第七十八話:受付に戻る
雪解けの街道を、西へ歩いた。
道が、ぬかるんでいた。
冬のあいだ誰も通らなかった道に、荷車の轍が、いくつも重なっている。人が、動きはじめていた。
ベルタが、見えてきた。
出た時とは、違った。
柵の外まで、荷が積まれている。
行商の幌が、何張りも増えていた。
国境が開いて、東からも人が来るようになったらしい。
どこかで、槌の音がする。
誰かが、家を建て増していた。
街が、鳴っていた。冬の前より、大きく。
◇
門のところで、セレスが待っていた。
「お帰りなさい」
返事を待たず、書類の束を差し出してきた。
「留守中の分です。登録が、四十一件。北の拡張区の割り振りが、途中で止まっています」
「歩きながら、聞きます」
引き継ぎは、門から受付までのあいだに、あらかた済んだ。任せて、返す。それで、話は帳簿の中身に飲まれていった。
◇
昼、食堂は混んでいた。
卓が、埋まっている。
冒険者。
組合の者。
元捕虜。
もう、元、をつける必要もなくなりかけている連中。皆、飯を食っていた。
アンばあさんが、鍋を運んでいた。
奥の鉄板で、マレクがベルタ焼きを焼いている。湯気が、立っていた。
ブロンが、でかい声で笑っていた。
トールが何か自慢して、ゴルドに小突かれていた。
アンばあさんが、ケンジの顔を見て、手を止めた。
「あんた、痩せたねえ」
「そうですか」
「そうだよ。食べな。二枚、焼くよ」
返事を待たず、鉄板のほうへ、何か言いに行った。
壁際の卓に、シバがいた。
ベルタ焼きを、食っていた。皿の上に、もう一枚。
「もう一枚、焼くか」
マレクが言った。
「……もらう」
シバが、短く答えた。二枚目に、手を伸ばした。
◇
受付には、帳簿が積んであった。
留守のあいだの、依頼の控え。登録の申請。ベックが、その山の横に立っていた。
「お帰りなさい、とは、言いません」
ベックが言った。「まず、これを片付けてください。三週間分です」
「はい」
「褒めていません。溜めすぎです」
ミーデルが、算盤を弾いていた。
「食べる口は、正確には、戦の前の二・三倍になりました。登録が、追いつきません」
ティナが、登録の列をさばいていた。「見てください、この行列! 革命です!」
奥から、ゲッツが唸った。
「まいった……! 石級の字が、みみずだ!」
その隣で、ジンが、黙って帳簿に書き込んでいた。前より、字が、揃っている。
マーサが、湯呑みを、ケンジの前に置いた。
「おかえり。無理しなさんな」
いつもの、ベルタだった。
ケンジは上着を掛けて、椅子に座った。積まれた帳簿を、一番上から引き寄せた。
「……帳簿が、溜まってますね」
誰にともなく、言った。
◇
夕方、ガドの執務室に上がった。
王都で起きたことは、ガドも、その目で見てきた。
だから、報告はいらなかった。
話したのは、街のことばかりだった。それも、ひと通り済んでいた。
ベルタカップに、湯気が立っていた。
蜂蜜茶だった。ガドが一つを、ケンジの前に置いた。
茶を飲みながら、ガドが言った。
「アデルは、レイモンドのところだ」
「そうですか」
「……あれは、レイモンドの領分だ」
それきり、その話は終わった。ケンジも、深くは聞かなかった。
ガドが、茶を一口飲んだ。
「落ち着いたら」
ガドが言った。「連れていきたい場所がある」
「はい」
ケンジは、聞き返さなかった。ガドも、それ以上は言わなかった。
◇
ケンジは、ベルタカップに口をつけた。
茶が、甘かった。
第三幕 了




