第三十二話:炭火と、街の匂い
朝から、北側広場が賑やかだった。
バッハが台を組んでいた。エルミが布を張っていた。マレクが炭を並べていた。ルードが木の皿を積んでいた。
アンばあさんが全体を見渡した。
「いいねえ」
「始めましょう」
◇
火を起こした。
炭を並べた。串焼き台を置いた。鉄板を置いた。
しばらくして、匂いが広がった。
最初に来たのはトールだった。
「ケンジさん!! 開いてますね!!」
「開いています」
「何がありますか」
「森鳥の串焼き、キノコと野菜の串、鉄板焼きです」
「全部ください!!」
「一つずつどうぞ」
トールが串を受け取った。一口食べた。
「……うまい!!」
「ありがとうございます」
「炭火だからですか」
「そうです」
トールがもう一口食べた。
「なんか違いますね、普通の串焼きと」
「火が安定しているので肉の旨味が引き出されます」
「難しいことはわかりませんが、うまいです!!」
◇
人が集まってきた。
冒険者が来た。街の住人が来た。子供が二人、鉄板焼きを覗き込んでいた。
「これ、なんですか」
「粉を焼いたものです。肉が入っています」
「食べられますか」
「どうぞ」
子供が一口食べた。目が丸くなった。
「おいしい!!」
マレクが「まあそうだろう」と言いながら次を焼いていた。
野営地の客も何人か来た。革鎧の旅人が串を受け取りながら言った。
「昨夜は焚き火台で温まれてよかった。今日もここで食えるとは思わなかった」
「またいつでも来てください」
「ベルタ、いい街だな」
旅人が串をかじりながら広場を見回した。
ゴルドが来た。串を一本受け取って、一口食べた。
「……うまいな」
「ゴルドさん、珍しく来ましたね」
「ゲオルクに引っ張られた」
後ろにゲオルクがいた。
「俺が食いに来ると言った」
「そうでしたね」
ゲオルクが串を受け取った。一口食べた。
黙っていた。
「……鉄板の甲斐があったな」
「ありがとうございます」
ゲオルクが「まあ、そういうことだ」と言って串をもう一本取った。
◇
昼を過ぎた頃、広場にお土産の屋台が並んでいた。
魔石を並べた屋台があった。大小様々な石が並んでいる。装飾品として売っているらしかった。
ジンが屋台の前で止まった。
「……おかしい」
「どうしましたか」
「この石、音が変だ」
ジンが並んでいる魔石の中から、二つを指差した。
「この二つ、同じ音がしている」
屋台の店主が「そうですか、きれいだから並べておいただけですよ」と言った。
手に取った。二つの石を交互に見た。
同じ音。何かがある気がした。でも今はまだわからない。
帳面を取り出した。メモを取った。
「これ、いくらですか」
「二つで銅貨十枚ですよ」
「いただきます」
ジンが「……何のために買ったんだ」と聞いた。
「まだわかりません。でも気になるので」
ジンが「……そうか」と言った。
◇
夕方、火が少し落ち着いた頃、マレクが小さな瓶を持ってきた。
「できたぞ!」
「タレですか」
「ああ。試してみろ」
串に塗った。一口食べた。
少し止まった。
「……いいですね」
「だろう」
マレクが自分でも一口食べた。
「野菜と果実を発酵させた。甘みと酸味が混ざってる。串にも鉄板焼きにも合う」
「開店に間に合いましたね」
「当たり前だ」
マレクが瓶を閉めた。
「来週からタレか塩か選べるようにする」
「楽しみにしています」
ブロンが「遅かったか!!」と走ってきた。マレクが「まだある」と言った。ブロンが「よかった!!」と言った。
◇
人が帰り始めた頃、アンばあさんが隣に来た。
「ケンジさん、今日はどうだった」
「よかったと思います」
「みんな喜んでたよ。野営の人たちも来てたねえ」
「炭火があると温まれますから」
しばらく黙っていた。
「寒いねえ」
「そうですね」
「こんな日はゆっくり温まりたいよ」
少し止まった。
「お風呂に入りたいですね」
アンばあさんが振り返った。
「そんな貴族じゃあるまいし!」
「湯船のことです」
「湯船?」
「お湯に浸かる風呂です。故郷にありました」
「そんなのがあるのかい!!」
「はい。男湯と女湯に分かれて、みんなで入ったりしていました」
「な、なんてことを!!??」
「普通でした」
「普通!!??」
アンばあさんがしばらく絶句していた。
「庶民も入るのかい」
「みんな入っていました」
「……貴族だけじゃないのかい」
「公衆浴場に来た人が手桶でお湯を浴びるのとは違います。大きな湯船にお湯を張って、そこに浸かります」
アンばあさんが少し考えた。
「……それ、炭があればできるのかい」
「大量のお湯を安定して沸かせれば、できると思います」
アンばあさんがしばらく黙っていた。
「そういえば公衆浴場やってるミゲルさん、もう結構な年でねえ、この前腰をやったって言ってたよ」
炭火を見たまま黙った
「……ケンジさん」
「はい」
「また変なことを考えてるね」
「そうかもしれません」
アンばあさんがにこっと笑った。
炭火が静かに消えていった。




