第十二話:冬が来る前に
翌朝、トールが薬草師から戻ってきた。足首に包帯が巻いてあった。
「どうでしたか」
「湿布です。三日は無理しないようにって」
「わかりました」
トールがカウンターに肘をついた。
「ケンジさん、昨日帰り道すごく腹が減りました」
「そうですか」
「朝に飯食べて、昼に行動食食べて、それだけで夜まで動いたので」
「行動食は何を持って行きましたか」
「硬いパンと干し肉です」
「感想は」
「……正直、あんまり。疲れてる時に硬いパンを噛む気力がなくて、結局残しました」
疲労時に噛む動作がネックになっている。栄養を取らないといけない時に食べにくい。設計が逆だ。
それからトールの服を見た。麻のシャツ一枚だった。
「昨夜、寒くなかったですか」
「……寒かったです」トールが少し肩を縮めた。「夜になったら急に冷えて」
「防寒着は持っていきましたか」
「荷が重くなるので置いてきました」
「次からは持っていってください」
「でも重いんですよね……」
トールが出ていった。
食料と防寒。
どちらも、たぶん解決できる。
◇
昼休み、アンばあさんの道具屋の前を通った。
立ち止まって、棚を眺めた。
松明、ロープ、保存食、革袋、簡単な包帯。
最初にここを覗いた時、頭の中でリストを作った。直せることが山ほどある、でも信頼が先だ、と思って通り過ぎた。
あれから何ヶ月も経った。信頼はできた。でもリストには手をつけていなかった。
そろそろ、いいかもしれない。
アンばあさんが奥から顔を出した。
「ケンジさん、何か入り用かい?」
「いえ、少し見ていました」
「気になるものがあったら言っておくれよ」
「……近いうちに相談させてください」
アンばあさんが少し目を丸くした。それから嬉しそうに笑った。
「待ってるよ」
◇
夕方、台帳を眺めた。
冒険者の依頼記録と報酬の動きを追っていると、あるパターンが見えてきた。報酬が入った日に引き出す冒険者が多い。翌日にはほぼ残っていない。
貯めている人間がほとんどいない。
怪我をして依頼に出られなくなったら、翌月の宿代が払えず、食事が買えなくなる。怪我が治っても腹が減っていれば動けない。
怪我をしたことで、怪我が悪化する。
おかしな話だが、台帳を見れば現実だとわかった。
備えがない。
そういえば行商人もそうだった。現金を運ぶ手段が行商人頼みで、何かあれば村ひとつが困窮する。現金を安全に預ける場所もない。届ける仕組みもない。
全部、仕組みがなかった。
仕組みを作れば解決できる。
難しい話じゃない。
帳面を取り出した。二つの問題を書き出した。
一つ目。冒険者が怪我をした時の備え。
二つ目。現金を安全に預けて、必要な時に使える仕組み。
書きながら、頭が整理されていった。元の世界にあったものだ。言葉はないが、概念は作れる。
ただ一人では無理だ。アンばあさんに動いてもらう必要がある。ガドの許可も取らなければならない。
順番がある。まずアンばあさんと話をすることだ。
道具屋の問題も、一緒に持っていこう。
帳面を閉じた。
やることが増えていた。でも優先順位はある。冬が来る前に、動き始めなければいけない。
明日、アンばあさんのところへ行こう。




