第68話「夢も見れない」
重い引き金へ無理やり力を入れ、一葉の放った弾が双葉の目の前で裂け目に吸い込まれる。
裂け目へ入った銃弾が異空間を一瞬の内に通り抜け、一葉の背後へ飛び出した。
「【セレクト】……!」
止められた弾丸が勢いを失って、地面に転がり落ちる。
銃のスライドを引く双葉に向かって一葉は駆け出した。
「……【タキグチ】。」
一葉の足元に現れた裂け目が彼女を飲み込み、遥か上空へと放り投げた。
落ちてくる彼女を見つめながら銃を向けようとした双葉の手から、ソレが落下する。
「っ……!……使われ過ぎた……もう手の感覚が戻らない……!」
「【セレ……クト】!!!!」
空に叫んだ一葉の体が固定され、ゆっくりと下降を始める。
「拾わなきゃ……拾えば撃ち殺せる……確実に……お姉ちゃん殺さなきゃダメなんだよ!!!!」
「……私だって……L.E.R.Iの人間なんだ!!!!」
遠く離れた地面で手を震わせ、銃を拾おうとする双葉の上でピストルの銃口は日の光を跳ね返していた。
銃声が水色の空に鳴り響く。
弾き飛ばされた銃が双葉の手から離れていき、ソレを追いかけようとした彼女が唐突に地面へ倒れこむ。
「(足も使えなく……いや……違う!?!?)」
「もう……動かないで。」
降り立った一葉を睨みつけながら双葉は、自身の足を固定していた四角のフレームに掴みかかろうとする。
すり抜ける手に舌打ちをした直後、彼女の頭にピストルが押しつけられた。
「ごめんね、私は貴女のお姉ちゃんだったのにね……双葉がどんな人と繋がってたのかも、アズノーンじゃなかった事にも全然気づけなかった。」
「……気づいてくれてたら、何か変わったのかもしれないね。」
風が静かに流れる。
静かに目を閉じる双葉の心の奥で、諦めが最後の忌避感を切った。
「どうやったって……気づけや……しないんだろうけど……。」
彼女の放った蹴りが一葉の腕を弾くとほぼ同時に、セレクトが限界を迎えて霧散する。
「っ……!?」
「もう知ってるよね、ロベリアさんみたいな月人になった地球人が居る事はさ……じゃあコレは……知ってる?」
銃を取り出した方とは反対のポケットから取り出され、黒い液体の詰まった注射器が双葉の手中でまがまがしいオーラを放つ。
「まさか……止めて!ダメ!!双葉!!!!」
「うぅ……ぁあっ!!!!」
『後天性月人化手術』、その方法は編み出したマリーゴールド本人によって限りなく簡略化されていた。
闇とは生命すらも再現できてしまうほどに膨大な情報を詰め込める物質。
"情報"を詰め込んだ闇に対象の体を解析させて完璧な物へと調整、改造させる。
最初に闇の浸食から発生する強い不快感にさえ耐えてしまえば、それだけで人々は最強の種族へと変貌できるようになっていた。
心臓に突き立てられた注射器の中から闇は意志を持っているかのように抜け出していく。
双葉の暗い紫色の髪が一瞬だけ鮮やかに光って、白く染まっていく。
その目も鮮やかに輝き、濁りは十芒星の模様へ圧縮されていった。
「髪まで変わるなんて……想定外だったけど……ふふ……あははっ……!!!!」
「あぁ……そんな――」
彼女の手や口から爪と歯が落ち、同時に月鉱で出来たソレらが並ぶ。
震える手で銃口を向けた一葉の背後へ手が伸びた。
「あ。」
裂け目の中へ入れた手を振り回すだけで鮮血を撒き散らす一葉の背中とその今にも泣きそうな顔を見て、双葉の中の"林藤"双葉が死んでいく。
「う……ぐぅ……っ……!!」
「あははははははははははははははははははははははははははは!!!!……はははははははははははは!!!!」
闇と完璧に近いレベルで融合した双葉が広がっていく血だまりの上で地面を抉りながらぎこちなく踊る。
「怪物だ!!私は怪物だよ!!!!もうお姉ちゃんの……一葉の妹でもなんでもないっ!!!!なんだよ双葉って!!!!ふざけた名前つけやがって!!!!顔も覚えてない両親が!!!!」
「…………。」
ぼんやりと、ゆっくりと乱れていく意識。
そんな中で後悔や怒りを覚える暇など、常人には無いはずだ。
林藤一葉は常に謙虚であった、とてもとても謙虚で真面目だった。
自身を過小評価し続けていた。
「…… ! ! ! ! ! ! ! !」
「!?!?」
双葉がどこかから聞こえる、聞こえるはずのない叫びに頭を抑え、嫌悪感に耐え切れず昼食とジュースを吐き出す。
「なん……だ……!?!?聞こえないのに……うる……さい!!!!」
「 !! !!!! !!!!!!!!」
「コリウスさ……ん……?…………う……うぅっ!!!!」
死にかけて、死に触れて、死んで、魂が『死の世界』へ近づく。
見えないはずの物を見、聞こえないはずの声を聞き、できないはずの事をする。
「……【スクエ……ア・セレ……ク……ト】……。」
「!?」
上半身をセレクトされた双葉の目は開き続けるしかなく、ゆっくりと立ち上がりながら白衣を赤く染める一葉を凝視し続けていた。
妹の上半身だけを囲むようにして指で作った四角のフレームを、彼女は投げ捨てるように振り回す。
「……【アンド】…………【ムーブ】!!!!」
「え―― ――っ?」
魂から切断された足が瞬時に塵となり、土地の端へ投げ飛ばされた双葉が経験するはずのなかった苦痛にもがく。
「な、なんで!!なんで斬られてんだよ……!!!!」
「……ごめ……んね……ダメな……お姉ちゃ……んで……。」
肺から血を吐き崩れ落ちる一葉を睨んだ直後、双葉は轟音を耳にした。
先程まで自身の背後にあった山が"ずれている"。
風と音と共に崩れていく。
「……!!!!」
「まさか、負けてしまうとはね……せっかく闇にそこまで深く適合できたのに。」
ノイズが広がっていく上半身を必死に動かす双葉の背後で、異常なほどに冷静な女の声が響く。
「マリーゴールド……!助けて!!相討ちだから!!!!」
「……あたしはね、君にわざと林藤一葉を殺させようとしたんだ。特別に作った精巧な闇も渡して、死者の声を聞いて体調を崩してしまうようにも仕向けた。」
双葉の手を掴んだ瞬間、マリーゴールドの腕の中へソレが取り込まれていく。
「なっなんで……何を……。」
「敵戦力を消耗させながら使い勝手の良い力をあたしの手に入れる、それだけさ。」
片腕から吸収され持ち上がっていく中で、双葉が残っている頭と腕を振り回して抵抗していた。
「……嘘つき!!!!辛い目には合わせないって言ったのに!!!!嘘つき!!詐欺師!!!!助け合おうって言ったのに!!!!死ねよお前!!!!クソ野郎!!!!新世界行かせろよ!!!!お姉ちゃんと普通に遊べる世界に行かせろよ!!!!なんで!!!!そのためだけに全部捨てたのに!!!!たくさん殺したのに!!!!死ね!!!!死ね!!!!」
やがて叫びは聞こえなくなって、崩れゆく山の轟音とそこからふく突風だけがマリーゴールドの髪を揺らす。
――――――――
「――ところでオーダー、君は自分の力がどんな物だと思っている?」
「遺物を取り込み、その力を扱えるようになる……風の槍を取り込めば風を吹かせられるようになるし、レーダーのような遺物を取り込めば広範囲の索敵も可能になった。」
「!」
突然落ち着きをなくしたライムの隣で、シ長は淡々と話す。
「……遺物とは旧世界に存在した『メアーの力を分け与えられた一族』が寿命による死の直前に生み出してきた、いわば『メアーの力の残骸』なんだ。」
「つまり……私はメアーの力を扱える存在だと?」
「(天井の四隅、床の四隅……違う、綺麗に掃除されている。)」
オーダーに睨まれた先でシ長は黙って頷いた。
「あくまでメアーの残骸でしかないから、メアーにはかなわないが……奴を追い詰めるきっかけには十分成り得る。」
「……。」
「地球最強がその程度の評価されちゃぁ萎えるぜ……なぁライム、どうしたソワソワとしやがって。」
「大丈夫だ、放っておいてくれ……。(天井の照明……控え目の暖色……違う。)」
リプロダクションが溜め息をついた直後、シ長は緑色の裂け目を会議室の床へ出現させた。
「例えばそう……メアーが今さっきまでどこにいたかも逆算できる……【タキツボ】。」
浮き上がるようにして現れた一葉と、血まみれの白衣。
「「「「!!!!」」」」
ソレを見て冷静でいられる人間はこの場にはいなかった。
「オーダー!止血しろ……!!」
「言われずとも!!!!」
木槿に叫ばれたオーダーが瞬時に結界を形成し、彼女を包み込む。
「オーダー、君は不自然に思わなかったのか?……いや、思えなかったんだ。そう思う事を今まで許されていなかったし、僕も指摘する事を許されていなかった……何故最近、君の索敵から漏れて惨劇が起こる事が増えたのか。」
「……!!」
「メアーがいやがる所だけオーダーは何も察知できなくなりやがる……って事か?」
「あくまでそれは"今までの話"になりそうですがね。」
アスクとリプラが椅子から飛び降り、木槿と共に一葉へ声をかけ続ける。
「一葉!?なんで……何があったの!?!?」
「この出血量……絶対やばいよ、ガイアさんでも何とかできるかどうか……。」
「……今までの話?どういう事だよ。」
「これから戦おうとしているメアーという存在は……創造主そのものだ……奴が許可を出さなければ僕達はこの事実に気づく事すらできなかったんだよ。」
「創造主が気づく事を許可した……何故だ?ソレを許せば自分が殺される可能性も、世界を思い通りに出来なくなる可能性もあるというのに。」
空間に違和感を覚え始めたオーダーの隣で、ライムが一点を見つめ始めた。
気づいた。
こちらを見ている。
「メアーは新たなる秩序の味方でも、我々の味方でもない……のかもしれません。」
「それでも新たなる秩序を倒すには……その核となっているメアーを倒すしかない、まるでレールの上にいるような……コレに気づいてからずっとそんな気分だよ。1つの結末に向かって全員が向かわされているような……。」
「ねぇ、ライムさんとシ長。」
一葉から離れたアスクが、天井の薄い汚れを見つめていたライムと共に同じ場所を見つめる。
「どうやったら……メアーを殺せるのかな?」
「殺せばこの世界がどうなるか分かりませんし……そもそも死という概念があるかも怪しいですが。」
「……出し抜くのなら、奴の目が届かないようにしながら事を進めるしかない。」
数秒間俯いたアスクが、おもむろに振り返ってから死月鉱を投げつけてきた。
こちらへ当たる事はない……それでも突き刺さった死月鉱の欠片の中には確かな決意と殺気があった。




