第二十七話:できることをしていただけ
朝、ギルドに入ると、ベックが待っていた。
「ケンジさん」
「おはようございます」
「少しよろしいですか」
カウンターの端に来た。声が低かった。
「ここ数日、外に出ていることが多かったようですね」
「はい」
「ギルドの業務は滞りなく動いていましたが」
「ありがとうございます」
「私が言いたいのはそういうことではなく」
ベックが少し眉を上げた。
「受付係が外を飛び回るのは、本来の業務ではないはずですが」
「そうですね」
「……わかっているなら結構です」
それだけ言って、ベックが戻っていった。
マーサが隣で「あれがベックさんなりの心配だよ」とぼそっと言った。
◇
午前中の業務が落ち着いた頃、ジンを呼んだ。
「少しいいですか」
「はい」
小さな袋を渡した。
「おばあさんと蜂蜜茶でも飲んでください」
ジンが袋を受け取った。
しばらく黙っていた。
「……いいんですか」
「どうぞ」
ジンがまた黙った。小さく頷いた。
「せっかくなので魔力測定もやっておきましょうか。まだやっていなかったので」
ジンが少し止まった。
「……字を覚えたら、と思っていました」
「関係ないですよ。字と魔力は別です」
◇
ベックに頼んだ。
「魔力測定をお願いできますか。ジンと、私も」
ベックが少し目を細めた。
「……ケンジさんも、ですか」
「はい」
「また測定不能と出ますよ」
「確認したいので」
ベックが「わかりました」と言った。
ジンが先だった。
測定石に手を置いた。
しばらくして、ベックが数字を見た。
「……ほう」
珍しい反応だった。
「総量が平均より頭一つ抜けていますね」
ジンが「そうですか」と言った。あまり気にしていないようだった。
次はこちらだった。
測定石に手を置いた。
ベックが数字を見た。
「……魔力が低いまで成長しましたね」
ベックが本気で不満そうな顔をした。
「ありがとうございます」
「褒めていません」
「そうですか」
「私は多少ある方ですけどね」
ベックが少し胸を張った。
「よかったですね」
ベックが一瞬だけ睨んできた。
◇
昼前、ティナが駆け込んできた。
「ケンジさん、灰ってどこで手に入りますか」
「かまどの灰で十分です。何かありましたか」
「昨日の話を聞いて、朝一でギルドのトイレに撒いてみたら」
「どうでしたか」
「息止めなくてよかったです」
ティナが真剣な顔で言った。
「今まで息止めてました」
「そうでしたか」
「革命です」
「大げさです」
「大げさじゃないです!!」
◇
午後、ゲオルクの鍛冶場に向かった。
扉を開けると、金属を叩く音がした。
「ゲオルクさん、少しいいですか」
「なんだ」
「発注したいものがあって。紙に書いてきました」
紙を渡した。
ゲオルクが受け取った。
「……丁寧だな」
しばらく読んでいた。
「鉄釜、焚き火台のようなもの、鉄板焼き用のプレート、焼き鳥用の調理台」
顔を上げた。
「……一度に言うな」
「すみません」
また紙を見た。
しばらく黙っていた。
ゲオルクが鉄板の図を指で叩いた。
「これは面白いな」
「腕の見せどころですね」
ゲオルクが「……そういうことにしておく」と言った。
金属を叩く音が再開した。
◇
マレクの店に寄った。
「アンピークで屋台を出したいと思っています」
マレクが「ほう」と言った。
「鳥の串焼きと粉を鉄板で焼いたものです。炭火で」
「炭火か」
マレクが少し考えた。
「旅人の一口の夏向けはどうなっていますか」
「蜂蜜から一回離れてみたんだ」
マレクが腕を組んだ。
「蜂蜜は夏に持たない。だから豆で試してる。甘味を加えて乾燥させる。保存も効くし携帯しやすい。ただ旨いかどうかはまだわからん」
少し止まった。
「流石です」
「だろう?」
マレクが腕を組んだ。
「旅人の一口は、結局持ち歩けなきゃ意味がないからな」
「かなり良い方向だと思います」
「よし、だったら早速試してみるか」
「楽しみにしています」
「あ、で、粉を鉄板で焼いたものってなんだ」
「それはですね——」
◇
夜、アンばあさんの長屋に戻った。
アンばあさんが「お湯沸かしてあるよ」と言った。
「ありがとうございます」
手桶にお湯を注いだ。
湯気が上がった。
お湯を浴びながら、ぼんやり考えた。
たまには湯船に浸かりたいよな。
お湯が、思ったより熱かった。
悪くない夜だった。




