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phase60 悪辣

 王の容貌は蒼白であった。

 瞳は何も映しておらず、ただ英雄のみを睥睨しているだけだった。


「婿殿に問おう。この状況を打破する方法はあるのか?」


 恥も外聞もなく、英雄に問いかけた王は小さく見える。

 英雄と王の問答は静かな会議室ではより鮮明に聞こえた。


「普通の策略では覆すことは不可能、です」


 英雄の告げた言葉にもちろん、あたりは騒然となる。

 明確に敵意を表すものはいないが、会議室にいる貴族たちは不機嫌そうな目で英雄を睨んでいる。


「ブッド伯爵――」


「カナメ子爵、今は落ち着いて聞いてくだされ、英雄殿は『普通』と仰せられました。今はみんなが静まり返るのを待っているのです」


 正直言って逃げ出したかった。

 カルビンから聞いた件が自分の心中で呪詛のように駆け巡り、自分の未来に不安を覚える。


 貴族は立ち上がらない。立ち上がらず、自分と同程度の爵位の人間と、これからのことを話し合っている。


 英雄とその周りの人間だけがそんな彼らを睨むように見つめているが、彼らの話している様子を止める気配はない。


 あたりから聞こえる声はこうだ。

 自分の領地は大丈夫なのか、防衛用に兵はどうするのか。杖の備蓄はあるのか。そもそも戦えるだけの国力があるのか――などだ。

 おおっぴらにカヌザーヤに裏切ることを話しているものはいなかったが、そのようなものが出るのも時間の問題かもしれない。

 それだけ、今のクリノクロアの情勢は逼迫していた。


「ヒッ」


 英雄の近くにいた、爵位の高そうな身なりの男が悲鳴を上げた。


 ……。何が起きたのか思考の渦に巻き込まれていた気がつかなかった。

 見ると、英雄が剣を一人の貴族に突き立てている。


「なっ」


 声を出してから自分が声を出したことに気がついたが、それを恥じる必要はなかった。あたりも騒然となり、英雄殿ご乱心という声すら聞こえてきた。


「静まれ!」


 あれだけ蒼白だった王が、全身から怒気を発す。一瞬でしぼんだ空気に刺し入るように英雄が声を上げる。


「この者は商業ギルドと謀りこの国を乗っ取ろうとしていたものだ! そのようなものはこの国にもういないと思っていたが――」


 英雄の言葉の途中で水に追い立てられた鼠のように、表情という表情を露わにした貴族が数人、席から立ち上がり駆けようとする、が――。


 瞬間、その貴族の影から鈍い光が差しこみ、体が半分にずれ落ちた。


「今のは手のものだ。落ち着け。調べた限りでは――、まあ大体の反逆者はここにはいないはずだ」


 英雄の言葉にあるものは安堵し、後ろめたいことがあるのか一部の貴族は安堵の表情をしつつ微妙に呼吸が荒い。手のもの、という言葉に疑問を持ったが、そういうスキルを持っているものがいるのだろう。

 頭のなかに浮かんだかすかな疑念と違和感に背中が凍えるような気分だ。


 ふと、自分の影を見てみるが普段と何も変わらないように思える。

 会議室にふさわしい威容の照明のお陰で、自分の影まで黒く、綺麗に思えてきた。


 黒く――?


「ふむ。よくやった。皆も静まったから続きを聞こう」


 まさかここにいる全員が先ほどのスキルを持っているものに監視されている?

 そんな思考が浮かんだが、王の言葉に英雄は首肯し、両手を机においたので注目する。


「先程、普通の策略と言いましたが、他の策略を用意しています。この国が国としてあるためには戦うしかない、それはお分かりですね?」


 英雄の言葉に、当たり前だと皆頷く。


「もちろん俺だけが戦うというのも一つの手でしょう。しかし――。敵は多い。個の力が覆すには不可能な領域にまでもはやなっています。先の戦では指揮官を討ち取るか捕虜にすれば良い、言ってみれば楽な戦でした」


 全然楽じゃなかったと思いつつ、戦に参加しなかった貴族は頷いている。


「これからは違います。聖女の口から吐かせた結果、最悪な結果がわかりました」


 聖女の件を英雄が口にした瞬間、一瞬のどよめきがあったが、その直後の言葉に皆体が前に逸るのを抑えるようにして英雄を見つめる。


「彼らにはすでに、我が国が実用化していない兵器が存在しています」


 ピンとこないが、英雄の言葉を待つ。


「銃火器、といって理解できるでしょうか?」


 頭にその言葉が入った瞬間、背中を刺されるような痛みを感じた。

 英雄はそのまま言葉を続け、銃火器について説明していく。


 貴族が危険性を認識した頃には、会議は紛糾していた。

 隣にいるブッド伯爵は立ち上がっており、目を真っ赤にして英雄を見ている。


「そのようなものが実在するのなら、我々はどうしようもないじゃないか!」


 誰かが言った。

 誰が言ったのかもはや分からないが、この状況を適切に表している。


「ああ、普通ならな。おまけに――。敵にも異世界人がいるらしい。銃火器というより武器を複製することができるらしい」


 この言葉に、さらに会議は紛糾するかと思えたが、機先を制して王が英雄の言葉を聞くように令を発したおかげで一応の体裁は整えられた。


「我々は、そのような状況下でも勝たなければならない。この国を捨てることは出来ない。この中の人間で、明日にはこの場を去るものも出るだろう」


 そこから英雄は凄惨な笑みを浮かべつつ、続けて言った。


「この国の秘石を彼らに自由にさせてはならない。彼の国に侵略された国を見たことがあるか! 五等民として、奴隷として隷属の日々に生きているものを見たことがあるか! 我々は人間が人間であることを捨てるために生まれてきたのではない!」


 身振り手振りを大きく、全員に訴えかけるような英雄の所作に、会議室にいる貴族たちは拳を握り始めた。


「我々は抵抗する。彼らの覇権主義に甘んじるわけにはならない――。彼らが銃火器で対向するならば我々は魔法で対応しようではないか。戦の指揮は俺が全て受け持とう。しかし、技術の粋を集めた兵器がなくばジリ貧だ。致命的な負けが生ずるまで、緩慢な自殺をするにほかならない!」


 英雄の言葉に、嫌な予感を感じつつ、周りの喧騒に包まれて声を上げても届きそうにない。


「各貴族は領地内の兵士と技術者をこの王都に集めよ! カナメ子爵はその指揮に任ずる! この会議以降、我々は魔導兵器の開発を行い、敵を打倒せん!」


 オウッ という言葉とともに会議は終了したが、英雄に目で制されたのでその場に残る。

 十分もすればあたりの人間はいなくなった。


 英雄は俺を厳しい眼差しで見つめる。まるで大体の反逆者の例外はお前だぞ、と言っているようだ。

 手を出してくるようには思えないが、自分の置かれている立場、自分が今まで目を背けてきた事柄を直視させられる。


「カナメ、頼んだぞ?」


 結果的に英雄が発した言葉はそれだけだった。その言葉に俺は頷くしかなく、英雄の影から出ている刃先を見つつ、部屋を後にした。


お久しぶりです。休載するつもりはなかったですが、あまりにも忙しすぎて更新できませんでした。


昨日期末試験も終わり、記事の出稿にもめどが付きました。2/24まではそれで忙しそうです。


久々に小説を書くので書き方を忘れてしまっていますね・・・。

書き終えてからこれがどのような小説だったのか自信がなくなってきました。

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