第7話「過去の影」(非戦闘パート、ただし重要。)
「……ねぇロイヤー、コレ先に食べていい?」
月人達が主食としている果実『ミテラフルーツ』を箱いっぱいに運んでいたアスクが、箱の中からソレを1つ取り出してロイヤーに見せた。
「1つくらいならいいが……やっぱり前の『月獣の暴走』から食べてなかったのか?」
3つほど箱を重ねて運んでいるロイヤーが、前を向いたままアスクと話している。
「ありがと。でも、前の『月獣の暴走』から食べてないわけじゃないよ、ただ何か口に入れておきたくなっただけ。リプラも食べる?」
アスクが手に持っていた果実を半分に割り、片割れをリプラに差し出した。
「食べる!」
持っていた荷物をぐらつかせながら、リプラはアスクから果物を受け取るとソレに勢いよくかぶりついた。
リプラが果物を食べている様子を見つめながら、アスクもミテラフルーツを食べ始める。
「……。」
3人が箱を持ち歩き続けていると、館前の庭に集まっているたくさんの月人達の姿が見えてきた。
月人達は3人の姿を見つけるなり、ぞろぞろと3人の元へ集まって、お礼を言いながら3人から箱を受け取っていった。
箱を地面に降ろして、皆それぞれ果実を1つずつ箱から取り出して齧りついていく。
「これであの星が3周するくらいは持つか……」
館の壁に寄りかかったロイヤーは、青い星を見つめながら静かにため息をついた。
ミテラフルーツを齧りながら、ロイヤーはこれから起こる事について考えている。
「(堕天使とレイズ様の決戦、単純に2人が戦うだけならば堕天使に勝ち目は無い。だが、それは堕天使も承知のはず。レイズ様は堕天使の目的を『アスクとリプラの拉致』のみであると考えている様子だったが……あの人はどこか常に自分の価値を低く見積る癖がある。今回の戦いに置ける堕天使にとっての"最高の勝ち方"という物は、レイズ様を排除した上でアスクとリプラを奪い取る事だろう。堕天使は不意打ちでもなんでも、様々な手段を行使してレイズ様の排除を試みるつもりだ、そうに違いない……忠臣として、ソレだけは阻止しなければ!)」
ピリナスの庭の一角には月鉱で出来た木が生えている。
アスクとリプラが空になった箱を持ちながらその木を注意深く見つめていた。
「んー……あ!あった!」
リプラが、銀色に眩しく光る葉の中に隠れている黄色い果実を見つけた。
果実の形はリンゴに似ていて、熟れたメロンのように甘い香りを発している。
アスクが木の葉に触れると、一瞬だけ眩しさを増した葉が枝の中へ吸い込まれるように消えていった。
葉の無くなった木に5、6個ほど実っていた果実をアスクとリプラが回収すると、木は地面の中へ折り畳まれるかのように消えていった。
「……コレどこから生えてきてるんだろう?」
何となく気になった事をアスクが呟く。
「ん?うーん……地面から生えてる以外、何も分かんないや!」
珍しく自身も気にした事すらない事を聞かれたリプラは、戸惑いながら微笑んだ。
その親友の表情を目にしたアスクが、目を大きく開く。
……似たような表情を、オレはどこかで見た事がある?
アスクの脳裏に、ノイズのかかった記憶が流れ始めた。
――――――――
「え?この戦いで……私達の使命も、滅王軍との戦いも終わらせられるかって?うーん……滅王軍に――もこれで倒せたら、そりゃ、それこそ最高の勝ち方だけど……あははっ、私にも、なーんも分かんないや!でも……もしかしたらさ、私達が超頑張れば――」
銀色の、月鉱の塊で出来ているような船の上で、自分の前に立っている誰かはどこか困った様子で微笑んでいた。
海が穏やかな波を船にぶつけている。
――――――――
「……アスク?」
リプラが突然固まってしまったアスクを気にかけ、彼の目の前で手を振ったりしている。
「……ん?あれ?海……ノアは……ホープは……?」
ハッとした様子でアスクは辺りを見回し、自分が月の、ピリナスの庭に立っている事を確認した。
「え?海……?ホープ?ノア……?アスクどうしちゃったの!?」
リプラは少し慌てた様子でアスクの両肩を掴み、アスクの目の奥を覗きこむ。
アスクは寝ぼけたような気分になりながらも、自分の顔を凝視されている事が恥ずかしくなってそっぽを向いた。
「眠くてちょっとぼーっとしてただけ!問題ナシだ……!」
「……?そっか!採取が終わったら寝てもいいかロイヤーに聞いてみよ!」
リプラはアスクの口調に違和感を覚えながらも、いつも通り笑顔を浮かべてからアスクの手を握った。
月の都市、『月獣の暴走』が発生するとされている闇溜りに近い防壁の上にて、チェッカとリメイム、インヘリットが静かな都市の方を向いて何かを待っている。
突然建物の隙間から何者かが飛び出てきたかと思うと、彼女はインヘリット達の横へ降り立った。
「レイズ様!?それはミテラフルーツですか……?何故レイズ様が輸送を?」
チェッカ達は驚いた様子でレイズに駆け寄り、彼女が大量に担いでいた箱を受け取る。
服や手についた石の粉を払いながら、レイズが自分の腰に手をあてた。
「お待たせ。せっかく速く動けて強い私が自由に動けるんだし、安全や効率を考えた結果、今回だけは私が運ばせてもらう事にしたのよ。」
リメイムが箱の封を解き中を覗くと、全ての箱の中に大量のミテラフルーツが詰め込まれていた。
「これだけあれば、しばらくの間輸送をしてもらう必要もありませんな……流石です、レイズ様。」
レイズは笑みを浮かべながらも、どこか物憂げな表情をしていた。
「ありがとう……もう少し話していたいけど、いつ堕天使や『月獣の暴走』が襲来するか分からない。都市の巡回に戻るわね。」
「はっ。どうかお気をつけて!」
「お気をつけてくだされ、レイズ様。」
都市の方へ跳んでいこうとしていたレイズは、何かを思い出したように振り返ってインヘリットの目を見た。
「そうそう。インヘリット!約束しておきたい事があったの。もし『月獣の暴走』が来なくなっていても、私が堕天使を倒していない限りは防壁からは離れないでおいてほしいわ。」
先程まで蚊帳の外気分で顎を搔いていたインヘリットは、驚きも交えながら面倒そうに首を傾げた。
「なんで俺にだけそんな事言いやがるんだ?そして何故アンタを援護しに行っちゃならねぇんだ?てかよ……わざわざ俺に言わせるんじゃねえ!お前がくたばったら俺達全員の士気が駄々下がり!月の都市は精神的にくたばっちまうんだぞ――」
「そんな事……!鬱陶しいくらい分かってるわ。」
レイズが少しだけ声を張る。
「私は皆にとっての希望の光であって、私が居たから皆は今まで団結してこれた。そして、皆がいたから私も今まで皆のリーダーとして存在できてるの。」
レイズは懐から小さな月鉱を取り出し、ソレを右手で強く握りしめた。
「今回の『月獣の暴走』も、いままでの『月獣の暴走』も、1回だけの襲来で終わる保証なんてどこにも無かった……堕天使は私1人に任せて。インヘリット、あなたは絶対に、ここを突破させないで。」
レイズの右手に包まれていた月鉱が強く光り輝き、彼女の身の丈ほどの巨大な包丁のような形をした大剣へ形を変えた。
大剣の全体には金色の線が何本も走っている。
彼女とその大剣の存在感が防壁の上に強風を発生させた。
「……。」
インヘリットは閉口し腕を組む。
その表情は、何かに気づいたようだった。
レイズはインヘリットの沈黙に何か言う事も無く、大剣を片手で担いだ。
「その剣……常に担ぎながら巡回を?」
「そうよ。いつ堕天使や何かと遭遇するかもわからないでしょう?……それじゃあ、もう行くわ。」
レイズが音も無く跳び上がり、ビルのような建物と建物の隙間に消えていく。
去り際に大剣を壁にぶつけた音だけが、孤独に都市へ響き渡った。
「……くだらねぇ。」
――――――――
月人達が堕天使と『月獣の暴走』を迎え討つ準備を整えてからしばらくして、防壁の上へと運ばれたミテラフルーツの半分ほどが月人達に食べられていた。
大剣を担ぎながら、レイズは都市の一角にある古いバリスタの前に立っている。
所々にヒビが入っているバリスタからは矢を発射するためのしかけが取り外されている。
しばらくの間バリスタを見つめた後、レイズは不意にバリスタとは別の方向へ目を向けた。
バリスタを中心として建設された広場の端に、4人の天使をかたどった像が置かれていた。
像の1つは、レイズ・ミカエルを模して作られた物のようだ。
レイズは像の前へ歩み寄り、ゆっくりと座りこむ。
彼女は少しだけ目に涙をためながら、それぞれの像を見つめていた。
「……『パンゲア大陸と自身を犠牲にし、大いなる脅威から月人を救った英雄達』。」
音も無く、何者かがレイズの背後に立っていた。
「!?」
レイズは素早く飛び上がり、バリスタの上に立ってその何者かの背後を取り返す。
何者かに大剣を向け、レイズはため息をついた。
「……驚いた。私の背後をとってくる通常種の月人がいるなんて……いえ、そういう括りに入れていい存在でもなさそうかしら?」
普段とは全く違う、圧のある声色でレイズが月人へ話しかける。
目に包帯を巻いた月人、クリキンディーはゆっくりと、レイズの方を向いた。
「……!そんな状態でも見えてるのね。そういう力を持ってるの?」
クリキンディーは少しの間俯いてから、レイズの目を見つめて口を開く。
「アスク・スーリエルとリプラ・リュミエールの身柄を、黒い髪の彼らに渡してください――」




