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バタフライエフェクトギルド〜異世界のギルド、書類が山積みだったので全部やっておきました〜  作者: くろかっぱ
一章

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第八話:魔力ゼロでも、習えばいい

翌朝、ガドに頼みに行った。

執務室をノックした。


「なんだ」


「魔力の使い方を教えてもらえますか」


ガドが少し止まった。無言で、他のやつに聞けというように顎をしゃくった。


「わかりました」


執務室を出た。

天才は言語化が苦手だ。感覚でやってきたから。

カーラに声をかけたのは、その日の夕方だった。


「カーラさん、少しいいですか」


「なに」


「魔力の使い方を教えてもらえますか。ガドさんに断られまして」


カーラが少し目を細めた。それから小さく笑った。

「あの人、昔からそうなのよ。感覚でやってきたから言葉にできないの」


「そうだったんですね」


「はあ。まあいいわ、教えてあげる」カーラが腕を組んだ。「でもなんで今更魔力を習おうと思ったの」


「トールへのアドバイスに使えると思って」


「魔力ほぼゼロなのに?」


「測定できないほど少ないだけで、ゼロではないらしいので」


カーラがしばらく私を見た。

「……変わった人ね、あんた」


「よく言われます」


「明日の朝、ギルドの裏の広場に来な。教えてあげる」


それから少し間を置いて、カーラが言った。


「ところで、自己治癒と身体強化、どっちの話を聞きたいの」


「できれば両方、気になる冒険者がいて」


「ふーん」カーラが腕を組んだ。「自己治癒と身体強化が両方高い人間の見分け方、知りたいんでしょ」


「はい」


「まず鑑定じゃわからないの。鑑定でわかるのは総量だけで、どう使っているかは実際の動きを見ないとわからない」


「では見分ける方法は」


「傷だらけで帰ってくるのに、翌日ケロッとして依頼に出てる冒険者がいたら、ほぼ自己治癒が高い」


「なるほど」


「身体強化の方はシンプルよ。正面から押してみな。思いっきり」


「押す?」


「そう。身体強化が高い人間は頑丈さが桁違いなの。ピクリともしないはずよ」


「あとね」カーラが続けた。「そういう人間って大体、自分が普通だと思ってるの。周りと比べたことがないから気づいてない」


「無意識に使っているから、ですか」


「そう。生まれた時から当たり前に使ってきたものは、特別だと気づかないのよ」


「ただし」カーラが付け加えた。「本人に説明してからやりな。いきなり押したら殴り返されるから」


「わかりました」


カーラが呆れたように笑った。

「それにしても、受付が冒険者の魔法適性まで調べるって、変わった仕事ぶりねえ」


「もったいないと思うものを直したくなるので」


「……ま、あんたらしいわ」



翌朝、カーラに言われた通り広場に行った。カーラがすでにいた。

「まず聞くけど、魔力って何だと思う?」


「生命エネルギーの制御能力だと思っています」


カーラが少し止まった。

「……そんな表現で理解してる人、初めて見たわ」


「違いますか」


「違わないけど」カーラが腕を組んだ。「普通はそんな風に考えないのよ。感覚として覚えるものだから」


「概念から入る方が私には向いていると思うので」


「まあいいわ」

カーラが続けた。

「身体強化は、体の中に流れているエネルギーを特定の部位に集中させる感覚よ。筋肉に集めれば力が上がる。目に集めれば視力が上がる。全身に広げれば反応速度が上がる」


「体の中でエネルギーが流れているイメージですね」


「そう。血液みたいなものだと思えばいい」


血液か。

酸素を運ぶ赤血球。栄養を届ける血漿。体中に張り巡らされた循環システム。

「筋肉に酸素と栄養を送る速度を上げるイメージですか」


カーラが少し目を丸くした。

「……そんな表現で理解できるの」


「体の仕組みを少し知っているので」


「まあ、間違ってはいないわ」カーラが苦笑した。「じゃあやってみな。右腕に集中して」


目を閉じた。体の中に意識を向けた。

流れているものを感じろ。血液の流れ、体温、筋肉の張り——

何かが、あった。薄い。本当に薄い。でも確かにある。


「……あった」


「え、もう?」

カーラが少し驚いた顔をした。


「集中してみます」


意識を右腕に向けた。薄いエネルギーを、右腕に集めるイメージ。

右腕が少し熱くなった気がした。


「……なんか、熱い」


「それよ」カーラが頷いた。「それが身体強化の感覚。あんた、理解が早いわね」


「概念で理解できたので」


「素直に認めるじゃない」カーラが少し笑った。「ただし、あんたの魔力は本当に少ない。無理して使うと消耗するから気をつけな」


「わかりました」


「もし限界を超えたら体に蓄積ダメージが残る。翌日どころか何日も響くことがあるから」


「気をつけます」


「ったく、魔力ほぼゼロのくせに妙なところで筋がいいんだから」



練習を始めて五日が経った。少しずつ感覚が掴めてきた。

でも制御が雑だった。右腕に集中しようとすると、全身に分散してしまう。集中しすぎると一点に固まって、他が動かなくなる。

その日の夜、帳簿整理を終えて長屋に戻る途中だった。


「よお……受付ぇ……」


酒臭かった。路地の入口に、ゲッツが立っていた。頬が赤い。足元も少しふらついている。後ろにいる二人も、同じように酒が入っていた。

面倒だな。


「こんばんは」


「こんばんはじゃねえよ……」


ゲッツが笑った。


「お前のせいでよぉ……説教くらったんだぞ……」


「不正の件ですか」


「件ですか、じゃねえ……」


近い。かなり酔っている。でも完全に潰れているわけではない。

一番厄介な状態だ。


「俺ぁなぁ……ちょっと多く報酬もらってただけだろ……」


「それを不正と言います」


後ろの二人が「おー、真面目ぇ」と笑った。

ゲッツの顔が少し歪む。

「生意気だな、受付のくせに……」


一歩近づいてきた。周囲にはまだ人通りがあった。露店を片付けている店主が、ちらちらこちらを見ている。

ゲッツが胸元を掴もうとした。

来る。

反射的に、両足に意識を向けた。カーラに教わった感覚。薄い熱。

思いっきり後ろに下がった。一歩、大きく距離が空く。

ゲッツの手が空を切った。


「……あ?」


私も少し驚いていた。今のが身体強化か。

でも次の瞬間、ゲッツが眉を吊り上げた。


「避けんじゃねえ!」


踏み込んできた。速い。

また足に力を込めようとして——失敗した。力が散る。

次の瞬間、肩に衝撃が来た。壁にぶつかった。

痛い。かなり痛い。


「っ……」

息が詰まる。

ゲッツも少し驚いた顔をした。


「……あ」


多分、ここまで強くやるつもりじゃなかった。でも酒が入っている。力加減が雑だ。

その時だった。


「カーラさん!! こっちです!!」


ティナの声が響いた。通りの向こうから、ティナが走ってくる。その後ろを、カーラが面倒そうな顔で歩いていた。

「……はあ。だから嫌なのよ、酔っ払いって」


カーラが路地の入口で止まる。腕を組んだ。

「何してんの、あんたら」


ゲッツが顔をしかめた。

「関係ねえだろ……」


「あるわよ」


カーラがため息を吐く。


「仲間内で揉めてんじゃねえよ」


静かな声だった。でも空気が変わった。後ろの二人が視線を逸らす。ゲッツも少し黙った。

カーラが続ける。

「しかも三人がかりで、受付相手に何してんの」


「こいつが……」


「不正してたんでしょ」

カーラが遮った。


「バレた。怒られた。終わり。はい解散」


雑だった。雑なのに正論だった。

周囲で見ていた店主が、小さく笑った。

ゲッツの顔がさらに歪む。でも、もう空気が完全に変わっていた。

酔った勢いで絡んでいた男たちが、急に"みっともない連中"になってしまった。

ゲッツが舌打ちした。

「……チッ」


それから私を見る。

「覚えてろよ……」


「もう覚えてます」

思わず言った。


カーラが吹き出した。

「その状況で煽る?」


「煽ったつもりは」


「あるのよ。無自覚なのね」


ティナが半泣きで私を見ていた。

「ケンジさん大丈夫ですか!?」


「肩が少し」


「少しじゃないです!」


ゲッツがそれを見て、さらに気まずそうな顔をした。たぶん完全な悪人ではない。ただ、酒癖が悪い。

カーラがゲッツを顎で追い払った。

「ほら帰れ。酔い覚ましてから来な」


ゲッツがしばらく黙る。それから頭を掻いた。

「……悪かったよ、ちょっと飲みすぎた」


後ろの二人が「お前絶対飲みすぎなんだよ」と笑った。ゲッツが「うるせえ」と返した。そのまま三人でふらふら去っていく。

静かになった。

カーラが私を見た。

「立てる?」


「なんとか」


立ち上がった。肩が痛い。かなり痛い。


「避けたのは良かったわね」


「二発目失敗しました」


「初心者だもの。当たり前」


カーラが少し笑った。

「でもまあ、初日で避けられたなら筋は悪くないわ」


「肩は痛いですが」


「それも勉強」


ティナがまだ心配そうに私を見ていた。

「今日は絶対一人で帰しませんからね!」


「そこまで危なくは」

「危なかったです!」


怒られた。でも悪くなかった。



翌朝、筋肉痛が全身に響いた。


「ケンジさん!! おめでとうございます!!」


トールだった。目をキラキラさせて飛び込んできた。


「何がですか」


「昨夜のことを聞きました! いつの間に魔力の練習してたんですか!」


「トールへのアドバイスに使えると思ったので」


「それって俺のためじゃないですか!!」


トールが興奮して話し続けた。


「俺がもっとちゃんと教えてもらえるように、ケンジさんが自分で魔法を習おうとしてくれたってことじゃないですか!!」


「そうなります」


「なんでそんな当たり前みたいに言えるんですか!!」


トールが目を赤くした。

「……ありがとうございます」


今度は静かな声だった。

「俺のために、そんなことまでしてくれる人、初めてです」


「大したことじゃないです」


「大したことです」


トールがカウンターに両手をついて、真正面から私を見た。

「絶対に強くなります。ケンジさんの教えを無駄にしません」


「筋肉痛になっただけなので、そこまで言わなくていいです」


「筋肉痛になるまで頑張ったじゃないですか!」


そういう解釈になるのか。

犬みたいなやつだ、と思った。でも悪くなかった。


「早く銀級になってください。それが一番のお礼です」


「なります!!絶対になります!!」


トールが尻尾を振るような勢いで頷いた。

肩の痛みが、少しだけ和らいだ気がした。

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