第三十一話:炭が、街に来た日
朝、食堂が静かだった。
アンばあさんが隣に座った。お茶を二つ置いた。
「ケンジさん、ガドさんから仲間を失った話、聞いたかい」
「少しだけ」
「詳しくは聞いてないんだね」
「はい」
アンばあさんがしばらく黙っていた。
「昔ね、大切な仲間がいたんだよ。イレーナさんも、レモさんも、ガドさんも、私も。みんな同じ場所にいた」
「……そうですか」
「その仲間を失ってね。それがそれぞれに未だに残ってるんだよ」
少し間があった。
「ケンジさんはね、その仲間に似てるの」
少し間があった。
「だからかな」
アンばあさんが笑った。
「みんな、あんたを放っとけないんだよ」
それ以上は言わなかった。
◇
ギルドに向かうと、扉の前が少し騒がしかった。
荷車が止まっていた。
どすん、という音がした。
ブロンが地面に大の字になっていた。
ポウがにこにこしていた。
「またやった!アハハ」
トールが「ブロンさん!?」と言った。ゴルドが「……また懲りずに」と言った。
ルウが腕を組んで立っていた。
リアがルウの前に立っていた。
「……前より重心が下がっている」
「少し掴めてきた気がします」
「気がするだけだ。もう一度」
リアが頷いた。
ティエが荷車の傍らに立っていた。ジンが走り寄った。
「来たのか」
「炭、持ってきた。今回が最後だ」
ジンが少し止まった。
「……最後?」
「次からはあの二人に任せる」
ティエが腹に手を当てた。
「しばらく森を離れにくくなる」
ジンが「……そうか」と言った。
「字の方はどうだ」
「まだだ」
ティエが頷いた。それだけだった。
その時、ガドが扉から出てきた。
ポウがガドを見た。
「あのひとつよそー」
ガドがポウを無視した。
「ケンジ、客か」
「炭を届けに来てくれました」
ガドが頷いて、中に入っていった。
ポウが「無視された!」と笑った。
ブロンがまだ地面に倒れたまま「俺もつよいぞ!!」と言った。
ゴルドが「お前は今倒れてるだろ」と言った。
◇
ティエが帰り際に言った。
「もう一度持ってくる。二人で来る」
「わかりました。待っています」
荷車が動き出した。ルウとポウがその後ろをついていった。
ポウが振り返った。
「またくるー!」
◇
ゲオルクの鍛冶場に向かった。
扉を開けると、作業台の上に台が二つ置いてあった。
串焼き台だった。鉄の棒を格子状に並べた形だ。それから鎖を編んで作った網が一枚あった。鉄板も一枚あった。
ゲオルクが腕を組んで立っていた。
「できたぞ」
「ありがとうございます」
「鉄板は苦労した」
ゲオルクが鉄板を手に取った。
「盾と同じ技術で作ったが、平らにするのが難しかった。多少凸凹があるが使えると思う」
「十分です」
「鎖の方は食材には向かなかった」
ゲオルクが鎖の網を手に取った。
「焚き火台に使ってくれ」
「ちょうどいいです」
ゲオルクが少し目を細めた。
「まだ試したいことがある。焚き火台はもう少し待ってくれ」
「わかりました」
ゲオルクが「まあ、うまくやれ」と言って金属に向き直った。
◇
マレクの店に向かった。
扉を開けると、マレクが石板を抱えていた。
「遅かったから石板を準備してた」
「鉄板ができました」
マレクが石板を下ろした。
「必要なかったな」
「なめんじゃねえ」
マレクが振り返った。
ゲオルクが立っていた。
いつの間にかついてきていた。
「まさか武具より難しいとは思わなかったぞ」
マレクが「そうか」と言った。少し口元が緩んでいた。
「まあ座れ」
炭を火にかけた。串焼き台と鉄板を置いた。
森鳥の串を並べた。キノコと野菜の串も並べた。鉄板に粉を溶いたものを流した。肉を乗せた。
しばらくして、煙が上がった。
少なかった。火が安定している。揺れが少ない。
肉が焼けてきた。
一口食べた。
マレクが黙った。しばらく何も言わなかった。
「……まじか」
「どうですか」
「火が違う。肉の味が違う」
ゲオルクが腕を組んで一口食べた。
「……うまいな」
鉄板焼きも試した。粉に肉を挟んで焼いたものだった。
マレクが一口食べた。
「……これはタレが欲しいな」
「開店までに仕上げます」
マレクが「任せろ」と言った。目が変わっていた。
ゲオルクが「俺も食いに行く」と言った。
「もちろんです」
◇
試食が一段落した頃、扉が開いた。
ルウとポウだった。
「届けに来た」
荷車に炭が積まれていた。
「ちょうどよかった。試食していってください」
ルウが少し止まった。
「……問題ないか」
「どうぞ」
ポウがすでに串に手を伸ばしていた。
「あつい!アハハ」
ルウが「焦るな」と言いながら一本取った。一口食べた。
黙っていた。
「……問題なし」
少し止まった。
ルウがもう一口食べた。
思わず身構えた。
何も起きなかった。
「……どうかしたか」
「いえ」
ポウが「おいしいー!」と笑った。
お土産の包みを用意した。
「ティエさんとソルさんに持っていってください」
ルウが受け取った。
少し間があった。
「……一つ聞いていいか」
「どうぞ」
「字を習いたい」
ポウが「わたしも!」と笑った。
「ティエさんとソルさんに相談してから来てください」
「了解」
「ジンも字を習っています。競走になりますね」
ルウが少し目を細めた。
「……負けない」
ポウが「わたしもー!アハハ」と言った。
◇
二人が帰った後、マレクが串を一本手に取った。
「屋台、来週出せるか」
「出せます」
「タレは開店までに仕上げる」
マレクが炭を見た。
「ヴェタ家の炭、もっと仕入れたいな」
「話してみます」
外が明るかった。
屋台まで、あと少しだった。




