第72話「弾ける」
「(疑問がいくつか……。)」
多くの色に囲まれ、光に包まれゆくマリーゴールドは0.01秒間のうちに思考を巡らせた。
「(まずはブライツ、何故ここに居る?司令塔のライムは確かに勘のいい人間だが、それにしても私の動きを正確に察知し、有効な駒を配置してきている事には違和感を覚える。)」
先程取り込んだB.11の魂を自分の魂の中へ砕いて入れていきながら、マリーゴールドは喉へ力を入れる。
「(そしてB.4メイフライ、何故スリエルの景色を知っている?……いや、細部は違うな……この景色を知る何者かからスケッチなどで教えられたのか?)」
湧き上がる力の感覚に拳を握りしめ、肘を軽く曲げながらマリーゴールドは目を閉じた。
「(彼女へ景色を教えた人物と、私の動きを察知してブライツを動かした人物……これらが同一だとするなら……1人……怪しい奴が居たな。)」
彼女の中で蠢く闇のさらに奥、記憶に映った黒髪黒目の死神の姿。
マリーゴールドはその男の"背後"に何かが居るのではと勘づいたようだった。
「……キ ャ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ッ ! ! ! ! ! ! ! !」
叫びが暗闇の異空間を大きく揺らす。
マリーゴールドを狙っていた銃のスコープは粉々に砕け、それを握りしめていたB.12は静かに倒れる。
音の振動がアイスバーグの力とぶつかりあい、相殺した。
「……!!!!」
一瞬だけ聞こえた恐ろしい叫び声の後、ガーベラが何かを耳にする事は無くなった。
酷い吐き気や不快感、目眩に襲われた彼女は立つだけで精一杯のようだ。
当たり前だ、音の振動によって頭の中を滅茶苦茶にされたのだから、もうまともに動けやしない。
「……コリウスさん……の……力……。」
叫ぶことを辞め、マリーゴールドは握りしめた拳の中から蒼い光を漏らし始める。
「何故、今まで奴を消せずにいた事に疑問を持てなかったのか……。」
蒼い光がマリーゴールドの体にまとわりつき、彼女の周囲からガスを完璧に取り払った。
「……まさか、な。」
こちらを少し見てから、彼女がB.12へ向かって歩み寄る。
手足を少しも動かせないまま、それでも銃を握ったままもがく彼の頭を、マリーゴールドは容赦なく鷲掴みにした。
持ち上げられ、頭から軋む音が響いてもなお、B.12はマリーゴールドを睨みつけている。
「……Fuck……yo……u……。」
「確か君の出身は辺境の荒野で、幼い頃から保安官をやっていたそうだな。同じ保安官であった父や家族からの教え、世間から浴びせられる賞賛の声……ここまで正義に執着する理由もよく分かる――」
彼女の頭めがけて放たれた光の球はさりげなく避けられ、マジカルガールは血走った眼でマリーゴールドを睨んでいた。
「っ……!?どこ行っ――」
耳の中から血を流すマジカルガールもまた、もう聴力を失っている上に立つ事も困難になっている。
それでも、振り返った彼女は察したのだ。
マリーゴールドは光球を避けた一瞬でB.12の吸収を終え、自身の背後に立っていたと。
アイスバーグは月人の強靭さ故に、全員の聴力が無くなっている事実を忘れ、マジカルガールへ警告していたと。
その警告が届いていないと気づいたアイスバーグが、咄嗟に自身を庇ったと。
その間に自分は振り返る事しかできなかったのだと。
「……ぐっ……!!!!」
アイスバーグはマジカルガールを庇う。
彼女はそれを予想していたのだ。
だから今、マリーゴールドの月鉱をまとった拳がアイスバーグの胸を貫いているのだ。
「昔の仲間と重なったようだな。」
「……マジカルガール……逃げ――」
重く、低い銃声が響く。
アイスバーグを貫いた手を握りしめながら、マリーゴールドはどこかからワイヤーを引き抜いていた。
「……【エレファンツ・ショットグラス・トラップ】。」
刀士とガンマンが消え、魔法少女は凶弾によって頭部を消し飛ばされた。
抗い続けた者は膝をつき、割れた仮面の中から血を垂らす。
羨望の堕天使は胸を貫かれ、広がっていくノイズと溢れる悔しさに顔を歪ませた。
かつて偽りの悪夢を封印した希望は、離れた場所で吐血しながらその光景を睨む事しかできなかった。
「なんだ、いつの間にか死にかけているじゃないか。無様だねジャン・バルジャン……。」
「……シ長に……近づくな!!!!」
マリーゴールドの眼前で虹色の光が激しく、強くなり、彼女自身の放った蒼い光と衝突する。
「……しつこい奴だ。」
――――――――
「進め……もっと早く!全部弾き飛ばしていけ!!走行装甲球!!!!」
コスモス大陸、赤黒い大地の上に蔓延る闇の兵士達がハルバードをお互いの体へ突き刺した。
繋がり、バリケードのようになったそれらがアスク達の進行を妨害し、普段より大きめの走行装甲球も徐々に兵士達の群れへ飲み込まれていく。
「進めない……もう……!!!!」
「俺の弟子の邪魔してんじゃねぇ!!!!」
空から降った赤色の斬撃が兵士達を吹き飛ばし、死月鉱の球体を肉塊の方へと転がしていく。
「リプロダクション!?……ありがとう!!!!」
「とっとと行け!!次捕まったらそん中から引っ張り出して地獄の修行させてやっからな!!!!」
走行装甲球を見送り、剣を荒々しく振るB.2の魂を横目にアスクは更に早く球体を転がし始めた。
「いくら最強の地球人であるB.1とその力を複製したB.2と言っても……この数の兵士どもをいつまで大陸の中へ留めておけるか分からんぞ。」
「分かってる!だから今全速力で走ってんじゃん!!」
B.2が与えた加速のおかげで兵士達の作るバリケードを容易に破りながら進む走行装甲球。
ソレを遠方から見つめていた魂が紫色の雷を纏う。
「……えっ!?」
「久しぶりだね。白蛇宮の時みたいに……上手くいくだなんて思わないでくれよ?」
人は常に成長し、変化する。
魔紳士Aが拡大させる殺気はその直前まで巧妙に隠されていた。
アスク・スーリエルのような優れたスリエルでも感知できないほどに。
「そう思っていても……思っていなかろうと……思い出すだけで……!!……バラバラにしてやりたくなるんだよ!!!!」
見られている事に気づいたブライツの連中が僕を拒絶できるようになった事と同じように、魔紳士Aも魂から存在を感知されない為の方法を編み出したのだ。
紫雷を自身の体に巡らせ、魂という電気信号を今の今まで隠していた。
「待ち伏せしておったか……奴の得意技だ!!」
「その球越しでも分かんだよ貶してやがんのがよ……テメェら全員死ねばレイズは絶望してくれるだろうな!!!!」
不安定に、不規則的に弾ける紫雷は兵士も大地も関係なく平等に切り刻んでいく。
「アスク……脱出しないとやばいよ!!死月鉱じゃ紫雷は防げない――」
「分かってる!!!!」
アスクが周囲の殺気へ目を凝らし、それが比較的薄い場所を探し始めた直後。
魔紳士Aが両手に生やした紫雷の爪を暴走させた。
「【惨々裂烈……苛烈惨劇斬】!!!!」
「まずっ――」
5対の巨大な爪は交互に地面を削り、兵士を微塵に切り刻みながら横向きになった竜巻の如く暴れる。
天使種としての体をフル活用して魔紳士Aがその竜巻の中心を駆け抜けていく。
紫を纏う巨大な竜巻が雷と同時に走行装甲球へ襲いかかった。
「ぎゃぁっ……!?!?」
アスク・スーリエル達の体中へ駆け巡る、紫の光と裂けるような痛み。
その痛みが、景色が彼へ決断を迫らせる。
「(痛ったい……兵士の居ない所なんて探してる場合じゃなかったな……!!!!)」
「出てこい!!俺に直接テメェらを切り刻ませろ!!!!」
走行装甲球が光り輝く。
魔紳士Aと紫雷の放つそれよりもはるかに眩しく、赤っぽい紫色の光。
「【アウレオラ・ミルフィィユー】!!!!」
折り重なった七芒星と共に腹部へ飛び込んできた3人と大鎌へ、魔紳士Aは咄嗟に爪を振り下ろした。
「チッ……こんな物で俺を殺せると――」
紫雷を弾きながら震える大鎌を、後ろから巨大なハンマーが叩く。
切り裂かれ、解けるように消えた紫雷の爪を睨みつけた魔紳士Aの頭上で月鉱が輝いている。
「(……月鉱?死月鉱じゃない……!!濃すぎる殺気に紛れて気づけなかった!!!!)」
「【幼き者へ送る鳥籠】……!!!!」
アウレオラが魔紳士Aの眼前で速く回る。
先程まで自身と刃を交えていたアスクの姿が巨大な鎧の背後へ隠れ、ガイアが決意に満ちた目で見下してくる事へ、彼はこの上ない苛立ちを覚える事しかできなかった。
「ガイアさん……死なないでよ!?」
「足止めお願いね!!」
「……別に、ここで殺してしまってもいいんだろう……のう?アダム。」
魔紳士Aの体を、鳥籠のように広がった月鉱が拘束する。
直後、彼と鳥籠に向かってガイアがハンマーを振り上げた。
「なんでテメェ如きが俺の名前を……レイズから聞いたのか!!!!」
鳥籠に触れた指先から慣れた手つきで月鉱の制御を奪い、茨のように荒々しく変形させたソレでハンマーを受け止めた魔紳士Aの視線の先。
アウレオラに運ばれ離れていく双子を見つめていた彼の中で、いくつもの記憶が彼の心を突き刺した。
200年前、彼は見下していた1人の地球人によって最終的には邪魔者というレッテルを貼られた。
更に遠い昔……もっと……始まりに近いほどの昔でも……彼は嫉妬とも呼べないほどに膨らみ歪んだ感情に飲み込まれた事があった。
「(お前らは……また俺を……この舞台から引き摺り下ろすのか!?!?主役は俺なんだぞ!!!!)」
「【走行装甲球】!!」
「【付与する光閃の堕着】!!」
再び形成された死月鉱の球の中で、双子は互いの手をしっかりと握りしめた。
直後、光を纏って加速したソレは大地へ激突し、数多の兵士を空へとうちあげる。
いや……兵士だけではない。
空へ舞っている最中でも、ソレは闇の兵士を生み出し続けていた。
塊のようになった黒い兵士の群れ。
その中心にある歪な魂に向かって、アスクは死月鉱の欠片を向ける。
その姿を見つめながら、リプラは彼の腕をしっかりと支えた。
「「【突き抜けろ死月鉱】!!!!」」




