第三十六話:川の向こうから
馬車がベルタの門をくぐる。
荷台に木箱があった。
カニが入っていた。十匹ほど。
マルコさんから預かってきた。売り物ではなく、お土産だった。
重かった。
◇
ギルドに戻るとガドが執務室にいた。
「ラルタ村の件、報告します」
「話せ」
農業と漁業の余剰の買い取り、定期馬車、カニの件。順番に話した。
ガドが黙って聞いていた。
「マルコさんがよろしくとおっしゃっていました」
ガドが少し止まった。
「……そうか」
それだけ言った。
「夕方、ギルド裏に来てもらえますか。お土産があります」
「何だ」
「例のカニです」
ガドが「……カニ」と言った。
「おいしいです」
ガドが少し間を置いた。
「……行く」
◇
役場に向かうとレイモンドが慌てて出てきた。
「あらまあ、お帰りなさい」
「定期馬車、ありがとうございました」
「いえいえ、ケンジさんのおかげで話が早かったです」
レイモンドが指を立てた。
「ちなみに今後の運用ですが」
「馬が二頭になりました。朝と昼過ぎ、一日二便で動かします」
「早いですね」
「当然です」
レイモンドが胸を張った。
「そのお礼というわけではないですが」
「夕方、ギルド裏に来てもらえますか」
「おや、何でしょう」
「向こうの川で採れたてのカニを貰ってきました」
レイモンドが少し止まった。
「……かに、ですか」
「ラルタ村のお土産です」
「……伺います」
◇
イレーナへの手紙を書いた。
ラルタ村の状況、定期馬車の設置、カニの新収益源。
簡潔にまとめた。
使いに渡した。
◇
夕方、ギルド裏が賑やかだった。
アンばあさん、バッハ、エルミ、マレク、ルード、ゲオルク、ガド、レイモンドが集まっていた。
ティナ、ミーデル、ジン、ベックも来ていた。トール、ブロン、リア、ゴルドも。
マーサが「私も来ていいですか」と言った。「どうぞ」と言った。
ギルドを空にするわけにもいかなかった。
残る人はジャンケンで決まった。
負けたのはゲッツだったらしい。
炭火を起こした。
ゲオルクから借りた鉄網を置いた。
カニを並べた。
しばらくして、いい匂いがした。
全員が鉄網の上のカニを見ていた。
誰も手を伸ばさなかった。
「おいしいですよ」
誰も動かなかった。
マレクが「……見た目がな」と言った。
アンばあさんが「そうだねえ」と言った。
ガドが腕を組んでいた。
レイモンドが様子をうかがっていた。
「誰か食べてみてください」
全員がトールを見た。
「え、俺っすか!?」
「お前が一番若い」とブロンが言った。
「それ関係あるんすか!!」
「あるだろう」とゴルドが言った。
トールが恐る恐る手を伸ばした。
一口食べた。
黙った。
「……え…うまい!!」
「う、うう、うまいのなら!」マレクが手を伸ばす。
少し間があった後に「めちゃくちゃ美味い」と目を見開いた。
全員が手を伸ばした。
◇
ティナが笑っていた。
リアも笑っていた。
ブロンが「酒持ってこい!」と言った。
ジンも夢中で食べていた。
マーサが殻と戦っていた。
ゴルドが「コツを掴んだ」といい
ベックが「上手ですね」と言った。
誰かが笑った。
ガドが二本目に手を伸ばした。
アンばあさんが何も言わず皿に置いた。
誰も突っ込まなかった。
宴はまだ続いていた。
そんな頃、カーラが来た。
笑顔じゃなかった。
「ガドさん」
場が静かになった。カーラのこの表情を見たことがある者は黙った。
「川向こうです」
レイモンドが食べる手を止めた。
「人です」
誰も、次を聞かなかった。
「軍です」
ガドは動かなかった。
「数は」
「百は超えています」
炭火だけが静かに燃えていた。
「旗を見ました」
カーラが言った。
「ランバルトです」
ガドが立ち上がった。
いつもと違った。
怒っているわけではなかった。叫ぶわけでもなかった。
ただ、目が変わっていた。
何かを決めた人間の目だった。
レイモンドが息を吐きながら言った。
「……来ない方に賭けていたんですがね」
カーラを見た。
「詳しく聞かせてください」
◇
半年前、ベルタに来た時には思ってもいなかった。
川の向こうから、
戦争が来た。




