のことを気に入っていたらしい。



「……化粧ならしてるよ……」


「うん?……ってウソでしょ!?あ、いや………………ホントに?」



 その不意の告白に俺は思わず素で聞き返してしまった。

 まぁ、俺はいつでもだいたい素なのだが。

 俺の反応を見た彼女は露骨に不機嫌そうな顔で俺を見上げて来る。

 火に油を注いでしまったようだ。

 どうやら彼女は意識して地味なキャラ作りをしていたわけではないらしい。

 文学少女を気取った弊害なのか、それとも元々彼女が地味なだけなのか、或いはよほどの薄化粧なのか……。

 いや、今はそういうことを考える場面ではない。

 決して得意ではないが、彼女のご機嫌を取らねばならないのだ。



「誠に申し訳ございませんでした」



 心の機微を察することを大の苦手とする俺は、頭を下げて彼女の寛大さに賭けることにした。

 それ以上の案が思い浮かばないのは、偏にこれまでの人付き合いの少なさがツケとなって回って来たからに他ならない。



「反省してる?」


「勿論で御座います」


「そう……なら半分許してあげる」


「……残りの半分は?」


「もう半分はそう言われてしまうような私にも責任があると思うの。

 だからその半分は私が私を許せるように努力しようと思う」



 清水さんは真剣な顔で何やら難しい事を言い出した。



「努力?もしかして清水さん今の自分が気に入らないの?」


「気に入ってたよ。文学少女を気取ってたっていうのは多少はあったと思うし。

 でもたった今気に入らなくなったの」



 理知的な彼女が急に子供じみた事を言い出したので、俺は可笑しくなって笑いを堪えた。

 洒落っ気の欠片も無さそうに見えて、意外と他人の評価を気にしていたらしい。



「俺は今の清水さんを断じて悪いとは思わないし、むしろ魅力的だと思うよ?

 文学少女は地味なのが宿命なんだし、今のままでいいんじゃないかな」


「私が全然納得できないの。別に好きで地味でいるわけじゃないんだから」


「あ、そうなんだ……じゃあ文学少女も辞めちゃうの?」


「少しお洒落な文学趣味の少女になることにする」


「ぷっ!」



 俺は笑いを堪えきれずに吹き出してしまった。

 でもこの切り返しは卑怯だと思う。

 笑いを隠せない俺を見て彼女は眉を吊り上げたが、その拗ねたような顔を見るに本気で怒っているわけではなさそうだった。


 本当に面白い人と出会ったものだ。

 彼女と過ごす時間は生産性は無いものの、俺にとって有意義だった。

 どこか芝居がかった彼女との取り留めのないやりとりは、物語のワンシーンにいるような非日常的日常を醸し出すのだ。

 そして、たとえその仮面が外れても、彼女には俺をこうして笑わせる独特のユーモアがあった。

 しかし、彼女は俺のそんな満ち足りた顔が気に入らなかったようだ。



「むー。乙女心が傷ついたので今日はもう実家に帰らせて頂きます」


「うん。また学校でね」



 冗談めかした言い回しで別れを告げる彼女に、俺は学校での再会を予告した。

 彼女は軽く微笑んで、恐らくは実家とやらのある方向へと歩き去っていった。

 別れ際もあっさりとしていて実に付き合いやすい。

 彼女を友人と呼べる日が来るのもそう遠い日の事ではないかもしれない。

 俺が彼女に興味を失うか、彼女が俺に愛想を尽かさなければの話だが……。

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