第8話「始まり」
収穫を終えたアスクとリプラがロイヤーを探している。
「見つからないね。」
「うん……。」
2人は庭を見渡したが、ロイヤーの姿は見つけられなかった。
至る所で月人達が遊んでいたり、寝ていたりと自由に過ごしている。
アスクが、丁度近くに居た月人に尋ねた。
「ねぇ、ロイヤー見なかった?」
「ロイヤー様?庭の大体の場所を回ってきたところだけど見てないでっせ!」
「そっか……館の中も探してくるね!ありがとう!」
リプラは月人に礼を言うと、アスクの手を引いて館の入口の方へと走っていった。
入口の前に2人が立ち、リプラが扉へ手をかけようとするのをアスクが止める。
「あっちに居る気がする。」
アスクの手は館の裏にある、射撃などの練習を行うための場所がある方向を指さしている。
「……練習場?」
「うん、なんかロイヤーっぽいのが見える。」
「……?(ここから練習場って見えないよ?)」
アスクの発言に首を傾げながらも、リプラはまたアスクの手を引きながら、館の裏へと回った。
普段は戦いに赴く役割の月人達が戦いに備えて練習を行っている練習場の奥の辺りで、巨大な的に向かって火を放っているロイヤーがいた。
「ロイヤー!何してるの?」
アスクがロイヤーに遠くから話しかけると、ロイヤーは火を放つ手を止め、少し疲れた様子でアスク達の方に振り向いた。
「収穫は終わったのか?」
2人の方へ歩いていきながら、ロイヤーは両手の煤を払った。
リプラはアスクの肩に手を置いて、不安げな様子でアスクとロイヤーを交互に見ていた。
「終わったよ!それでロイヤー、少し寝てきてもいい?寝不足なのか分からないけど、なんかアスクの様子が変なの。」
「変?」
「さっきまでね、ウミ?とかノア?とかわけの分からない事言ってたの!」
それを聞いたロイヤーは首を傾げてアスクを凝視した。
「ウミ……?ノア……?アスク、一体何の話をしてたんだ?」
「うーん……もう忘れちゃった。思い出せない……。」
アスクは記憶を引き起こそうとして自身の頭を抑えたが、さっき見たあの景色を思い出す事は出来なかった。
ロイヤーは少しの間顎に指をあてて何かを考えていたが、ため息をつくと再び的と向き合い始めた。
「とりあえず、今は俺達がやる事も今はもう無いしな、休んでおけ。何か手伝ってほしい事があったら起こしに行く。」
「ありがとう!」
再び的へ火を放ち始めるロイヤーに背を向け、2人は館の内部にある自分達の部屋へ向かった。
館内部の、アスクとリプラの部屋。
部屋を照らすために壁に空けられている穴と、レイズによって寝床としてスチールウールのように変形させられている月鉱、そしてアスク達が見つけた面白そうな物を閉まっておくための箱が置いてあるだけの部屋だ。
リプラは寝床の上へアスクを投げ飛ばすと、勢いよく彼の上へのしかかった。
「ぐぇっ。」
「しっかり寝るまでどかないから!」
少し怒ったような口調で話すリプラに下敷きにされながら、アスクはため息をついた。
アスクはゆっくりと目を閉じ、目の前に広がった暗闇の中に最近の思い出を映していた。
初めて『月獣の暴走』の迎撃に参加して、リプラと並びながら月狼を全て倒した思い出。
その後にロイヤーから外出禁止を告げられたので、頼み込んで闇の湖でしばらく過ごす事を許してもらった思い出。
その後……僕達は闇の湖で誰かと話していた気がする。
目に包帯を巻いていて、多分彼女の視界はきっと今みたいに真っ暗で……
アスクの脳内にピリナスへ来た全ての月人達の姿を見た時の記憶が浮かび上がってきた。
いない。
クリキンディーをピリナスで見かけていない。
アスクは目を見開き、上に乗っていたリプラを跳ね飛ばす勢いで飛び起きた。
「クリキンディー、ピリナスにいなくない!?」
「は?なんで突然クリキンディーの事話すの?……ん?」
リプラは自分の頭を抑え、今まで見かけた月人の中にクリキンディーらしき月人が居なかった事を思い出している。
アスクは焦った様子で窓から外を見渡して、庭にクリキンディーが居ないか探していた。
こわばった表情で庭を見つめ続けるアスクの後ろからリプラも身を乗り出して外を見た。
「いないね……ピリナスの別の場所にいるのかもしれないけど、ロイヤーに聞いてみよっか――」
アスクの手を掴んで部屋を出ようとするリプラを、アスクは外を見つめたまま引き止めた。
「……あそこにいる!」
アスクがピリナスの結界近くの、都市の建物の隙間を指差している。
リプラはアスクの指している場所をよく見てみたが月人らしきものは見えず、リプラが首を傾げようとした丁度その瞬間、クリキンディーが建物の隙間を素早く駆けていくのが見えた。
「!?」
リプラとアスクは目を丸くしてクリキンディーを観察していたが、間もなく彼女の姿が見えなくなるとすぐさま部屋の外へ飛び出した。
「なにあれ……!?もともと普通ではなさそうな感じはあったけど……!」
「僕らと同じくらい速く走れてる……!とりあえず、捕まえて話を聞こう!!」
窓から飛び降りた2人は綺麗に着地した後、ピリナスを囲む石垣に向かって駆け出した後、勢いよく飛び上がり石垣の上から張られている結界を勢いよく突破した。
歪んだ金属音のようなものが辺りに響く。
「スリエルにラミエル!?どうしたんだろ!?」
「すごい速いな……でも、あの人達も外に出ちゃダメなはずではなかったでっせ?」
困惑する月人達の声はアスク達の耳には届かず、2人は都市の中へ走り去っていった。
――練習場にいたロイヤーは火を放つ手を止め、少しずつ沸きあがる苛立ちに手を震わせる。
今ロイヤーが耳にした、鉄の棒同士をぶつけた音を歪めたようなソレは、天使の誰かが結界を出ていった時にしか鳴らない音であることをロイヤーは知っていた。
「ほぼ同時に2回……リプラ、アスク!?クソッ、アイツら!!!!」
ロイヤーの靴底が赤く光り輝き、噴き出した炎が彼を空高くへ飛ばした。
「どこにいった……堕天使が誰を狙っているのか理解していないのか!!!!」
怒りに声を震わせながら都市を見渡すロイヤーが、ふと目を見開いて硬直する。
「……読んで……いたのか……!?」
唖然とするロイヤーの視線の先。
都市の防壁の先に見える、大量の砂埃。
目を凝らせば、その砂埃の下ではおぞましい数の黒い生き物達がこの都市へ向かってきているのが見えた。
「【『月獣の暴走』】。」
――――――――
――防壁の上、チェッカは遠くから迫ってきている『月獣の暴走』を睨んでいた。
「100……300……600匹はいるぞ!」
リメイムは髭を撫で続けていた手を離して、両手で杖を握りしめた。
「最後と呼ぶには……少し小さめな規模じゃのう?」
「は……!?どこがですか!通常の6倍規模ですよ6倍!!……!」
その発言を聞いたチェッカは足を踏み鳴らしながらリメイムの方を向いて怒鳴ったが、直後にリメイムの視線がインヘリットの方へ向けられている事に気づき、閉口した。
インヘリットは腕を組み『月獣の暴走』の巻き上げる砂煙を見ていたが、おもむろにチェッカに尋ねた。
「……おいチェッカ。アレと戦う俺達の数って全部で何人だ?」
突然質問をされたチェッカは困惑しながらも呆れたように答える。
「精神を病んで自決した3人を除いて187人です。」
「前線の奴らは?」
「インヘリットを除けば111人……前線の指揮をするのはあなたですよねインヘリット!?1人1人の名前はともかく、数くらいは覚えておいてください!」
インヘリットはため息をつくと、軽く跳ねて全身をほぐし始めた。
「……わかったよ。」
インヘリットは気怠そうに軽く跳ねていた所から、流れるように防壁から飛び降り前線の月人達の前に降り立った。
「お前ら!!ココで死んだヤツぁ俺が名前覚えて、腰抜けの負け犬として未来永劫に語り継いでやるからな!!!!」
突然の怒号に月人達は驚き、その声は地面をも揺らしているのかと思ったが、声が止んでも揺れは続いていた。
「バリスタ!撃ち方始め!!」
防壁の上からチェッカの声が聞こえた直後、インヘリット達の上を無数の巨大な矢が飛んでいった。
十数本の矢が迫り来る『月獣の暴走』に襲いかかっているが、暴走の勢いは衰える気配はなかった。
とうとう砂煙だけでなくその姿が見えてきた『月獣の暴走』を目にした多くの月人は、唾を飲み込み武器を握る手を震わせ始めた。
インヘリットはゆっくりと『月獣の暴走』の迫ってきている方向へ向き、数秒間睨んだ後に、歯を食いしばって笑みを浮かべた。
「戦った末に負け犬呼ばわりされんのは嫌だよなぁ……?」
インヘリットは自らの拳と拳をぶつけ、腰に力を入れる。
それを見た月人達はゆっくりとその手に持っていた武器を前に向け、構えた。
「お前ら!!絶対に勝ち残れ!!!!」
全員の鋭い視線は『月獣の暴走』にのみ注がれていく。
「全てが終わった後で!!果物喉に詰まらせてひっそり死にやがれ!!!!」
「「「うぉぉ!!!!」」」
「前線!!突っ込むぞ!!!!」
――――――――
月人と『月獣の暴走』の衝突が始まったその頃。
古弓台の広場でアスクとリプラ、クリキンディーは互いに睨み合っていた。
「君は……何者なの!?」




