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第76話「悔いは残り続けて」

   今、宇宙には『死月』と呼ばれる巨大な星が1つだけ浮かんでいる。

 この世界には元々、月と地球しか存在していなかった。

 それ以外の宇宙に見えていた星々は全て世界の端に描かれた嘘である。

 そして今、実在していた全ての星と異空間の全ては繋がり、その嘘すらも引き裂いた。

 不気味に蒼く輝く銀河の中で、死月の上で、人は滅んでいく。


 最後の4人を除いて全ての人類が死滅するまで伸び続けるバベルの塔は、既に8割の成長を終えていた。


 地底から現れた死月鉱の大地によって海水は押し上げられ、地上へ最恐の津波として広がっていく。

 地形の変化に耐えきれず、崩壊した建物の中で突如訪れた終末を悟りながら人々は圧死する。

 それらの餌食にならずとも、空中に飛び交う夥しい量の滅光によってほぼ全ての生物には7日以内の死亡が決定づけられている。


「……来たか。」


 バベルの塔に寄りかかっていた木槿は、輝く宇宙の中に迫り来る機影を発見。

 白く巨大な人型ライボットは彼の前へ降り立ったが、開放されたコックピットの中には誰も居なかった。


「どこへ行くんだ?」


 蒼い太陽から声が響く。

 自身の姿を一瞥しようとして眩しさに顔をしかめる木槿の姿を、太陽の中からマリーゴールドは見つめ続ける。


「俺にやれる事をするだけだ……ガーベラもそうしてくれた。コイツ(ライボット)はアイツの置き土産って所だしな、俺がここから手を抜いていい理由にはならないんだよ。」


「……そうか、早く行った方がいい。」


 木槿はライボットの中へ搭乗し、ソレの操縦桿を握りしめながら溜め息をついた。


「止めないのか?メアーやお前の味方じゃないんだぞ、俺は。」


「確かに味方ではないかもしれんが……恐らく、お前が知るあたしは友だったのではないかな?」


 飛び上がったライボットは蒼い太陽に一瞬だけ視線を向けてから、地平線に向かって機動する。


「……どうだろうな。」


 ソレが見えなくなるまで見つめ続けてからマリーゴールドはその身を翻し、指鉄砲の構えをとる。

 ライボットが来たのと同じ方角から迫り来る、巻かれた角を持つ赤黒い飛竜は蒼い太陽へ殺意のこもった視線を向けていた。


「オルカ……これが……こんな恐ろしい世界がお前の望んだ世界か!!!!」


「ダークリアか、君も良い友だったが……その思想は、あたし達のソレとは相容れないのだよ。」


 まるで何か発射した時の反動を再現したように、マリーゴールドが指鉄砲の先を上げた瞬間。

 ダークリアの巨躯に風穴が現れた。


「がっ…………。」


「滅竜教……その指導者でありながら君は竜人だけでなく、地球全体の幸福を願っていたね……典型的な善人だった。滅王も、あたし達すらも出し抜こうとして、ただ差別と争いの無い世界を作ろうとした……力も時間もまるで足りていなかったがね、君のその考えは嫌いじゃなかったよ。」


 落下を始めた彼は歯を砕く勢いで食い縛り、その喉奥を赤黒く発光させ始めていた。


「まだ……!【(ブラッド)……(フレイ)――」


「……さよならだ。」


 ダークリアは目の当たりにする。

 蒼い太陽から放たれ自身を消し飛ばす、一筋のレーザーを。



 ――­­­――­­­――­­­――



 アスク・スーリエルが歩みを進めるその先から、巨大な死の気配が迫ってくる。

 龍妖彩を飲み込んだ上でアスクが居るコスモス大陸へ向かってきたのであろう津波が、文明の残骸を噛み砕きながら広がり続ける。


「……アスク(ぼく)の記憶の中じゃ、そんな事できるような子には見えなかったんだけどな。」


 津波に向かって歩き続けていたアスクの指輪が妖しく輝き、直後に強く握りしめられる。



 津波の上へせり上がってきたブライツ本部のタワー。

 その頂点に立つ者は、拳の1突きで人間の胸を貫き殺している。



 死体を投げ捨てた彼女の姿は、アスクの中にあった記憶のそれとは大きく違っていた。

 絹のような白髪、アメジストのように輝く紫色の瞳、その目の中で回る十芒星と丸の模様。

 八尺ほどの体を震わせ『鬼百合 八美』はタワーを踏みしめる。


「明星……木槿……L.E.R.I…………ア、アスク・スーリエル……全部、全部……ぜんぶ全部全部お前らのせいなんだ!!!!」


「……最低だな。」


 タワーが津波の中へ叩きつけられると同時に、死月鉱の大地は波紋状に光を放つ。

 滅光が飛び交う空中で、2人の月人は拳を激突させた。


「どうしちゃったの!!こんな事できる子じゃなかったでしょ!八美()()()!!」


「お前らこそ!!明星木槿も、お前も……白蛇街で一緒に戦った時は……世界をこんな事にできるような人達には見えなかったのに……私の家族を殺した!!大勢殺した!!世界をめちゃくちゃにした!!!!」


 ぶつかりあう2つの拳がその威力で空間を歪めていた時、タワーやビルを覆うほど高い津波は彼らの上へ覆い被さった。

 瓦礫と濁った水に囲まれた中で、八美はアスクの魂を見つめ続ける。


「(……本当にアスクなの?……関係ないか、アスクも、アイツも……パパとママの仇の味方で……。)」


 違う。

 アスク・スーリエルも明星木槿と同じだ。

 仇そのものだ。

 逃がすな。


「(……うるさい、私の声?がうるさい。分かってる、そんな事分かってるの。)」


 目を固く閉じながらも死の気配と水流の変化を頼りにして、八美は漂う屋根を上へと投げ飛ばした。

 圧倒的な脚力で水や瓦礫を地面と同じように踏みしめ、荒れ狂う波の中から飛び出した彼女はその屋根の上に降り立つ。


「(居ない……津波がまとう死の気配に紛れ込んで、隠れてる?)」


 瞬間、屋根を貫いた死月鉱の巨大な柱に八美は弾き飛ばされる。


「(死月の地面を変形させた!?……そっか、死月鉱だもんね。)」


「八美ちゃん!!!!」


 柱は溶けるように変形し、その内から現れたアスクが指輪から放った死月鉱のワイヤーを八美の肩へ突き刺した。

 ワイヤーは突き刺さった直後に十字の返しを先端に形成し、2者の距離を顔がぶつかるまでに縮めた。


「……もう後戻りできない!その声に騙されちゃダメだったんだよ!!」


「じゃあ……なんであの時私を避けたのさ!リプラちゃん!!!!」


 その名で呼ばれた"アスク"の表情がこわばり、同時にワイヤーが弾けて八美の肩を吹き飛ばす。


「……ごめん……!!」


「っ……ごめんで済んだらさ!!!!」


 柱の上へ立ったまま下を見つめるアスクの周囲に、半透明の鎖が現れる。


「何!!」


「【()】。」


 鎖の先端は落ちゆく八美の手の内へ伸びていき、一方でアスクに巻きついたソレが不気味に軋んだ。


「ペラッペラの謝罪するくらいなら……一緒に死んでよ!友達でしょ!?」


「君はもう、君じゃない……アスクの……僕の知ってる君じゃないんだね。」


 鬼百合八美へ僕が与えた物は3つ。

 彼女の行動を"後押し"する声と、死の天使(スリエル)の体。

 そして……魔紳士Aやマリーゴールドにも与えた、本人の思いから目覚める新たな力。

 そうして生まれた鎖は、彼女の母親であった七尋の()と比べてあまりにも乱暴で醜い、しがみつくような印象の鎖だった。


「ごめんね……。」


「だから言ってるじゃん!!そんな薄い謝罪ぜんぜん欲しくな――」


 柱の上で鎖は弾け、アスクは姿を消す。

 2者の間で緊張していた鎖は解け、直後に八美はその懐に誰かの温もりを感じた。


「……?」


「友達だったのに、アスクにとっても、私にとっても……大事な友達だったのに、あの時たしかに突き放してしまった。ちゃんと話を聞いてあげればよかった、寄り添ってあげていれば……こんな風に抱きしめてあげていられたら……。」


 悔しさに歯を食い縛りながら、アスクは八美と共に落ちていく。

 その震えた声を耳にして、微かに八美の混乱が収まり始めていた。


「アスク……。」


 荒れ狂う津波と瓦礫の衝突音、高くそびえ立って煌めく死月鉱の柱、月生まれの月人特有のラムネのような体臭、依然として空間を埋め尽くす死の気配。

 六感全てでこの瞬間を認識していた八美は深く息を吸い、アスクへ少しの間だけ抱擁を返す。



「……またね。」



 その腕を解くと同時に彼女は懐から鎖を放ち、その先端でアスクを上空へ弾き飛ばした。


 アスク・スーリエルは目の当たりにする。

 自身の強大かつ敏感になりすぎた六感の欠点を。

 今この死月は死の気配に満ちており、アスクはそのほぼ全てを感知し続けていた。


 砂場の中に落とした砂粒を認識できないように、その砂場が広大であれば更に不可能性が増すように。

 気づけなかったのだ、自身と八美に迫っている1つの小さくも鋭利な気配に。


「ボーナス……ゲットシタゼ!!!!」


 半透明の紫な刃、不快なノイズを含む機械音声。

 八美を背中から貫いた2Eは、彼女を盾にしながら嘲笑のプログラムを実行する。


「……お前!!!!」


「ギャハハハハハハハハ!!!!言ッタハズダゼ?俺ハ必ズ戻ッテキテ、オ前ラヲバラバラニスルッテナァ!?」


 天使の輪(アウレオラ)で姿勢を回転させ、死月鉱の柱に足を固定したアスクの眼前で八美の体はグリッチノイズに包まれていった。


「忘れてたよ……あんたの事も!!!!」


 浮遊する2Eの上で身をよじらせた八美はノイズによって溶け始めた体を利用し、刃から抜け出す。


「ハ?オ前ナンデ動ケルンダ!?メチャクチャ痛ェハズダロ!?大人シク死ンドケヨ!!!」


「うるさい!お前も、あんたも!!」


 こちらと2Eのカメラを睨みながら、2Eを足場にして彼女は足を振り上げる。


「【()()()()……!」


「(何ヲシテキヤガルカト思エバ、ソレカヨ……直前デ浮遊ヲ解除シチマエバ不発確定ダ、ソノ後下ニ落トシテサヨナラダゼ――)」


 バーニアや半重力システムを停止させた2Eは、重なる予想外によって処理系統もフリーズさせた。

 柱から枝分かれした死月鉱は2Eを瞬時に固定しており、ソレのカメラは目の前で強大になり続ける死の気配を観測してレンズにヒビをいれる。


()()(しち)……!!」


「フザケンナァァァァ――」


 滅王と同様に、元々高い身体能力を有している者のソレを月人という種族としての力が何倍にも増幅させていく。

 振り下ろされたその足は、音を置き去りにした上で空間へ紫色のヒビを走らせた。



はっ()()み】ィ!!!!」



 死月鉱と衝撃に挟まれ、平らに潰れた2Eが散らす破片を八美は目で追いかける。


「(……静かになった……そっか、私にとっての仇って……木槿さんでもアスクでもなくて……コイツ(2E)だったのか。)」


 上へ弾け飛んだ破片は結果的にアスクと彼女の視線を合わせ、数秒の静寂を生み出した。

 拳を握りしめながら柱の頂上より自分を見下ろす彼へ、八美はただ微笑む。

 微笑みながらその身体をノイズに包み込ませ、塵と化した。


「……八美。」


 柱の下で津波は荒れ狂い続ける。

 ソレが引き起こした風は塵を高く飛ばし、アスクの眼前へ届けた。

 深く息を吸ってから、アスクは目を伏せて心の平穏を保とうとする。


「また……ね。」


 彼が息を吸うと同時に、指輪はこれまでにないほど鋭く巨大な鎌を形成した。

 アスクが見開いた視界の先で、数多の2Eは空を埋め尽くしている。


「ありがとうね、私とも友達になってくれて。」


「目標ヲ補足。」

「フルパワーデ一気ニ仕留メヨウゼ!!」

「イヤ、ソレジャ躱サレタ後ニパワー切レデジリ貧ニナルダロ?」

「言ッテヤルナヨ!新月ガ壊レタセイデ、ソイツアップデートデキナカッタンダカラ!」


 2E達と睨み合うアスクは左手で耳を抑え、ゆっくりとその足を前へ踏み出す。


「……一緒に、全部黙らせよう。」


 鎖は彼の手足へ巻きつき、共に空に浮かぶ軍勢を睨みつけた。

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